雨音カルテット(四重想)・ソロ〜君と奏でる恋と決意(わかれ)の歌

黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名)

プロローグ〜瘡蓋〜

「ねぇ、カラオケ行かない?」

中学生の時からの親友から声がかかり、私は「いいよ」と頷いた。


その答えに、親友は「ええっ!?」と驚きの声をあげる。それもそのはず、普段の私ならきっと断っていた。


別に歌を歌うことが嫌いな訳じゃない。

ただ思うことがあって、敢えてカラオケに行こうと言う気にはならない。だから普段はカラオケに興味がないフリをしていた。


だけど、今日は違った……。

な互いに同じ短大を卒業し、就職が決まり、それぞれの未来を歩む……。


そんな環境の変化に疲れや苛立ちを覚えた親友の様子に、私は親友と出会って初めて頷いたのだ。


「えっ?マジ?なんで?嘘じゃないよね!?」

驚きを隠せない親友が、矢継ぎ早に言葉を続けるのを、私は嘘じゃないと伝える。


すると親友は長年の鬱憤を晴らすかのような声で、「やったー♪♪早く行こ!!」と、私の腕を引く。


「そんなに急がなくても、カラオケって今の時間なら空いてるんじゃない?」

平日の昼間から満員御礼のカラオケ店があるなんて話、そう聞いた事はない。だから、親友に落ちつくよう促すが、聞く耳を持ってくれなかった。


親友曰く「私の気が変わらないうちに!!」だそうだ。いくらマイペースな私でも、そうそう気が変わることなんてないのに……全く。


そう思いながら親友に腕を引かれるままに、近くにあったカラオケ店に入る。昼間だけあって、カラオケ店に人の姿は疎らだった。


そこで受付を済ませた私たちは、部屋に入る前にドリンクバーでジュースを入れて、指定された部屋に入る。


「音愛、先に歌いなよ」


「いいよー、優華こそ先にどうぞ」

カラオケあるあるなのだろうか、誰が先に歌うかで譲り合いになる。気の知れた親友とはいえ、そこは初体験なのだ……、相手の出方を伺ってしまう。


だけど、限られた時間の中で譲り合いをしていても埒が明かないので、結局は親友の細波優華(さざなゆうか)に先を譲る。


「では、細波優華、歌います!!」

曲のイントロが始まると、優華は嬉しげな声を上げ、歌い始めた。


自称カラオケ好きを豪語する友人だけあって、歌が上手い。私は合いの手を入れながらその歌を聴く。


……楽しそうに歌うな。

親友を見ながら、私は心の中で呟く。


私にもそんな時代があったのだ。

お母さんがいて、お姉ちゃんがいて、お兄さんがいて……、お父さんがいる。


みんなでカラオケに行き、それぞれに好きな歌を歌って笑いあう。特に、お父さんは私の歌う姿を目を細めながら見ていた。

そして、お決まりの様にある言葉を嬉しそうに口にする。


『うちの娘の歌は世界一だ!!きっと売れっ子の歌姫になる!!』

今考えると、親バカ全開の父親だったけど、私はそれが嬉しくてたくさん歌を歌った。


だけど、そんな生活が最早遠い過去。


「……あ、音愛?」

不意に親友の声が耳に入ってくる。


「えっ?」


「どうしたのよ?急にぼーっとして」

心配そうな表情で、優華が私の顔を覗き込む。


「ううん、なんでもない」

私はそう言いながら、苦笑を浮かべる。


どうやらカラオケという個室は私を無意識に過去へと縛り付けてしまうようだ。だから、この空間は苦手なのだ。


「ならいいけど……」

苦笑する私に、優華は心配そうな表情を浮かべる。


「そういえば、優華、歌、上手だったね」

私は苦笑を誤魔化すように優香を褒めると、優華は「「そんなとってつけた様に褒められても嬉しくない!!」」と、声を上げる。


だが、優華が消し忘れていたマイクがその声を拾い、優華の声が拡張され、ハウリングと共に部屋中に響き渡る。


その音量に私と優華はびっくりし、共に耳を押さえる。


キーン……。

マイクの音が徐々に小さくなり、スピーカーから歌手の宣伝が聞こえてくる。


その声と共に私たちはゆっくりと耳から手を離し、顔を合わせる。


「ふふふ……」


「くくく……」

自分達の今の状況を考えると、随分と間抜けだ。その状況が徐々に笑いを増幅させ、ついに私たちは「あはは!!」と声を上げて笑いあう。


おそらく優華も同じ事を考えていたと思うと、彼女と親友になれてほんとうによかったとしみじみ思う。


「……で、何をぼんやりしていたの?」

2人の笑いが落ちついてくると、優華は私に尋ねてくる。


「昔のことを、ね……」

私がそう言うと、優華はしばらく無言になる。


だけど、何も言わない。

ただ一言、「そう」と言って、手に持っていたマイクを渡してくる。


「私はストレス発散しにきたの!!だからあんたも早く曲を入れなさい!!」


「はい!!」

わざとらしい命令口調の優華に合わせて、私もわざとらしく敬礼する。


何か言わなくても察してくれる親友にいつも助けられてる……。そう思いながら、私は選曲の機械を手に取る。


自分が知っている曲を探してみるけど、なかなか見つからない。特に一般の人が歌う様な曲を知らない私は選曲に迷う。


……そうだ!!

ふと、自分の好きな曲を思い出し、名前を入力してみる。


とあるYouTuberが作詞、作曲した曲だ。

ただ、歌っているのは人じゃない。


人工音声だ……。


どこの誰とも分からない素人……いや、アマチュアが自分の作った歌をパソコンに打ち込み、女の子の声で歌を歌わせる機械の歌手だ。


最近では世間一般に認知され、有名な歌手や作曲家でも使用するツールだけど、販売当初はアマチュアやパッケージの女の子を目的に買ったオタク層が使用する様なものだった。


だから認知が広がった今でも曲は作られ、カラオケにも人気曲が導入される曲はどこかキャラクターソングを思わせるものも多かった。


だけど、私の好きな曲は一般の人ウケする様な歌ではなかったし、オタク向けする様な歌でもない。


ただの失恋ソングだ……。

だけど、私はその曲に惹かれた。


ただ機械の歌姫と共に、作曲者自身が歌っている……。ただそれだけなのに、私はその曲に魅入られ……いや、救われたのだ。


別に失恋した訳じゃない。むしろ男の人と付き合った事すらない喪女なのだ。


ならば何故そんな曲に惹かれたのか?

分からなかった。


ただ大切な人を失った悲しみがどことなく、亡き父を彷彿とさせたのだ。


そんな私の胸に一つの感情が芽生えた。

……どんな気持ちでこの曲を作ったのだろう?


そんな思いをこの数年、抱えて生きてきた。

だが、そんな事を作った人は知る由もない。


私がいくらこの人の曲を聴こうが、この人の事を調べようが、一向に作曲者の事は分からなかった。


当然だ……。プロでなければインディーズバンドのメンバーでもない。


どこの誰とも知らない、日本に一億いる人間の中の一人でしかないのだ。


私は選曲の機械を手に、その曲を探す。

だけど、当然のようにない。


私ははぁ〜と、大きなため息をつく。

この曲を目の前の親友はおろか、誰も知らないのだ。


私は諦めて、自分の知っている曲をどうにか、探し出し予約する。


「ほう、どれどれ〜。音愛は普段どんな曲を聴くのかな?」

優華が興味深そうにモニターに映る予約画面を見る。


「あ〜、これ知ってる!!歌姫キキの『百滴涙』だよねー!!リズムが良くて、私も良く歌うよー♪」


違う。私の歌いたいのは……、聞いて欲しいのはこの曲じゃない。


そう思いながら、流れてくる伴奏に耳を傾ける。軽快なリズムが部屋中に響き、それに合わせて優華が手拍子を打つ。


その合いの手を小耳に挟みながら、私は曲を歌い始める。


私が発した声をマイクが拾い、部屋中に私の声が響き渡る。それを聴きながら、私は画面に映し出される歌詞に合わせて歌詞を詠む。


昔は好きだったカラオケから遠ざかってずいぶん経つけど、やっぱり……歌は楽しかった。


歌いながら、私はあることに気づいた。

さっきまでノリノリだった優華が、静かになっていたのだ。


いや……目を見開き、まるで息を呑むかの様だった。その姿に私は疑問に思いながら、歌を歌い切る。


ジャーン。

最後の音が鳴り終わり、室内に余韻だけが響く。その余韻に、「はぁ〜」と、息を吐く。


久しぶりにカラオケで歌ってみたけど、高揚感が物足りなく感じでしまう。"遊び"だから仕方がない……。


そう思いながら、優華の方を向いてみる。

いつもなら何か反応してきそうなものだが、それすらない。


さっきの表情と共に、彼女のこの静けさに疑問を持ち、「……優華?」と、声を掛けてみる。


その声に優華は、ハッと我に返ると、私の隣に寄ってくる。


「……すごい」


「へっ?」

優華の声に、私は間抜けな声を上げる。


「すごい、音愛……、すごいよ!!」

優華は私の手を握り、興奮気味に手を掴んで上下させ離さない。


「痛い、優華痛いから落ち着いて!!」

私の手を持ったままブンブンと腕を振り回す優華を宥めるように言うと、優華は「あっ、ごめん」と、私の手を離す。


よほど力強かったのか、手がジンジンする。その痛みに涙目になった私は、「で、何がすごいの?」と未だ興奮気味の優華に尋ねる。


「音愛……、歌手。歌手になりなよ!!すごい、すごくうまかった!!」


「へっ?」

優華の突飛な発言に、再度間抜けな反応を見せることしかできない。


「……音愛ね、すごい声が綺麗なの。それに、なんかわかんないけど、引き込まれるの!!」


「何に?」


「音愛の歌に!!」

そう、優華は言ってくれるが、自分にはその実感はない。


私くらいの歌唱力のある人間はこの世にゴマンといる。それに優華も十分上手いのだ。


「……優華も上手じゃない」


「違うよ!私とはダンチだから!!歌手を目指してみたら?応援するよ!!」


目を輝かせながら、そう言う親友の言葉に。「でも……」と言うことしか出来ない。


そう易々と歌手になれる訳じゃない。彼ら、彼女らは実力もさる事ながら、運や出会い人との繋がりの中で培ったものだ。私の様な一般人がなれる訳がない。そんなの、自分が一番分かっていた。


「……どうやったらなれるか分からない」

私はただ、いい訳を口にする。優華にしても答えはないはず……。


案の定、優華も首を捻る。


「そうねぇ……、アクターズスクールとか?」


「お金ない……」


「パソコンは?」


「持ってない……」


「スマホで直どりとか?」


「恥ずかしい……」


「のど自慢!」


「却下!」


「アイドルー!!」


「無理〜!!」

カラオケの個室で二人、ない知恵を絞り出してみる……が、結局答えは出ず、互いに顔を見合わせて、「「はぁ……」」とため息をつくのが関の山だった。


「まぁ、とりあえず今は歌おう!!考えるのはまた今度!!」

考えるのに飽きた優華は元の目的であるカラオケに思考を逸らす。


それはそうだ。一般人が絵空事を描いた所で結論は出るわけがないのだ。


乗り気ではないが、今はカラオケを楽しもう。私たちはただ、カラオケで歌を歌っていたが、

そんな中でも優華はなにかを考えていた。


「思いついた!!」

不意に優華が声を上げ、その声に私は肩を揺らす。


「な、何?」


「路上、路上ライブをすればいいのよ!!」

その一言が、私の……私たちの人生を変える一言だった。




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