第47話 覚悟
今回はインフルエンザで良かった、中世ヨーロッパで猛威を振るったコレラ、黒死病なら俺の手には負えない。
幕末期、ペリー来航と共に持ち込まれたコレラは、ころりと呼ばれて江戸の街で大流行している。
一説に寄れば10万とも30万とも言われる死者を出した。
当時人口100万世界最大の都市だった江戸の街で、1割から3割の死亡率となれば罹患率はもっと高かった筈で、インフルエンザどころの騒ぎでは無いだろう。
そんな事は話せないので、俺流ポーションの作り方を伝授していく。
風邪の薬草エリオン草を細かく刻み磨り潰して圧縮して絞り汁を集める。
絞り滓に魔力水を含ませて此れも圧縮してエキスを絞り出し、先の絞り汁と共に布で漉してからゆっくりと濃縮する。
痛み止めのトリコ草は乾燥させ、完全な粉末にしてから濃縮魔力水に付けて2日掛けてエキスを取り出す。
エキスの抽出率はエリオン草で90%、トリコ草で75%に魔力水の濃縮率3倍体力回復用のプルムン草は80%と細かく指定していく。
出来上がった物を全員に鑑定させて、これ以上の抽出は余計な物が混じるのでしない様に注意する。
抽出率が違うのはその薬草の薬効が最大に引き出せる差だと言っておく。
必要な物が揃ったら、濃縮率3倍の魔力水をポーション20本分ずつ調薬用の小瓶に分け、各自の前に置く。
各種の濃縮抽出液も小瓶に入れて各自に渡し、配合率を伝えて各自でポーションを作らせる。
魔力水を100としてエリオン草の抽出液を4、トリコ草の抽出液は2と全て指定し常に鑑定しながらの調薬を命じる。
鎮静,解熱,咳止め,整腸,体力回復等を、一本のポーションとして纏める為にガラス管から数滴単位、時にガラス棒から1滴2滴と落とさせて鑑定を繰り返させる。
その際、各濃縮液に使った物を決して他に流用してはならないときつく言っておく。
鑑定で風邪の回復ポーション中級品と出れば合格とし、上級品と混ぜ合わせてポーションビンに詰めさせる。
その時にも品質にばらつきが出ない様、均等な品質を心がけさせる。
一度の練習で2,173本のポーションが出来上がったので、次は指示を出さず各自で作らせるが、薬草からの抽出には時間が掛かるので交代で休ませる。
手持ちの濃縮液を提供して練習したが、此れからは教えに従ってポーションを作って貰わねばならない。
俺はその間に魔力回復ポーションの大量生産に取りかかる。
魔力回復30,50,70,80の四種類で30と50は各200本、70と80は各100本で此れは俺用で別保管する。
手が空いた者が集まり、俺の作る魔力回復ポーションを見ながら時々鑑定して唸っているが、邪魔をせず黙って見ている。
最期は高濃度の濃縮魔力水に治癒魔法を込めた物を使い、20数種類の濃縮液を慎重に組み合わせていく。
前回より2倍量の魔力水を使っているので、配合に関してはそれ程気を使わなくても済むので案外簡単にでき、最期の微調整を済ませる。
周囲から溜め息が漏れるが、それ以上の物音をは聞こえてこないが視線が痛い。
今回は33本出来たが、ポーションのビンに詰めたら携帯用ケースに入れてマジックバッグにポイ。
いざとなったら此れを薄めれば16倍になる、33本×16倍=528本でちまちま作るより効率が良い。
「アキュラ様・・・それは・・・」
「作り方を見ていたし、鑑定もしただろう。宰相が言った口外禁止を忘れない様にね」
「何時かは作ってみたいと研究を怠ってはいませんが、調薬手順や材料がまったく違っています」
「それ、俺も興味が有るな。落ち着いたら一度見せて貰いたいものだね」
〈まったく知らない薬草のエキスが、10種類近く含まれていますね〉
〈それぞれの抽出率も違っていて、我々が作るポーションと差が有りすぎる〉 〈エブリネ様から教わられたとは、羨ましいです〉
〈お会いした事は御座いませんが、お元気であられますか?〉
「随分会っていないが婆ちゃんは元気だったよ。俺ももう少しヤラセンに居たかったのだが、邪魔が入ったからね。ヤラセンの周辺は良い薬草が沢山手に入るから、ポーション作りに向いているんだ」
一通りの事を教えたので、今度は一から自分達だけでポーションを作って貰う。
俺はその間にネイセン伯爵様の所に行き・新たな衣服と籐網のヘルメットを作って貰う。
何せ前回ボルトンの街で治療する為に作ったブルカ紛いのベールは、常に顔に触れて不快だったので改良することにした。
頭より一回り大きな網状のヘルメットの上からスカーフを被り、目の所は横長の紗の布にして鼻から下はスカーフと同色の布を垂らす。
顎紐を付けて簡単にズレたり外れない様にしたので、結構快適。
今回はゆったりしたズボンに膝上のチュニックにして動きやすくした。
此れでフードを被れば、女とは判るが身長も少しは誤魔化せると思う。
このスタイルで王城の伯爵様の控え室から治療に出向き、護衛も前回の者を使う事と取り決めた。
準備が出来たので王城に戻り、薬師部門の作業部屋に行き作業状況を確認する。
彼等だけで作ったポーションは、同じ量の薬草を使って1,800本少々だったが、馴れればもう少し増えるだろうと思いこのまま続行させる。
ランカンとアリシアが手持ちの薬草全てを薬師達に渡して帰って行くと、俺はネイセン伯爵様の控えの間に行く。
伯爵家のメイドに手伝って貰い、冒険者用の衣服から新たに誂えた服に着替え、王家の役人が使う馬車で隔離現場に送って貰った。
王都の一角、比較的貧しい者の多い地区でポーションや薬師に頼れず病人が多いと聞いた。
俺と護衛の者達は急ぎ作られた王家を示す紋章を胸に付け、臨時の隔離場所に向かう。
護衛の者達は所属を示す物が王家の紋章のみで、今回は護衛の者達も顔を隠している。
王都となれば見知った者も多いはずだから、身元を隠すには顔を隠すのが一番手っ取り早い。
案内係りの説明ではボルトンの街で行った治療と同じ様に、食糧も同時に配布していると説明を受けたが、各地の貴族から送られてくるポーションの効き目が悪いとぼやかれた。
そりゃーはやり病のポーションを無償提供するのなら、自分達に飛び火した時の為に効き目の良い物は備蓄しておくのは人情だろうさ。
結果古い物や効き目の悪い物を送って来てお茶を濁すのは、世界が違えど変わらぬ人の性か。
王家がポーションの効力まで指定しているのに、こんな屑なポーションを送った後の事は考えて無いのかね。
案内係の者に効き目の悪いポーションを何個か、送って来た貴族の名と共に保管しておく様に指示する。
高熱に喘ぐ者達に持って来たポーションを飲ませ、症状が落ち着いたら暖かいスープと惣菜を詰めたパンを手渡す様にする。
各所に設けられた重病者の救護所を回り、家族ぐるみで発症している者達の家を巡回する。
そんな家庭では食事を作る元気も無く、飢えと病で衰弱しているので食糧配布は同時にやらなければならない。
屋台の亭主に金を握らせて後をついて来させ、数回分の食事を提供しては次の家にとなるので時間ばかり過ぎていく。
レムリバード宰相に書状を送り、警備兵を使って各家庭の病人を一ヶ所に集めさせてはポーションと食事を配って行く。
用意の2,000本少々のポーションは3日目には無くなった、王城で作らせて居るポーションは他でも必要なので、とっておきのポーションを早速使う羽目になり、それも四日目の昼前には無くなってしまった。
症状の軽い者には屑なポーションと、体力回復ポーションで何とかなるが
重病者には無理なので奥の手を使うことになる。
その為に顔を隠し呼びかけも薬師様と言わせているのだが、それも今日までか。
護衛の者達に此れから治癒魔法を使うが、誰も近寄らせるなと命じる。
止められないなら相手が怪我をするが、何が起きたのか詮索せずに俺に近寄らせない事だけを専念しろと、厳重に言いつける。
《みんな、俺に無理矢理近づいて来る奴がいたら、殺さない程度に魔法で追い返してね》
《任せて! 目に火を点けてやるから》
《じゃー私は目を凍らせる!》
《目に雷を撃ち込むよ》
《待って、待ってまって、物騒だねぇ。みんな目は駄目! 頭の天辺や鼻の頭、おでこや掌にしてね。しつこい奴はお尻にきつめの奴をお願い》
《そんなので良いの?》
《アキュラを守るのだから、一撃で消し飛ばせるよ》
《面白そうだからやるー》
《“しろがね”の結界は楯とか壁だけだよ。丸めたり簀巻きに・・・細長く締め上げるのは駄目!》
《えーぇぇ、あれ、面白そうなのにぃぃ》
《“こがね”は俺の治癒魔法を手伝ってね》
《いいよー、何でも治しちゃうからね》
俺より世間知らずの集団だと思いだし、ちょっと不安になってきた。
手元にポーションが無い以上、治癒魔法で助けるしか方法が無いので仕方がないが、アッシドの様な教会関係者が湧いてきそうで心配だ。
重態の者は朦朧としているが、未だ意識のある者はすがる様な目で俺を見ている。
ポーションを飲んで助かる者を見て希望が沸いただろうが、ポーションの配布が停止してしまったのだからそうなるよな。
見殺しにするなら端からポーションなんて提供しない、覚悟を決めて病人の傍らに歩み寄り(ヒール!)(ヒール!)(ヒール!)立ち止まること無く歩きながら、掌を病人に向けヒール!と呟き続ける。
流石に無詠唱は不味いだろうし、なーおれ、じゃ俺とモロバレだものな。
〈うそ!〉
〈治癒魔法だ!〉
〈えっ・・・薬師様じゃ無かったの〉
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