第2話 そのラブレター、危険物につき②
建付けの悪い屋上の扉を開けると、生暖かい風が吹き抜けた。
俺は目を眇めながら、屋上へと足を踏み入れる。
掃除の行き届いていない屋上は、人の気配がほとんどない。周囲を見渡してみると、ベンチのところで腰を下ろしている女子生徒を見つけた。
彼女は俺を視認すると、ポッと頬を赤らめ、小走りで俺の元へと駆け寄ってくる。
「えっと、君が桜坂さん?」
まずは確認を取る。
「う、うん。そうだよ! ひ、久しぶりだね。えへへ」
どうやら彼女が桜坂さんで間違いないようだが……久しぶり?
「どこかで会ったことあるのか?」
「え、あはは……。よく近所の公園で遊んでたでしょ?」
参った。まったく覚えていない。
まぁ、桜坂さんの様子を見るに、過去に接点があったのは間違いなさそうだ。俺のことを知っているみたいだしな。
「悪いな。昔から、あんまり記憶力がよくないんだ」
「……そっか。まぁ覚えてないことを文句言っても仕方ないよね。私が文句言える立場じゃないし……」
「そう言ってもらえると助かる。それで、この手紙の件なんだけど」
「あっ、うん! 返事きかせてもらってもいいかなっ?」
俺がラブレターを取り出すと、桜坂さんは期待を目に宿して、声色に張りを持たせる。
まるで告白が成功するのを確信しているみたいで心苦しいが、俺ははっきりと告げることにした。
「ごめん。桜坂さんと付き合うことはできない。他に好きな人がいるんだ」
事前に、頭の中で決めていた言葉をそのまま口にした。抑揚少なめに、端的に付き合えない旨を伝える。
好きな人などいないが、告白を穏便に断るため。
時には、嘘も必要だと思う。
好きな人がいるとなれば、桜坂さんも諦めるしかないしダメージも少なく済む。
これが俺にできる最大限の配慮だった。
再三になるが、俺は一人が好きだ。一人でいたいと思っている。
だから、桜坂さんの見た目が好みじゃないとかではない。
むしろ、見た目だけならかなり好みの部類。
高すぎず、低すぎない平均的な身長に、すらりとした華奢な体軀。
それでいて出るとこはしっかり出ている。胸のあたりまで伸びた桃色がかった黒髪に、小さく整った顔。
普通の男子であれば、間違いなく二つ返事で付き合うレベルだと思う。
「え、えっと……あはは、どういう意味か分かんないよ。ゆーくん」
ゆーくん?
ああ、俺のことか。
昔、そんなあだ名で俺のことを呼んでいたのだろう。まったく覚えていないが。
「他に好きな人がいるんだ。だから、桜坂さんとは付き合えない。ごめん」
「そ、そんな……ゆーくんが言ったんだよ!? 大人になったら結婚しようって。……ね、ねぇどこがダメだったかな? ゆーくんの理想を言ってくれれば、整形でもなんでもするから! だから教えて? ねぇ、教えてってば!」
桜坂さんは血相を変えて声を震わせながら、俺の腕を掴んでくる。
もし、俺が整形しろと言えばほんとに整形しそうなくらい、今の彼女には迫力があった。
全身の毛がぞわりと立つ感覚を覚えながら、俺は桜坂さんの腕を振りほどくと。
「ご、ごめん。ほんとごめん!」
俺は屋上から逃げ出した。
※
桜坂明里。その名前を、俺は記憶の引き出しから探す。
だが、やはり何度思い出そうとしても、彼女のことは思い出せなかった。
人違いであることを切に願うが、あの様子じゃその線は薄いだろう。実際、俺の名前を知っているわけだしな。
とにもかくにも、今日は寝よう。
二回も金曜日を経験して、へとへとなのだ。
しかし、翌朝。俺は目を疑うことになる。
三度目の金曜日がやってきたからだ。
放送しているテレビに代わり映えはないし、朝食のメニューも変わらない。こうなってくると、正夢という仮説が破綻してしまう。
単純に、同じ日を繰り返していると考えるのが自然だ。
訳がわからなかった。
けれど、俺にはどうすることもできず、SNSで俺と同じ症状の人間を探そうにも、誰一人として見つからなかった。
どうすることもできないので、取り敢えず学校に行き、授業を受け、放課後を迎える。内容が変わらないせいか、普段の二倍以上教室に拘束されていた気がした。
そして放課後。
下駄箱を開ける。
するとそこには──……
「……?」
あるはずのラブレターがなかった。
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