第37話 大変なことになった

「……、……。……?」

「ミーシャ。気が付いたのか」

「……。はっ!」



柔らかな感触を堪能しながらうとうとしていた私は、やがて意識を取り戻して目を開けた。私は自然の中で疲労で倒れた筈なのに、こんなに居心地がいい事自体がおかしい。

身体を起こすと、そこは見慣れた場所だった。ベッドの横にある本棚、寝心地のいいソファ、机の上には私が以前贈ったぬいぐるみがある――。ここは、アーサーの部屋だ。



「災厄を討伐した場で君は疲労で倒れてしまった。だからここまで連れてきたんだ」

「……そ、そうだったのですか。すみません、殿下にはご迷惑をおかけしました」

「ううううう」

「……!?」



私がぺこりとアーサーに頭を下げると、背後から何者かの唸り声がして、ぺしりと頭をはたかれる。

振り返ると、そこには黒と白の長毛の猫がいた。

私は瞬きをして彼の名前を呼ぶ。



「く……クロード!?」

「なう」

「ああ、ミーシャ。彼は災厄討伐の後に再び王宮に来たんだ。ミーシャの事を凄く心配しているようだった。ミーシャが寝ている間、彼に話を聞かせてもらった」

「にゃあー」



クロードは、世話が焼けると言いたげに鳴き、そしてベッドに身を乗り出して私の頬をぺろぺろと舐めた。ざらざらした舌触りに私は震える。



「ひっ。く、クロード、ちょっといたい……」

「クロード。ミーシャは病み上がりなんだ。あまり無茶をさせないように俺からもお願いしよう」

「…………」



クロードはぴたりと動きを止め、アーサーをちらりと見た。それから私の方に向き直って、私をじっと見つめる。猫のクロードは何かもの言いたげだ。

――あの時言っていた事は間違いないか。

彼にそう問いかけられているような感じがする。

私はクロードの喉を撫で、そして呟いた。



「……クロード、私の事を心配してくれてたんだね。ここまで探しにきてくれたんだね。ありがとう」

「…………」

「クロード。……あの時は色々ごたごたしてたけど……あの時に言った気持ちは、今も変わらないから」



クロードを撫でながら、私はそう伝えた。

クロードは何かを受け入れるかのように一瞬目を細めた。

その後、ばっと私から離れ、部屋からするりと抜け出していく。



「……あ、クロード!あの、殿下。クロードは……」

「王宮の周りの人間には事情を話して説得してある。クロードが通っても彼の自由にしてあげるように、と」

「……そ、そうですか。すみません。私がクロードを王宮に連れてきてしまったから、色々と大変な事に……」

「ミーシャはそもそも俺の事を案じてそうしてくれたんだろう?そんなに小さくならないでくれ。それと……」



アーサーは微笑んだ後、顔を引き締めて私をじっと見つめ、口を開く。

「ミーシャ。暫く眠っていたが、体調は大丈夫か?まだまだ安静にしないといけないのなら、体調が戻るまで何日でもここにいていい。俺は看護用の食事を持ってくるようにするから……」

「い、いえ!そんな。一時的に疲れが出てしまっただけですから。もう大丈夫です。ありがとうございます!」

「そうか。…………。では。俺もいよいよ覚悟をしなければいけないな……」

「……?」

「ミーシャ。――俺と君との今後に関わる事だ。皆の前へ行こう。そして、あの場の始末をさせてくれ」

「――?、あ……」



呼吸を整えた私は、暫くして自分の置かれた現状に気づく。

私はアーサーと協力して災厄を収めた。そこまではいい。

私がアーサーと災厄を収める事が出来たのは、クロードの魔力で獣人の眷属にされたからであって……。

猫にされた私は……、王宮で……。

…………。



自分のやった事をしっかりと思い出した私は、ベッドの中でバクバクと高鳴る胸を押さえつけていた。

……やってしまった。

猫になりたてで興奮状態にあったのに加えて、心の奥底にベルリッツ王家への不満があったからか、思いっきり王宮の中を荒らしてしまった。

壺を壊して、彫刻で爪とぎをして、ベルベットの国旗を裂いて……。

私に今現在家族がいなくて良かったと思ってしまった。私の行いで他の家族にも累が及ぶのには耐えられない。

……でも、まだアーサーがいる。

私を王宮に連れてきたアーサーは、私のやらかした事で何らかの責任に問われるのかもしれない。



震えながらアーサーに話しかけようとする。

「殿下、本当に大変な事をしてしまいました。私は……」

「ミーシャ。……色々と思うところはあるだろうが、今は俺の言う事に従ってほしい。あまり時間が無いんだ」



アーサーの静かな声に、私は口を結んで頷く。

私だけではなく、アーサーも今は大変な状態にあるのだろう。

だって――先程からアーサーの魔力が高まっている様子が無い。

猫のクロードと一緒に過ごしていたら、今までのアーサーだったらほわほわのぽわぽわになっていた筈である。

つまり、アーサーは今は緊張状態にあるということだ。

「ミーシャ」

「は、はい!」

「――ハイネも控えてくれている。行こう。」



アーサーの部屋を出ると、そこにはハイネさんがいた。重々しい表情をしたハイネさんは、言葉少なに私を労った後、厳しい顔をしてアーサーの後に着いていく。

……何が始まるんだろう。

私は緊張で高鳴る胸をどうにか落ち着かせようと試みつつ、足を動かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る