第14話 令嬢リズリー②
…………。
迷った末に、私は心の中に浮かんだ顔に従う事にした。
――アーサー。
彼はまさしく王宮に住まう人間だが、私に対して嘘をついた訳ではなく、自らの秘密を教えて真摯に接してくれた。
リズリーに対しても同じように、誠実に接しよう。
「リズリー様。私は――特別な能力はありません。能力でいうならば、貴女の方が余程素晴らしいものを持っています。私は、災厄に襲われた際に殿下と出会いました。そして、たまたま一緒にいたら落ち着くからという理由で、王宮に呼ばれる事になったのです。それも期間限定なのです」
「期間限定……?」
「はい。……いつまでになるかは未定ですが、一定の期間が経ったら、私はもとの住処へ戻る予定です。それまで、お手間を取らせるかもしれませんが……何かあれば、よろしくお願いします!」
私はそう言い、リズリーに頭を下げた。
リズリーは暫し無言で私の言葉を咀嚼しているようだった。そして温度の無い顔で呟く。
「……一つ教えて差し上げますわ。アーサー様はとてもお忙しく、そしてとても思慮深い方なのです。貴女をここに連れてきた理由は、アーサー様が伝えている以上の理由があって……貴女は恐らく、アーサー様の慈悲で拾われたのでしょう。彼は責任感が強いから、災厄の被害者である貴女を放っておけなかったのかもしれませんね」
「……なるほど」
「ですが、内心では負担になっていると思うんです。災厄の被害者は増えるばかりで、それを全て彼がケアするのは難しい事でしょうから。――ふふ。アーサー様本人が伝えるのは重荷でしょうから、わたくしが代わりに伝えておきますわ」
「…………」
「現時点ではわたくしがアーサー様の意志を曲げる事は出来ませんが、彼の負担が重くなる可能性があるなら、どんな手を使っても貴女を引き離すようにしますわ。努々お忘れなきよう……」
リズリーはそう言うと、会釈をしてスカートをふわりとはためかせ、廊下を曲がった。そのまま彼女の姿は見えなくなる。
…………。
アーサーは私に伝えている事以上に思惑があるかもしれない、か。
彼女の言う事は否定出来ない。
リズリーは私よりもアーサーとの付き合いが長いらしいし、王宮の中の人間関係も把握している事だろう。リズリーが言う通りにアーサーの負担が重くなるような事があれば、その時は身の振り方を考えるようにしよう。
しかし、なんといったものか……。
私個人の感情としては、彼女のような人は苦手なタイプだった筈だ。
私は罵倒されたり嫌味を言われる事は基本的に好きではない。付き合うならば、物腰柔らかで優しくて、穏やかな時間を過ごせる相手がいいと思っていた。
だけど……。
アーサーの依頼が斜め上のものだったからか、今はリズリーの事を考えると、不思議な気持ちが胸から湧いてくる。
彼女を見習わなくてはいけない、とか……。
勉強させていただきます、とか……。
何故かというと――リズリーは猫っぽいからだ。
気ままで、自分の考えははっきりと主張して、物怖じしなくて、そして――かわいい。アーサーは私に猫になって欲しいと懇願したけれど、リズリーの方が余程猫として振る舞うのに向いていそうだ。彼女はアーサーに好意を抱いているらしいし、リズリーに猫役になってくれるように依頼した方が良かったのではないか。
……いや、どうなんだろう。
好意を持っている男性に猫になって欲しいと言われたら、千年の恋も冷めるものなのだろうか?
それ以前に、リズリーは名家の出だから、そう安々と妙な事を頼む訳にはいかないか……。
頭の中でそう考えつつ、私は彼女がいなくなった廊下で一人佇んでいた。
王宮の床の絨毯に、長く艷やかな黒い線が見える。
……リズリーの髪の毛だ。
どんなに美しい髪であっても、抜けた毛が落ちていれば普通はゴミだ。
それはわかっているのだが――、今の私はその毛から目が離せなかった。
――リズリーは、果たして私と同じような髪質なのか?
もし私と同じような髪質であれば、アーサーにとっては喜ばしい事だろう。猫を撫でたいという願望はリズリーと一緒になれば満たされるのだから。
猫になって欲しいという申し出を大っぴらに言えなくとも、男女の関係となった上で普通に撫でさせてもらえれば、アーサーの悲願も果たせるだろう。
そんな事を考えながら、私は黒い髪の毛を拾ってじいっと見つめた。
「うわっ!?」
「……わっ!?」
私は再度聞こえた声に驚いて顔を上げた。
そこにはリズリーがいた。何か用事があったのか、再びこちらへ戻ってきたらしい。
だが、私の様子を見て驚きと怯えが走ったような表情を――俗にいえば、ドン引き、な表情をしている。
「あ、貴女……。一体、わたくしの髪の毛を拾って何をじろじろ見ていますの!?品の無い真似はやめてくれませんか!?」
「あっ、い、いや。えっと、リズリー様のお話を聞いて、私も貴女を見習わないといけないと思ったので、その、ちょっとお守りに持ち帰らせていただこうかと……」
「何がお守りですの!?……全く。適当な装飾品なら余ったものがいくつかありますから、お守りにするならこちらになさい!」
「あっ、ありがとうございます……」
私はリズリーから小さなアクセサリーを受け取りながら、頭を下げて考える。
……まずい。リズリーに妙な印象を持たれてしまったかな。
私に変な印象を持つだけならまだしも、私を連れてきたアーサーにまで風評被害がつくような事は避けたい。
そう考えながら、私は怒っているような怖がっているような態度を見せるリズリーに頭を下げ続けた。
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