【書籍化&コミカライズ】無能と言われて家を追い出されましたが、凄腕錬金術師だとバレて侯爵様に拾われました
shiryu
第1話 アマンダ
私は小さい頃、お母様がやっていた錬金術を見て憧れた。
それは錬金術というにはちっぽけなものだったけど、とても美しいものだと思った。
亡くなったお母様は別に錬金術が得意ではなかったらしいが、人並み以上には出来ていた。
『いつかアマンダも出来るようになるわ』
『ほんと!?』
『ええ、だけど錬金術だけじゃなくて、他のことも頑張るのよ。そうすれば錬金術も上手く出来るようになるわ』
『錬金術のことじゃなくても、錬金術が上手くなるの?』
『ええ、きっと』
お母様の優しい笑みを覚えている。
だから私は王都の学院に入学した後、錬金術はとても力を入れて頑張ったが、それ以外の科目も頑張った。
私は学院を首席で卒業し、錬金術が思う存分出来る職場に就職した。
しかし、今……。
「おいアマンダ! まだ出来ねえのか! この無能が!」
私は上司に無能と罵られて怒られていた。
上司のモレノさん、私が働くヌール商会の会長だ。
「すみません、だけど一人でこの魔道具を百個も作るのはなかなか時間がかかります」
「あぁ? お前が無能で作業が遅いだけだろうが」
「そうかもしれませんが、他の人にも手伝ってもらえればもっと早く終わりますが」
「お前の尻拭いをなんで他人にやらせようとしてるんだ!? お前がやればいいだけだろ!」
私の言うことは何も聞いてくれない。
もうこれ以上怒らせるのは面倒ね。
「かしこまりました、すみません」
「はっ、お前はその魔道具を全部作り終えるまで、帰るんじゃねえぞ。どれだけ夜遅くなってもな」
はぁ、また残業は決まりね。
どうせこの残業代は、私に支払われないだろうけど。
「わかったな? 返事は?」
「かしこまりました」
「はっ、生意気なことを言わずに最初から頷いてればいいんだ、お前みたいな無能は」
モレノさんは満足そうに顔をニヤつかせて、私の仕事部屋から離れていった。
ここは私専用の仕事部屋で、普通に考えれば待遇はいいんだけど、私にずっと仕事をさせるためだけの部屋に近い。
他の従業員などもいるようだが、私はほとんど会ったことがない。
朝にこの職場に着いてから、ずっとこの部屋で仕事をしているから。
私以外の従業員はちゃんと仕事をしているのかしら?
まあそんなに興味はないけれど。
「やりましょうか」
ただこの職場は上司が最悪で、給金はまともに支払われないけど、良いところが一つある。
それは、誰にも邪魔されずに錬金術をいっぱい使って、物を作れるということだ。
私が職場にずっと望んでいたことだ。
魔道具を作るのは楽しいからいいんだけど、さすがに百個は多い。
いや、多いというよりは、同じものを百個作るのはつまらないわね。
これが全部違うものだったら百個でも千個でも楽しく作るんだけど、同じものは本当に飽きるわ。
私は楽しく錬金術がしたいのに、この職場だと出来ていない。
正直、給金や待遇よりもそこが大事なのに。
はぁ、家の夕食の時間には間に合わせたいけど、今日は無理そうね。
その後、私は一人で同じ魔道具を作り続けた……つまらないわ。
職場を出てから、寒い夜空の中を歩いて家に戻る。
私はナルバレテ男爵家の令嬢なのだが……こんな夜中に一人で歩いて家へと向かう令嬢なんて、私くらいだろう。
普通の令嬢はまずこんな夜中まで仕事をしていないだろうし、たとえ夜中まで外にいたとしても馬車で迎えがあるだろう。
もうこの時間に一人で帰ることに慣れてしまったからいいんだけど。
数十分歩き、ナルバレテ男爵家の屋敷に着いた。
「ただいま帰りました」
中に入って使用人の方々が見えたので、そう挨拶をする。
しかし軽く会釈をされただけで、私のもとから離れていく。
お父様にそう指示をされているので、仕方ない。使用人の方々が悪いわけじゃない。
私は自分の部屋に戻り、軽く身支度を整えてから食堂へと向かう。
夕食の時間は少し過ぎているけど、運が良ければ……と思ったのだが。
食堂の私の席にはもう食べ物はなく、水だけが置いてあった。
「あら、お姉様。こんばんは」
「サーラ、こんばんは」
私の妹のサーラが、なぜかまだ食堂にいた。
赤い長い髪が綺麗で、私の青髪とは全く違う色だ。
何が面白いのかよくわからないけど、なぜかニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「少し遅かったわね、お姉様。ついさっき、使用人がお姉様のご飯を下げてしまいましたわ」
「そう、じゃあまだ捨ててないかもしれないわね」
何分前なのかはわからないけど、調理場に行けばまだ間に合うかも。
そう思って食堂をすぐに出て行こうとしたのだけど、後ろから呼び止められた。
「あっ、お姉様、申し訳ありません。今日の夕食は最初からお姉様の分はなかったかもしれませんわ」
「えっ、そうなの?」
「はい、お父様が『どうせあいつは残業で帰ってこないから、夕食なんて準備しても意味がない』と言ってました」
そうだったのね、じゃあ今日はどれだけ早く帰ってきても意味なかったのね。
私が残業で夕食に遅れるとたびたび捨てられていたから、それなら最初から作らない方が食材も無駄にならずに済んでよかったのかもしれない。
「教えてくれてありがとう、サーラ」
「っ、ええ、無能なお姉様に教えられてよかったです」
今は別に無能とか関係ないと思うけど。
サーラは私が嫌いなようなので、傷つけたいと思っているようだが、そのくらいの揶揄いは可愛いものだ。
「じゃあ私はお父様に少し用があるから行くわね」
そう言って食堂を出たのだが、出る直前に見えたサーラの表情はどこか悔しそうにしていた。
お父様の執務室へと行き、ドアをノックして「お父様、アマンダです」と告げる。
数秒ほど経ってから「なんだ?」と冷たい声が響いてきたので、私は「失礼します」と言って入る。
ナルバレテ家の当主、ジェム・ナルバレテ男爵は私のお父様だけど、当主の仕事はほとんどやっていることを見たことがない。
執務室の椅子に座っているが、背もたれに全体重をかけていて机の上の書類などは片付いていない。
どうせ使用人の方にやらせて、自分は適当に遊びに行くんだろうけど。
「何の用だ、俺はお前の顔なんか見たくないのだがな」
「申し訳ありません、一つお伝えしたいことがありまして」
執務室の机越しにお父様と対面する。
お父様は座っているが、私を睨みながら話す。
「なんだ、夕食についての文句か? お前が残業で帰ってこないことを予測して作らせなかったのだから、むしろ感謝してほしいのだが」
「はい、それについては感謝してます。わざわざ料理人の方に作ってもらったのに毎回捨てられていては、私も心苦しかったので」
私がそう言うとお父様は舌打ちをする。
お父様も私が傷ついていないとわかると、不機嫌になるのだ。
「じゃあなんだ?」
「はい、私はそろそろ今の職場を辞めようと思います」
二年ほどあの職場で働いていたが、もう決心した。
錬金術が思う存分出来る職場として入って、確かに錬金術は出来ている。
だけど同じ魔道具をずっと作らせられるのは、もう耐えられない。
私はもっといろんな物を作りたいのだ。
だからあそこを辞めて、他の職場にしようと思ったのだが……。
「はっ、何を言うかと思えば……無理に決まっているだろ、馬鹿が」
お父様に嘲笑されながら否定された。
「なぜですか?」
「お前が無能だからだよ。無能なお前を他のところがとってくれると思うか? モレノが私の友人だから、今の職場をクビになってないのだ」
お父様とモレノさんは友人らしく、私が職場に入ってから知った。
二人が友人なようなので、私は一応お父様に辞めることを伝えたのだが……。
「学院でどれだけ良い成績を残したとしても、お前の仕事ぶりはモレノから聞いている。残業をしないと一日のノルマすら出来ないのだろう?」
「あれはモレノさんがすごい量の生産を頼むせいで……」
「言い訳など聞かん。それに上司でお前に仕事を与えてくれているモレノを
悪く言うなんて、本当にお前は人間として出来ていないな。だいたいお前は――」
「……」
嬉々として私を無能だ、使えない出来損ないだ、と罵るお父様。
まあ予想はしていたけど、やっぱりダメっていうのね。
私はお父様と妹のサーラ、そして義母のパメラ夫人にとても嫌われている。
お父様とパメラ夫人はもともと恋人同士だったようだが、お父様は親が決めた政略結婚で私の実母と結婚することになった。
私の生みの親、ミリアムお母様はとても優秀な人だったらしい。
お父様が遊んでいても男爵家の事業を成り立たせ、むしろ事業成績を上げるくらいには。
そんな優秀なお母様を、お父様は嫌いだったらしい。
そして私が生まれて、私が五歳の頃……お母様が事故で亡くなった。
お父様はすぐにパメラ夫人を娶ったのだが、異母妹となるサーラがすでに夫人のお腹の中にいた。
それから私は男爵家の邪魔ものとして扱われている。
お父様は学院で私が良い成績を残しても全く喜ばず、むしろ不機嫌になった。
優秀だったお母様のことを思い出してイラついていたようだ。
だからここ二年、私が職場で無能だと言われていることを喜んでいる。
「おい、何か言ったらどうだ、アマンダ」
お父様が私を罵り終わったようだ、右から左に聞き流していたけど。
「何か、とはなんでしょうか?」
「はっ、話も通じないみたいだな。いいか、お前は無能で、今の職場以外じゃやっていけない。それがわかったのなら、もうそんな妄言は言うんじゃない」
「私が他の職場でやっていけないのかは、やってみないとわかりません。そして私はやってみたいので、やるだけです」
「やかましい! お前はモレノの下で馬鹿みたいに魔道具を作ってればいいのだ!」
椅子から立ち上がって怒鳴ってくるお父様。
まさかここまでお父様が反対してくるとは思わなかった。
適当に「勝手にしろ、無能が」とだけ言うのかと思ったけど、なぜ今の職場を辞めさせてくれないのか。
モレノさんとそんなに仲良しなのかしら?
「ですが私は……」
「まだ言うのか!? もういい、出ていけ!」
お父様は机の上にある書類を適当に掴み、私に向かって投げた。
顔に当たって頬が切れたような痛みが走ったが、私はお父様と視線を合わせ続ける。
「くっ、本当にお前は腹が立つ……!」
「お願いします、お父様」
「もういい。一晩、外で頭を冷やしてこい。その部屋着でこの寒い中、外で凍えていろ」
「……それをしたら私が職場を辞めるのを考えてくれますか?」
「やかましい! 絶対にやめさせないに決まっているだろ!」
お父様は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
なぜこうも辞めさせてくれないのかわからないが、もう今は冷静に話が出来ないようだ。
「かしこまりました。お忙しい中、失礼しました」
「ああ、二度と私の前に立たないでほしいくらいだ」
私は一礼して、執務室から出た。
「お嬢様」
「あっ、イーヤさん」
部屋を出たところにイーヤというメイドの方がいた。
この方は私が小さい頃からいたメイドで、ミリアムお母様とも仲良かったメイドだ。
だからお父様がメイドや執事に「アマンダと仲良くするな」という命令を無視して、よく話してくれる。
とても嬉しいんだけど、それでお父様やパメラ夫人に怒られているのを見て申し訳ない気持ちもある。
「大丈夫ですか? 廊下にまで当主様の声が聞こえてきていましたが」
「大丈夫です、特に何もされませんでしたから」
「っ、お嬢様、頬に傷が……!」
あっ、そういえば紙で切れたんだったわね。
「すぐに手当てを……!」
「いえ、このくらい大丈夫よ。それよりも私はお父様の命に従って、一晩外にいないといけないから」
「本当になさるのですか?」
その命令も聞こえていたようで、イーヤさんは目を見開いて驚く。
「そんな薄着で今外に出ては、本当に凍え死んでしまいます。お嬢様、どうかお考え直しください」
「大丈夫ですよ。私は錬金術師ですから」
私はニコッと笑ってイーヤさんを安心させる。
「ですが……」
「では行ってきますね。一晩ということなので、明日の朝には戻ってくる予定です」
イーヤさんにそう言ってから、私は廊下を歩いて自室へと向かう。
お父様はこの格好で外へ行けと言っていたけど、準備するなとは言ってなかったわね。
さすがに薄着の部屋着でこの寒い夜を過ごせるとは思ってないので、錬金術を使うつもりだ。
そして自室で用意した手提げ鞄だけ持って、屋敷から出た。
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