第18話 アマンダの一日


 カリスト様と社交界に行ってから、二週間ほどが過ぎた。

 私が引き抜かれてから約一カ月も経ったのね、楽しい時間が過ぎるのは早いわ。


 私の一日の仕事の流れは、まず午前中に開発部……ではなく、製造部の方に顔を出す。


「おはようございます、ニルスさん」

「おはよう、アマンダ」


 製造部部長のニルスさんに挨拶をして、製造部の仕事場の一画を借りる。


 ここで私は疲れを癒す緑のポーションを作っている。

 目の前にはポーションの素材が多く並んでいて、おそらく百個ほど作れるだろう。


 よし、やっていこう。


「『解放、定着、純化、抽出――錬成』」


 これを一つずつやっていく。時間がかかるけど、百個くらいは特に問題はない。


「いつも見ているが、本当に速いな……」

「ニルスさん、ありががとうございます」

「もはや速すぎて呆れているんだが……効果を半分に薄めたものですら、ファルロ商会の錬金術師が十分以上かけて作るんだぞ」


 私と開発部部長のオスカルさんで、疲れを癒すポーションの開発を進めて、私が独自に作った物の効果を半分に薄めたポーションが出来たのだ。


 共同開発で結果を出したのは初めてだったから、出来た時は本当に嬉しかったわ……!

 これで大量生産が出来るようになったが、やはり効果が普通のやつも欲しい。


 だから私が毎日ではないけど、こうして製造部に来てポーションを製造しているのだ。


 私は開発や研究も好きだけど、錬金術を使って物を作るのも好きなので、製造させてもらえて嬉しい。

 三十分ほどで百個ほど出来上がり、ニルスさんに報告する。


「ニルスさん、終わりました」

「ありがとう。ではいつも通り、他の魔道具の製造の見学を――」

「します! ありがとうございます!」


 緑のポーションを作った後は、魔道具を製造しているところを見学させていただいている。

 まだ作り方を見たことがない魔道具が多いので、見学をするのがとても楽しい。


 製造部の人達に私のことをニルスさんが説明してくれているので、隣で見ていても問題はない。


 だけど夢中で見ていて、笑われることがある。「なんだか目をキラキラさせて子供みたい」って……少し恥ずかしい。


 一時間ほど眺めてから、製造部の皆さんにお礼を言ってから開発部の方へ。


「あっ、来たね、アマンダちゃん」

「はい、オスカルさん、今日もよろしくお願いします」


 開発部部長のオスカルさんと挨拶をして、共同開発を進めていく。

 今日は前に一カ月前に初めて私が出会った、ドライヤーについてだ。


「髪の毛を温風で温めて早く乾かすっていいと思うんですけど、髪って熱を与えすぎるとダメージが入って痛んでいきます」

「前に試してみたら、確かにそうだったよ。僕はドライヤーを使ったことがなかったから、あまり知らなかったけど」

「だからドライヤーに恩風だけじゃなく、冷風も出すように出来るようにするのはどうでしょう? ボタン一つで変えられるようにするのは?」

「うん、いいと思う。温風を出すのは魔石とかが必要で難しかったけど、冷風なら風を出すだけでいいのかな」

「多分いいかと思います。風の強弱も付けられたらと思いますが……」

「確かに、それがあるとさらに便利だね」


 という感じで、どういう開発をするのかの方針を決めて、それに向けて何をすればいいのかを模索していく。

 開発のアイディアに関してはオスカルさんに遠く及ばないが、実際に開発に向けて一緒に研究していく時は役に立っているはず。


「アマンダちゃん、ここに魔力を注ぎ込んで」

「はい」

「うん……あ、爆発した」

「魔力が高すぎたのでしょうか? 魔石の大きさを調整した方がいいですかね?」


 新しいドライヤーの試作品を何個も作り、試していく。

 最初はなかなか上手くいかないが、それが開発や研究の醍醐味ね。


 オスカルさんも私も諦めなどの感情は全く起こらず、むしろさらに熱中して研究していく。


 そうしているといつも昼食を取り忘れて、開発部の他の方に声を掛けられるまでずっと研究をしている。


「オスカル部長、アマンダ副部長、昼食の時間ですよ」


 開発部の方に声を掛けられた通り……この一カ月で私は、開発部の副部長にまでなってしまった。

 もともと副部長が空いていたらしく、誰もやりたがっていなかったらしい。


 その理由はオスカルさんが原因で、誰も彼についてこられなかったからという話だ。


「えっ、もうそんな時間? いやー、時間が過ぎるのは早いね」


 昼食も取らず、休憩も取らず、ただ魔道具の開発のことだけを考えている変態……と開発部の中で言われているらしい。


 前に副部長になった人はオスカルさんに付き合わされて大変だったらしく、誰も副部長をやりたがっていなかった。

 そんな中、一カ月前に入ってきた私がずっとオスカルさんと共同開発をしていたら……なぜか副部長に就任してしまったのだ。


「その、本当に私が副部長でいいんですか?」


 ファルロ商会の食堂で用意していただいた昼食を、開発部の人達と食べながら話す。


「いいんですよ、実力も熱量もオスカルさんに匹敵する人なんて、なかなかいませんから」

「そうですそうです、私達じゃオスカルさんを満足させられませんでしたから」

「なんかその言い方は語弊があるのでは……?」


 そんな話をしながら、一緒に昼食を食べていく。

 前のヌール商会では食堂なんてなかったし、昼食も自分で用意しないといけなかったから、ここは本当に働きやすい職場ね。


 以前は他の従業員の方なんてほとんど見たこともなかったから、雑談なんてしたこともなかったし。


 昼食を楽しんでから、午後もオスカルさんと共に開発をしていく。


 午後はそこに他の人達も交えているので、さらにアイディアが豊富に出てきて楽しい。

 いろんな魔道具や商品の開発、改善点などを議論していき、試していく。


 それらが終わると、また私とオスカルさんは二人でドライヤーの開発を行っていく。

 何個も何個も試して、試して……そしてついに。


「いけた……オスカルさん、出来ましたよ!」

「そうだね! これで温風と冷風、ボタン一つで切り替えられるようになった!」


 ついに私達が求めていたドライヤーが出来上がった。

 外を見るともう日が沈んでいて、そろそろ終業時間になるだろう。


 だけど……。


「ですがやはり風の強弱は難しいですね。改善の余地は十分にあると思います」

「風の魔石を入れているから、やっぱり一定の風しか出ないよね。風の魔石を小さいのと大きいのを入れて、強弱はつけられるかな?」

「そうするとドライヤー自体を大きくしないといけない気がします。使う人の魔力で調整が出来ればいいんですが」

「使う人の魔力量をいちいち調べることも出来ないしね。やっぱり今まで通りに魔石を使うのがいいと思うけど――」


 終業時間が過ぎても、私とオスカルさんは研究を続けてしまう。

 いつも残業をして、他の人に怒られる寸前まで仕事をしている。


 前の職場では残業なんて面倒だと思っていたのに、ここだと楽しすぎて残業をしたいと思ってしまうわね。


 だけど残業をしすぎると体調を崩して、次の日に朝から仕事も出来ないから、ほどほどにしとかないといけない。


 夜の九時くらいに仕事を終えて、私は帰路に着く。

 今日は商店街で軽く買い物をしてから、家まで向かうと玄関の前に人がいるのが見えた。


 あれは……。


「カリスト様、こんばんは」

「ああ、アマンダ。こんばんは。待っていたよ」


 認識しづらくなるというマントを羽織って、カリスト様が待っていた。

 私が近づくとフードを取って笑みを浮かべた。


「いつも言っていますが、職場に連絡をくだされば早めに帰ってきますよ?」

「いや、それはさすがに出来ないな。俺が社交界を抜けて、キールにバレないようにここに来ているだけだから」

「それは私に遠慮をしているわけじゃなく、職場に連絡するとキールさんに居場所がバレるから連絡しないってことですか?」

「そうとも言うな」


 ニヤリと悪い顔で笑うカリスト様に、私はため息をつく。

 前の社交界の後から、彼は私の家を逃げ場所に使っている。


 もともとこの家はカリスト様に用意されたものだから、私は別に使ってもらっても構わないんだけど……キールさんにバレた時に、私も怒られそうで怖い。


「それに家の前で待ってるよりも中で待っていた方がいいのでは? 合鍵も渡しますよ」

「いや、それは大丈夫だ」

「そうですか?」

「ああ……だが君は無警戒すぎないか? 信頼されているからなのかわからないが」

「こんな家に住まわせてもらっているのはカリスト様のお陰なので、合鍵を渡すのは構わないのですよ」

「……まあ、遠慮しとく」


 なぜ微妙な顔をされるのかはわからないが、とりあえず一緒に家へと入る。

 家の中もカリスト様が来た時から、家具が結構増えた。


 カリスト様が「もうちょっと住みやすいようにした方がいいんじゃないか?」ということで、空いていた場所にソファやローテーブルを置いた。


 住みやすいようにというか、そこで私とカリスト様が座って談笑しやすいように、という感じだ。

 カリスト様もファルロ商会の会長だから、魔道具などには詳しいので話していて楽しい。


 だから私は大歓迎なのだが……そんなにここに居座っていいのかしら?


 一応カリスト様って侯爵家の当主よね?

 一人の女性の家に何回も訪れたら、何か悪いうわさが流れるのでは?


「今日の夕食はなんだ?」


 私が心配をしているのに、カリスト様は家の中で寛いでいる。


「前に買った魚があるので、今日は魚のムニエルです」

「そうか、それは美味しそうだ」

「というか、侯爵家の本邸で食べないのですか? 私が作る料理よりも、侯爵家で食べる方が絶対に美味しいと思うのですが」

「帰ったらキールがいるかもしれないだろ? それにアマンダの料理はとても美味しいぞ、侯爵家の料理人に匹敵する」

「それはさすがに本職の料理人の方に失礼なのでは?」


 私も料理は好きだけど、そこまで上手いとは思わない。

 だけどカリスト様が好きと言ってくれるのは嬉しいから、腕を振るって作る。


「ふむ、今日も美味いな。アマンダに胃袋を掴まれてしまったようだ」

「それはよかったです」


 いつも通り大袈裟に褒めてくれるが、それでも美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。

 そうして夕食を食べた後、最近は二人で食器を洗っている。


 侯爵家の当主のカリスト様にそんなことをやらせるわけにはいかない、と前に断ったことがあるけど、彼は頑なに食器洗いをする。


 むしろ「アマンダは休んでてくれ」とか言ってくる……侯爵様に雑用をやらせて私が休んでいるなんて出来るわけがない。


 仕方なく一緒に食器を洗うけど、そろそろ魔道具で食器を勝手に洗ってくれるものを作ろうかしら?


 あ、それいいかも、全自動の食器洗い機、次に開発する魔道具はそれにしよう。

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