第16話 パーティーを抜けて



 その後、カリストとアマンダはまたいろんな貴族に囲まれて、称賛の声を浴びた。


 二人はそれに笑顔で対応していた。

 だがカリストの心の中は冷めていた。


(十数分踊っていた俺達に対して、飲み物を飲む暇や休む暇も与えずに、長時間話しかけに来るとはな。気遣いも出来ない連中だ)


 カリストはそんなことを思いながら話していたのだが、隣にいるアマンダの様子がおかしいと気づく。

 話していて一瞬だけ反応が遅れることがある。


 ダンスが始まる前までは今までは一度もなかったのに。


 疲れたのだろうか、だが踊り終わった時は軽く息が上がっていたが、もう息は整っている。


(ならば他の理由? では……!)


 カリストはあることに気づき、すぐに行動に移す。


「皆の者、すまないな。俺と彼女はそろそろ帰るとする。明日も予定が合って忙しいからな」

「えっ、もうですか? またお二人の素晴らしいダンスが見たかったのですが……」

「それはまたの機会に」


 カリストは媚びを売ってくる相手を適当にあしらって、アマンダと向き合う。

 仕事で早めに帰ることなど伝えていなかったから、彼女は困惑した表情だ。


「カリスト様?」

「では行こうか、アマンダ」

「えっ、きゃっ!」


 カリストはアマンダの膝裏に手をやって、横抱きにして持ち上げる。

 アマンダや周りがとても驚いているが、そのまま歩き始める。


「カ、カリスト様!? 何を!?」


 少し頬を赤くしているアマンダがそう言った。


「素敵なお嬢様を運んでいるだけだ、アマンダ」

「で、ですが人目が……!」


 出口に向かって歩きながら、カリストは小さな声でアマンダに話す。


「足が痛いんだろ? 大人しくしていろ」

「っ……気づかれてしまいましたか」

「他の奴は気づいていないみたいだから、大丈夫だ」


 侯爵の相手がダンスで怪我をするなんて恥だ、とでもアマンダは思っていたのだろう。


 だからバレないようにしていたと思うが、そのくらいは全く問題ないのに。


 周りから注目を浴びながら会場を出て、帰りの馬車に乗り込む。

 横抱きにしていたアマンダを席に座らせて、靴を脱がせて痛む左足を見る。


「靴擦れか」

「はい、すみません。久しぶりのヒールでのダンスでやってしまったようです」


 申し訳なさそうにアマンダがそう言った。


「謝る必要はない。むしろ俺が気づかなくてすまなかった。ダンスをしている時は痛まなかったのか?」

「はい、ダンスに夢中だったので。終わった後に痛みに気づきました」


 カリストは馬車の中で跪き、アマンダの足に包帯を巻いていく。


「え、あの、包帯はいらないかと……!」

「いいから、大人しくしていろ」


 カリストの言葉に恥ずかしがりながらも、大人しく治療を受けるアマンダ。


「よし、これでいいだろう。数日は安静にしていろよ」

「……いえ、その」

「なんだ、俺の言うことが聞けないのか?」


 自分のせいで怪我をさせてしまったから、命令でもなんでもいいから安静にさせようとしたのだが……。


「家に帰ればポーションが作れるので、すぐに治せますが……」

「……あっ」


 カリストはアマンダを普通の令嬢と勘違いしてしまったが、彼女は凄腕の錬金術師。

 家に帰って素材があれば、十秒で怪我を治せるポーションを作れる。


「……そうだったな、すまない」


 そう思うと「包帯はいらない」と言ったのも遠慮とかではなく、すぐに治せるから包帯をするまでもない、ということだったのだ。


 カリストは自分こそが冷静でなかったと気づいて、恥ずかしくなる。


 ため息をつきながら馬車内の席に座る。

 目の前でアマンダが笑みを浮かべていた。


「ご心配ありがとうございます、カリスト様」

「いや、いらぬ心配をかけただけだったな」

「いえ、嬉しかったです。それにカリスト様の可愛らしいところも見られましたし」

「っ……揶揄ってくれるな」

「ふふっ、すみません」


 ニコニコと笑っているアマンダをチラッと見てから、カリストは誤魔化すように馬車の外を見る。

 そのまましばらく馬車は走っていたが、アマンダが話し始める。


「ですが、大丈夫ですか? 会場を出る時にあんなことをしてしまって」

「あんなことって?」

「それは、その……横抱きのことですよ」


 アマンダは恥ずかしそうにしているが、「わかっているでしょ」とでも言うようにカリストのことを睨んでいる。

 その愛らしい仕草に気分を良くしたカリストは「問題ない」と伝える。


「あれくらいで評判が下がることはない」

「ですがあそこまで私に対して特別な対応をしてしまうと……今後、私以外の方を相手に選んだ時、カリスト様の評判が下がってしまうのでは?」

「ふむ、確かにそれはあるな」


 アマンダが怪我をしたことを知らない人しかいなかったので、ただ横抱きにして運んでいるように見えている。

 そんなことをした女性がいるのに、次に違う女性を相手に選ぶことは難しいだろう。


「まあなんとかなるだろう」

「そんな適当な……」


 今後相手を探すのが難しい、というだけだ。


 それなら簡単に解決する方法があるが……まだアマンダに言う必要はない、とカリストは判断した。


 そんな会話をしながら馬車は走り続け、気づくとアマンダの家に着いていた。


「さて、行くか」

「はい……えっ、きゃ! ま、またですか?」


 カリストはアマンダを横抱きにして馬車から降りる。


「靴を脱いでいるから歩けないだろ?」

「そ、そうですけど、肩を借りるくらいでいいのですが……」

「ダメだ、俺がこれくらいしないと気が済まないからな」


 さっきは彼女が怪我をしていて、会場を早く出て手当てをするために急いでいた。

 だが今は余裕をもっているので、横抱きをした彼女の表情などが見える。


 揶揄われた仕返しだ、と思いながら恥ずかしそうにしているアマンダと共に、家に入る。


 そしてアマンダは家の中にある素材でポーションを作って、痛んだ足にかけた。

 すると赤く擦り切れていたところが治った。


「よし、治ったのならよかった」

「はい、ありがとうございます」

「いや、礼を言うならこちらだ。今日は君のお陰でとても楽しかった」

「久しぶりの社交界で少し緊張していましたが、カリスト様のお陰で楽しめました」

「それならよかった。お礼の素材は何か考えてあるか?」


 ダンスパーティーの相手を務めてくれる代わりに、貴重な素材を渡すという約束だ。

 予想以上の立ち回りをしてくれたので、結構な大金を使ってでも取り寄せるつもりだ。


「俺が勝手に見繕うのもいいかもしれないが、何か欲しい素材はあるか?」

「そうですね……」


 アマンダは顎に手を当てて軽く考えてから、「あっ」と言って。


「一つあります。精霊樹の枝です」

「……はっ?」


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