第27話 聞きたくない事

「うう……」


私は慣れない感覚に声を出しながら、自室への道を歩いて行く。

王宮に戻った後も、鋭くなった聴力はそのままだった。

自分の足音がやけに大きいものに聞こえて、私はいつも以上に音を出さないように慎重に歩く。そんな事をしているうちに鐘が鳴った。特定の時間を告げるその音は、通常時でさえ王宮に大きな音で鳴り響くのに、感覚が敏感になっている今はより暴力的に響いた。

ぐわんぐわんと地面ごと揺れているような感覚がして、私は廊下の隅にうずくまる。



……一般的に、魔法は永続的な効果がある訳ではなく、時間が経てば解除されるものである。ここで少し休憩していればそのうち元に戻るだろう。


息を吸ったり吐いたりしながら王宮の隅で息を潜めていると、私の耳に声が響く。それは小さな声で、恐らく普段の状況ならば聞き逃していただろう。




「……、災厄の発生状況はどうだ?」

「今年度は昨年度よりも発生が多数になっています。軍人も更に数を増やして、災厄の討伐と民間人の守りを固めるように手配しております」

「そうか。……殿下の消耗度合いはどうだ?」

「はっ。……昨年度よりも災厄の討伐で出る機会は多くなっていますが、魔力の過使用による体調不良は今年度は起きていないようです」

「ふむ。まだまだ戦ってもらえるという事か。それは喜ばしい」

「ですが、今のところ対災厄の主力は殿下お一人であるという状況に変わりはありません。また以前のように倒れられては被害が大きくなってしまいます。殿下を休ませて、軍人の数を増やすというのは……」

「ならん。私は軍人の配属を増やす事は反対だ。それよりも殿下により一層頑張っていただく事にしよう」

「……!」



鋭くなった聴力で遠くの人の話す声を聞いて、私の胸はざわめく。

……なんだって。




「王宮の貴族達の間に、殿下に対する不満の声が燻っている。殿下が全力を尽しているというのは建前で、近頃は密かに責務を怠り、災厄討伐に影響が出ても無視しているのではないかと……。誰かの流した噂が発端らしいが、火のない所に煙は立たないものだからな。殿下の身をもって不満の声は散らしていただきたいものだ」

「……ですが。殿下が倒れられた場合、軍の方に避難の声がいきませんか?」

「この国を襲う災禍は神代から続く災厄だけではない。他国から攻めてくる事だって十二分に考えられる。近頃のベルリッツの軍はもはや平民専用の救助隊と化していて、戦いの方法を忘れてしまっているように見える。ここは水で囲まれているから攻め込まれにくいが、隣国では水用の兵器を開発したという噂が届いているのだ。私としては、災厄は王家のみで抑え込むというのが正しい姿に見える。ベルリッツ王家はそうして威信を保ってきたのだ。長い目で見れば王家にとっても益になるだろう?」

「……確かに、災厄で命を落とした人間は王家の歴史の中にも多くいます。ですが、アーサー殿下が実際にそういう危機に遭われたら、陛下はなんと言われるか……」

「陛下は私の考えを理解して下さるだろう。特別な才を持って生まれた者は人民にその恩恵を与えて然るべきだとよく話していた。幸いというべきか、アーサー殿下よりも王位継承権の高い人間は多くいる。殿下が不慮の事態で命を落としたとしても、国が大きく混乱する事は無いだろう」

「……しかし、何と言いますか……残念ですね。アーサー殿下は類稀なる対災魔力を持ったお方だと聞いていたのに、蓋を開ければ災厄討伐の成果が芳しくない。最近は成果を上げているようではありますが……」

「折角だから、神との契約をもう一度試させてみたらどうだろう。自らの好むものを失ってしまうという話だが、それを繰り返したら対災厄用の主力が完成するのではないかと私は見ている。今では不完全な状態なのではないかと思うのだよ」

「……、そうか。軍としては、正直……そうなってくれたらどんなにいいか。そうなれば我々の負担が減るという事ですよね。魔力の秘密について知らない軍人達も皆王家に付き従って、場合によっては命を落としている。アーサー殿下一人の尽力で皆が救われるのならば、きっと殿下自身もお喜びになる事でしょう。王家の人間が次に神と契約する時も、アーサーという英雄がいた事を伝えられれば、きっと奮い立ってくれる事でしょう」

「問題はアーサー殿下にそれを進言した場合、殿下の御身を気遣っていないのではないかと思われる事だが……」

「いっそ本人から言ってくれたら楽なんですけどね」

「それは違いないな。ははは。……ま。実際は、またフォンテーヌ家の厄介になる事になるのだろうな」

「フォンテーヌ家に軍の出資をしてもらうという事ですか?」

「ああ。王家の災厄討伐が滞っている時、フォンテーヌ家が率先して出資して王家を助けてくれた。特定の家に厄介になりすぎるのも災禍を招くやもしれんが……背に腹は変えられんな」



話しているのは、ある程度歳を重ねた男と、それよりは若い男の組み合わせだろう。二人の声はやがて遠ざかり、聞こえなくなった。



「…………」

時間が経過した事で、クロードの魔力の効果は切れたのだろう。今の私には普段と変わらない静寂があった。

それでも、私の心は千千に乱れていた。

先程聞いてしまった会話がリフレインして、動悸が止まらない。




話していた二人は――、会話の内容からして、軍属の人間なのだろう。

ベルリッツの平民からは王家は神聖なものとして慕われている。アーサーは慕われるのに相応しい振る舞いをしてきた。

――だが、アーサーは近しい者から必ずしも大事に扱われている訳ではない。

それが私にはショックだった。

軍部からしてみたら、一個人に過ぎないアーサーよりも継続して資金提供を行うフォンテーヌ家の方が優先すべき相手――、それが本音なのかもしれない。



アーサーは王家の人間で、かつ災厄討伐の主力となる人材だが、政治的に見て不要と判断されたら不遇な仕打ちを受ける事もあるのだろう。

…………。

率先して戦うべきアーサーが責務を放棄する可能性がある。そんな噂が立っているから、軍の間にも不信の感情が生じているのかもしれない。

その噂がどこから発生したものかはわからないけど……。

やはり、私がアーサーと一緒にいるのはよくない事のように思う。

出自が不確かな人間を個人的な事情で王宮の中に入れたと知られたら、アーサーの立場が悪くなる筈……。


早鐘を打つ心臓を落ち着けるように深呼吸しながら、私は考え続けた。

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