【Ⅰ】

  日本神話のイザナギは亡くなったイザナミを求めて黄泉よみへ行く。イザナギは無事イザナミに会い、現世に戻ること約束させるが―黄泉の国で物を食べたイザナミは腐乱していた…

 このように死者を呼び戻す行為は神話レベルで成功しない。何なら俺がそのいい例かも知れない。

 そう。人類はついに死者を呼び戻す事に成功した。クローンという離れ業を使うことにより。しかし。それは福音ふくいんなんかではない。

 古来、人間は『』の不思議さに打たれ、その根源こんげんを探そうとしてきたが―未だそれは見つかっていない。脳にそれを求める向きがあり、ある程度は意識が解体されつつあるが『自分』の『』は見つからずじまいだ。


 だから。もし肉体を再生し、記憶を移植し、死者を呼び戻そうと―そいつはあくまで自動人形オートマタ。『その人』は宿らない。

 俺もそのように居なくなった呉一生くれいちおの代わりとして産まれた。そして―産みの親たる幼馴染、正木萌黄まさきもえぎをなくした。終いには病院産まれた場所を逃げ出した。


 自動人形は…自分が分からぬまま、世界を彷徨さまよった。そして今住む街に流れ着いた。

 そこで。俺は俺と同じような存在に出会う。その少女の名は東雲撫子しののめなでしこ…会った当時は10歳だった。俺は彼女と友達になった。


 そして。自分の生きる意味に折り合い付けた―はずなのに。

 アイデンティティを組み直し、姿を変え、名を変えたはすなのに。

 どうして―萌黄が忘れられないのだろう。そもそもオリジナルの呉一生の思い人だ、彼女は。『俺』に取ってはであるはずなのに。


 嫌に懐かしく思うのだ。彼女のあの笑みを。刺々しい言葉を。暖かな香りの体を。

 ああ。『自分』が揺らぐのを感じる。俺は『俺』のはずだ。呉一生じゃない!!

 振り切れぬ思い。いい加減、決別し、『若林一郎』として生きるべき時なのに。

 そう…東雲撫子だって―『俺』を好いてくれているはずなのに…


 ああ。36にもなって―実質は8歳だけど―こんな事で悩むとはな。情けなくて涙が出るぜ。


 日々はなんとなくで過ぎていく。

 今が特別な時間であることはよく分かっちゃいるけど―どうしたってなんとなく、を続けてしまう。

 いまや俺は『高石たかいしワークス』の製造主任なのだった。いや、社員は俺と高石のおっさん2人だが。

 我が高石ワークスは何でもありの製造業だ。お土地がら爆発物の注文が多いが、それ以外も手広くやってるし、何なら家の修繕さえ出来る。製造業と言うよりは何でも屋かも知れない。

「一生…じゃなくて若林。お前何してんの?」とボスの高石さんが話しかけてくる。見た目は異常にいかついおっさんだが、その実、面倒見がいい人情家だ。俺なんかを拾ってくれる懐の大きさがある。まあ、対価は払ったけどさ。

「へ?ああ。合成器とシークエンサーの調整」俺はバイオ系統のマシンのメンテをしていたのだ。

「ああ…買ったは良いが使ってねーもんな」おっさんは勢いで設備を増す悪癖持ちだ。

「使ってないと動きが渋る渋る」機械というのはメカニカルなモノであろうがデジタルなものであろうが使わないとダメになるものなのだ。

「あーあ。高かったのによ…シークエンサーなんか俺らの使うより研究所のヤツ時間借りしたほうが安くて早くて正確だもんな」と愚痴。そうなのだ。この国では個人のDNAシークエンシングが義務化されてるせいでそこら中にシークエンサーがあり、フル稼働している。こんな町工場の小さくて古いものを使ういわれがない。

「おっさんの衝動買いは笑えんすわ」最近また機械のカタログを目をキラつかせながら見ていたな…

「詰るな。モノはあってなんぼよ」とおっさんはむくれる。あんま可愛くないので止めてほしい。

「宝の持ち腐れ…いやまあ。俺が使うけどな」…そう。俺はこいつをよく使う。合成器共々。

「お前がなにしてんのかは問わないでやるが―問題起こすなよ?あと金になることもしとけ」おっさんは放任主義だ。俺が何をしようが稼いでいれば文句を言わない。

「大丈夫。研究だ…金は―期待しないでくれや」と俺は言い訳を先にしておく。

「…、ねえ。言っとくが―撫子ちゃんを泣かすような真似だけはすんなよ?」おっさんの釘は俺の身によく刺さる。

「そこで撫子ちゃんの名前出んのはなんで?」と俺は分かっているけど訊いてしまう。

「あ?お前ら出来デキてんじゃないの?おっさんは認めてないけど」なんでやねん。つうか周りにもそう思われてるのな、俺と彼女の関係。

「36のおっさんが高校生コマしたら社会的に抹殺されらあ」と俺はべらんめえ口調で反論。

「愛に年齢は関係ない!!」独身のおっさんが言うと説得力がない。


                  ◆


 今日もわたしは彼―一生さん―の家にご飯を作りに行く。

 それを母は「男のもとに入り浸り」と形容する。間違ってはいないが軽蔑的ニュアンスには腹が立つ。未だに商売できちゃう貴女あなたには言われたくない。


 そういえば。先日18歳になってしまった。思えば早いものである。大学受験を控えだして忙しくはなってきてる。でも、この数年続けている一生さんへの晩ごはんづくりはやめる気はない。ある種の趣味みたいなものなのだ。いや実利もあるけどさ。


 わたしは―宿命的に彼に惹かれてる。呉一生ではなく若林一郎の『呉一生』に。

 理由は初めての友達だったから。体の在る初めての友達。ともに世界を歩く伴走者。何処かわたしに似た彼に手を引かれたら―まあ、好きになってしまう以外に道はないのだ。

 

「今日のメニューはなんじゃろな〜」とわたしはうたいながら歩く。いやお前がつくるんちゃうんかーいとかセルフで突っ込みを入れてみたりもする。

 一生さんは食に貪欲だ。理由は―「何時いつ死ぬか分からんからな」だそう。食という娯楽の即時性が気に入っているらしい。だからか料理には厳しい。わたしが晩御飯を作りにいくようになった最初の方は優しく「美味しいよ」とか言ってくれたものだけど、今や「もとを使って作る中華は家でしか認めん!!」とか意味不明かつ辛辣にコメントしてくる。それにめげるわたしでは無いけど。


 一生さんは―世界で初の人体クローンだ。今のところ唯一の存在でもある。しかし、クローンは命が安定しないことでも有名だ。世界初のドリーなんかが良い例。

 人体を為す細胞。それは分裂を繰り返していくが―DNAからRNAへの転写、タンパク質への翻訳を繰り返していくと、何時か限界を迎える。それをヘイフリック限界というのだけど。その原因の一つがテロメア。遺伝子の折り返された末端。配列でいえばTAGGGG。それを補修するテロメアーゼという酵素が無いわけではないけど、それが発現しているのは限られた領域のみ。命の大局たいきょくには影響しない。

 ちなみに。がん細胞はテロメアーゼを発現させている事で知られている。しかし。無秩序に分裂を繰り替えす細胞は―。世界初の培養されたヒト由来の細胞『Hela』を見てみればいい。このがん細胞の主は1951年に亡くなっている。しかし、それに由来する培養細胞は世界中の実験室で培養され続けている。すなわち生きている。生きものではないけど。


 一生さんのテロメアはどの程度短縮しているのだろう?それが気になる。

 製造のマスターデータ、遺伝子シークエンシングデータは18歳、亡くなった当時のものらしい。ということは?18年分だけ寿命が縮んでいるのかな。でも。28歳に調整する過程で恐らく―無理をしているはずなのだ。細胞を無理やり分裂させて発達を早めたり。


 何時か彼は居なくなる。それは当然の摂理。だが、そのは人間においてしか時間の猶予ゆうよをくれない。

 わたしがなんとかしてあげたい、と思うけど。今の所出来るのはご飯を食べさせてあげることだけ…そう思うと自分が無力だな、と思えてしまう。

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