鮮血の魔女 11





「貴方が、あの?」


 音に聞く『銀氷の剣聖』の突然の登場に、私はなんの問いなのかも分からないような質問をしてしまった。

 これまでは、割と冷静にどんな事態にも当たれる自信があったのだが、心も感情も見えない人にあったのは初めてで、私は若干の恐怖と緊張を覚えていたのだ。


 そんな私の心情を読み取ったかの如く、彼女は飄々とした態度のまま、にこやかに微笑んだ。


「あの、が何なのかは分からないけど、概ねそうなんじゃないかな? 私も最近は有名人らしいからね」


 少し気恥ずかしそうな態度を見せるが、彼女自体からは、変わらず感情の揺れすらも感じ取れない。まるで、心を持たない人形のような――。


「で、君の名前は?」


「私は……。ミエル……です」


 私が名乗れば、スティルナさんは「ふむ」と少し考え込むようにして、私の目をじっと見つめてきた。

 一瞬の気まずさが流れた後、スティルナさんはくるりと回り、フロアを歩き出した。

 それに、一歩分遅れて私も歩調を合わせ、付いて行く。


「ミエル。君、もしかして相手の思考を読むような異能を使ってたりしない?」


 唐突に投げ掛けられた問いに、私はびくりと肩を震わせた。


「その様子だと、やっぱりかな? 初めに会った時から、なにか探られている様な感覚があってね」


「あっ、その……すみません」


 スティルナさんが言っているのは、間違いなく私の病気エンパスの事だ。

 異能では無いのだけれど、なんと説明して良いかも分からない私は、ただ口をもごもごとなるばかりで、言葉を発そうとしても舌が泳ぐばかりだった。


「なるほど。君の意思では無いわけか。制御がうまくないのか、出来ないのか、それともその両方かな?」


 なにを言うまでもなく、スティルナさんは私の病気を見抜いてくる。異能ではないこと以外は概ね当たっていて、私はそれに驚きを覚えた。


「あの、すみません。これは異能では無くて、私の病気というか、体質で……その、スティルナさんの言う通り自分ではなんとも出来ないんです」


 私は、初めて会ったばかりの人に、自分が生まれてこの方、誰にも話した事の無い自分の秘密を話してしまった。

 何故話したのかは、自分でも分からずに、自分の思考も整理がつかない。


「なるほどね。で、私からは何か読み取れたかい?」


「いえ、こんなの初めてなんですが、スティルナさんからは、何も伝わって来ないんです。まるで、そこに誰もいないみたいに」


 私がそういえば、スティルナさんは満面の笑みを浮かべた。


「そっかそっか。いやあ、実は今、特殊な修行中でね。意図して無心になっているんだよ。とはいえ、実際にこれをやりながら普通に生活するのはなかなか難しくてね。でも、君が何も伝わって来ないという事だから、少し自信がついたかな」


 満面の笑みを浮かべ、喜色すら滲ませているのに、相変わらず、何も感じ取れない事に、私はこの人の特殊さを理解した。


「ところで、ミエル。君はいくつ?」


「あ、もうすぐ、十五になります」


「へえ、私の不肖の弟と同年代だね」


「弟……ですか」


「うん。私はもう、二十二になるから……君達は七つ下になるのかな。そういえば、サフィのところのシオンも同じだったかな。いや、ミエルと同い年の世代は豊作だねえ」


「はあ……」


 サフィのところのシオンとやらは、よく分からないが、スティルナさんの弟か……このまま、スティルナさんを少年にすると――と、銀髪碧眼の美少年が脳裏に浮かんだ。


「まぁ、私の弟は、腹違いだから私と弟は、容姿は似てないんだけどね」


 まるで、私の思考を読み取ったかのように話したスティルナさんの言葉に、恥ずかしくなってしまい、わたふたとしてしまった。


「そういえば、ミエルは何か買いに来たのかな?」


「あ、私と相方の武装のメンテナンスに来たんです」


 そういうと、私はルーグの直刀と、自分の太腿に巻いたガンベルトに視線を送った。


「へえ……結構、使い込んでいるね。でも刀の方は、そもそもあまり良いものでは無いから、愛着が無ければ、折れる前に違うものを買う事をすすめるよ」


「これは、相方のものなので、勝手には交換できませんね。戻ったら伝えてみます」


「少しお節介だったかもね。となれば、そのナイフと銃を使ったガンエッジスタイルが、ミエルの戦い方かな?」


「はい。拳銃も基本的には近距離で使います。まだ遠くに当てる腕も無いんですよ」


 私は、少し恥じながら笑うと、スティルナさんは真面目な顔で私の全身をじっと見てきた。


「ちょっと、見てみたいな。――少し、私と手合わせしてみない? その刀の整備をしている間の暇つぶしにでも」


「――はい?」




 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△



「少し狭いけど、軽い手合わせならここで出来そうだね」


 あのあと、ルーグの直刀を整備に出すと、私とスティルナさんは、奥の関係者以外立入禁止と書かれたエレベーターに乗った。

 動きからして地下に降りたようだが、この商会の建物に地下があったのは知らなかった。


 そうして連れてこられたのは、射撃場のようだった。

 スティルナさんは、職員に何事かを告げ人払いをすると、私に弾と木で出来た短刀を渡してきた。


「一応ね。ゴム弾だよ。私もコレを使うし、寸止めでやるから安心して」


 スティルナさんは、幅広の木刀を手に取り、軽く振っている。

 なんとなく、流されてしまったが、大丈夫だろうか。


 ――だけど、あの『銀氷の剣聖』と、死ぬリスクなく対峙できる事など、そうある経験ではない。

 自分の実力を知る良い機会でもあるだろうし、どうせなら全力でぶつかってみようか?


「いつでも構わないよ。かかっておいで」


 スティルナさんの表情は随分余裕そうだ。対する私は、きっと緊張で顔が強張っているに違いない。

 私は銃を右手、短刀を左手に構えると、スティルナさんも木刀を顔の横くらいに持っていき、腕を交差させるように構えた。

 確か――霞の構え。というやつだったか。


「いきます!」


 私は宣言と共に、挨拶代わりに牽制射撃のゴム弾をスティルナさんの足元を狙い、撃ち放つ。


「良い狙いだね」


 スティルナさんは、上体を全く動かさずにまるで機械のようにスッと後ろに一歩分後退し、私の射撃を躱した。

 私は更に体勢を低くし、走りながら連続して射撃していく。 

 本来なら、回避する思考や相手の戦術を読めるところだが、スティルナさんからは、相変わらず戦闘に入っても何も感じ取れない。


「ふっ……!」

 

 私の射撃に対して、スティルナさんは驚くべき事に、飛来するゴム弾を木刀で次々と打ち払った。


 (嘘でしょ!? 銃弾より速い剣撃!?)


 私は驚愕に目を見開くが、スティルナさんは一瞬、私の目を見ると、口元に余裕の笑みを浮かべた。


 (くっ、そ!)


 拳銃のセレクターを三点バーストに切り替え、薙ぐように撃ち、回避の選択を捨てさせる。

 これで同じように銃弾を撃ち払う筈……!


「――水覇一刀流防の太刀」


「――ッ!!?」


 

 スティルナさんは、流れるようにゆるりと構えを変えるが、それは私の体感に反して超速で行われていた。


偃月えんげつ


 横一閃、半円を描き振るわれたその剣は、一斉に三発の弾丸を撃ち払い――その三発全てが、私の耳、肩、腰を薄皮一枚掠めていった。

 今のは、きっとやる気になれば、全てを私に打ち返す事も出来たのだろう。

 いや――逆に、私に薄皮一枚当てるというその精度は、もはや人に出来る技の領域に無いのではないか。


「これが、『銀氷の剣聖』……」


 私は、その剣の冴えに、身震いし、ごくりと唾を呑み込んだ。

 凄い。同じ人間に、こんな事が出来るなんて……。怖いけど……凄い!!


「銃は、効かないんですね」


「そうだね。銃弾の対処は慣れてる。異能も使えば、例え百人が機関銃を集中射撃して来ても、捌き切る自信はあるよ」


 その声音に、私は背筋がぞくぞくと震え、高揚するのが自分でも不思議に思えた。

 

 ――私も、こんなふうに戦えたら。


「ふふ。どうやら、ミエルは私達と同じ人種なようだね」


 試したい。この人に、私の全てを。そう思った時、私はほぼ無意識で言葉を発していた。


「スティルナさん。私も、異能を持っているんです。『精神干渉』。私の攻撃や触れた対象の精神に影響を与える異能です。

 今までは、病気たいしつの事もあって、殆ど使った事はありません。

 でも……私は、


 多分、通じない。それはどこかで分かっている。そして、私はこの人に、

 そんな思いが伝わったのだろうか。スティルナさんは、今までで一番優しく、そして獰猛な笑みを浮かべた。


「嬉しいね。私達は良い友達になれそうかなと思ったけど、それ以上だ。

 良いよ。君の全力。私が全力で叩き伏せてあげる」


 その鈴の音のような言葉に、私は全身の毛穴が開くようだった。


 ――喜んでいる。心から、自分が……!!


「アパテイアの彗星。ミエル・クーヴェル」


 私が名乗れば、スティルナさんも、鋒と視線を私に向け、口を開く。


あお黎明れいめい、団長。スティルナ・ウェスティン」


 爪先に体重を掛け、いつでも仕掛けられる体勢に移行する。


「往きます!!」


「往くよ!」


 私は、自らの口元が薄く笑みを浮かべたのを理解しながら、世界最強の一角である『銀氷の剣聖』へと踏み込んだ。

 

 

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