第42話 発症

 アキュラに礼を言って送り返したネイセン伯爵は、護衛に付けた者達を集めて報告を聞く。

 オーゼン子爵に関しての報告はアキュラの言葉通りだったが、護衛達はアキュラのその後の行動も詳しく報告した。

 重病者を隔離したテント内の状況と、アキュラの取った治療方法や貧困者一人に銀貨10枚単位で与え暖かい食事と服を買う様に指示していたこと。

 屋台の主人に前払いだと金貨を与え、大量の食事を用意させた事など事細かに報告を続ける。

 それを秘書官が全て書き留めていく。


 報告の最後に、教会からの要請で礼拝堂に集められた重病者の治療でポーションが足りなくなり、淡い金色のポーションを薄めて使っていたと報告する。

 明らかに普通のポーションと違うポーションなので、アキュラに問うと『何も聞くな喋るな。今見たことは直ぐに忘れろ!』とキツく言われたと話した。


 「淡い金色のポーションに間違いないな」


 ネイセン伯爵の真剣な問いかけに、面食らいながらも間違いないと皆が頷く。

 アキュラは手持ちのエリクサー全てを使い、ボルトンのはやり病を抑えたと言うのに領主が領民の安全より金儲けに奔走していたとは。


 レムリバード宰相への報告書に全てを記して、アキュラがボルトンの街で使った金も回収できる様に取り計らうことを願い出た。

 アキュラは、はやり病に通用しない通常のポーションを金貨5枚で売りつけ、それ以上の打撃をオーゼン子爵に与えてやると目論んでいたが、図らずもネイセン伯爵がそれを後押しをする結果となった。


 それとは別に、護衛の騎士達の報告に特筆すべき事が有った。

 重病者にも様々な容態があるが、アキュラは全て同じポーションを与えて全員を完治させている。

 我々に気付かれない様に治癒魔法も併用していたようですと、護衛の騎士達が口々に言っていた。

 やはりアキュラは治癒魔法の腕も相当なものだとはっきりした。


 ・・・・・・


 ネイセン伯爵の推測も含めた報告書を読み、国王陛下にどう報告するかと頭を痛めるレムリバード宰相。

 取り敢えずランバート領ボルトンの現状と、ハティー・オーゼン子爵の行動を報告する。


 「予が命じて送らせたポーションは、子爵一人が受け取り高値で売っていたとな」


 「各地から応援に送らせた治癒魔法使いや、ポーションの行方も確認いたしております。オーゼン子爵が配布するポーションが重複しない様に、均等に行き渡らせる為と称し集めていたようです。それをアキュラに見破られ、逆にアキュラから高値でポーションを買わされた様です。ネイセン伯爵からの報告では目薬や咳止め腹下しの単機能ポーション300本を一本金貨5枚で渡したそうです」


 それを聞いて国王陛下が笑い出した。


 「なかなか遣るではないか、子爵の上前を撥ねるとはあの娘も人の子だと言う事だな」


 「いえ、それがそうでも無いようです。治療に赴いた最下層民には無料で治療を施し、一人平均銀貨10枚を持たせ食事を振る舞っています。市場の屋台の亭主には金貨を握らせて、食事を提供させる事も連日続けた様です。彼の護衛達の話では、恐らく金貨1,000枚以上は使っていそうだとの事です」


「その間、領主のオーゼン子爵は何をしていた」


 「初日にアキュラに対しポーションの提供を要求し、王家の身分証を見せられて魂胆を見抜かれてからは引き籠もっているそうです。そのお陰で、国王陛下が差し向けた薬師だと陛下に対する感謝の声は高まる一方です。逆に子爵の評判はがた落ちだと、耳からの報告が多数届いて居ます」


 「予はその様な指示を出した覚えは無いぞ?」


 「ネイセン伯爵からアキュラを派遣するにあたり、誰にも邪魔をさせたくない。その為には国王陛下の命を受けた薬師との触れ込みにしたいと、申し出がありました。幸い彼女は王家の身分証を持っていますので、私の名でネイセン伯爵に許可を与えていました」


 「それではやり病は治まったのか?」


 「ほぼ収まった様ですが、子爵は大して役に立たず教会も聖教父や聖教女しか居らず、症状の軽い者以外は完治にはほど遠い状態だった様です。アキュラの持ち込んだポーションが絶大な効果を発揮し、教会に収容されていた重病の人々も、アキュラのポーションにて快方に向かっているそうです」


 「オーゼン子爵を呼び出し、送ったポーションの流れと配布方法を聞き出せ! ネイセンの報告通りなら、爵位剥奪の上財産を没収して追放だ」


 「そのポーションに関し、ネイセン伯爵から別な報告が有ります」


 「最上級ポーションやエリクサーに近いポーションを、アキュラに作らせる話はどうなった?」


 「その件で御座いますが、ネイセン伯爵から話を聞かされたアキュラは、陛下が疑っているのだろうと笑っていたそうです。その後ネイセン伯爵と冒険者6名の前で、ポーションを作り始めたそうです。出来上がった物は怪我の回復ポーションが13本、病気回復ポーションを12本とエリクサーを16本だそうです」


 「それらを献上させよ、褒美は望みのままぞ!」


 「それは無理で御座います。陛下が伯爵に申し渡した翌日、伯爵から鑑定使いを伴って来て欲しいと連絡が有りました。3本のポーションを見せられて鑑定した結果、それぞれ最上級の怪我と病気回復ポーションにエリクサーで御座いました。しかしアキュラは陛下には渡さないと言ったそうです。伯爵に持たせた3本も、あくまでも鑑定させる為に預けただけの物です」


 「何が不服だ!」


 「陛下の申し出は、アキュラに何の魅力も無いそうです。今回はこの結果が功を奏し、ボルトンの街が救われました」


 「どう言う意味だ?」


 「アキュラの持ち込んだポーションは、病気回復ポーションが50本に最上級の病気回復ポーション12本を薄めた物120本と、エリクサー8本を薄めた物が128本で御座います」


 「なんと・・・勿体ないことをする」


 「そのお陰で多くの領民が助かりました。しかしそれだけでは足りず、治療途中で残りのエリクサーも全て薄めて使い果たしたそうです。それだけではなく、彼女はポーションの効果が薄い場合、こっそり治癒魔法も併用していたとの報告が来ております」


 「・・・底の知れない娘だのう」


「ネイセン伯爵がアキュラを見いだしたのも、彼女の治癒魔法を巡って盗賊の拉致騒ぎが発端です。治癒魔法の優れている者は、それだけで我々と教会で争奪戦になります。それを逃れても、手に入れ支配下に置こうとする者は後を絶ちませんから、安寧の地は無いでしょう。アキュラの治癒魔法がどれ程かは知れませんが、騒ぎになる程ならば隠すのは当然です」


 「あれが手に入らぬならば、なんとすれば良いかのう」


 「ネイセン伯爵を見習っては如何でしょうか。対等な取引相手と認め、安全を保証し自由にさせる。エリクサーも王家を取引相手と認められれば、必要な時に提供して貰えるだろうと、ネイセン伯爵が申しております」


 「あれの扱いについては、その方とネイセンに任せる」


 ・・・・・・


 はやり病の報告が終わると執務室に戻り、ランバート領ボルトンの領主ハティー・オーゼン子爵の呼出状を認める。

 同時に各地の領主に対し、高品位の風邪薬のポーション300本と体力回復ポーション300本を、急ぎ備蓄する様に国王名で発送する。


 ネイセン伯爵がアキュラから聞いたはやり病の処置は、通常より効果の高い風邪の回復ポーションと体力回復ポーションを飲ませれば、重病者も症状が軽くなるとの事だった。

 その為には、各地の領主が両ポーションを200~300本備蓄していれば今後のはやり病の大流行は押さえられるとの言葉に従ったものだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 はやり病も収まり、アキュラ達もボルトンの街から消えて安堵していたオーゼン子爵の元に、レムリバード宰相から書状が届いた。

 はやり病の発生から鎮静化迄の状況について、詳しく聞きたいとの内容だった。


 アキュラの事も有るので恐々王都に出向くことになったが、はやり病に対する質疑は殆ど取り調べと変わらなかった。

 はやり病で人々が倒れ始めてからは館から一歩も出ず、執事と街の行政官に丸投げして引き籠もっていたのだから、聞かれても答えようがなかった。

 各地から集められたポーションを高値で売りさばいていた事を追求されて、王城で軟禁状態になり領地に帰れなくなってしまった。


 厳しい追及を受けるオーゼン子爵の不幸は、王城に伝播することになった。


 王城に到着してからは青くなったり赤くなったりと顔色を目まぐるしく変え、冷や汗を流すオーゼン子爵。

 厳しい追及を受ける日々と共にオーゼン子爵の顔色がどんどん悪くなり、ある日高熱を発して起き上がれなくなった。


 翌日には調査官の半数が身体の不調を訴え、レムリバード宰相も潤んだ目付きで報告書を読みながら体調の異変に気付いた。

 呼ばれた治癒魔法師の報告は最悪なもので、王城内にはやり病が発生している。

 そう聞かされてオーゼン子爵に対する報告書を思い出した。

 日々の取り調べの様子と供に、体調も報告されていたが日々顔色が悪くなっていると。


 ランバート領ボルトンの街からの出入りは極力抑えていたし、オーゼン子爵は館に引き籠もっていた筈だった。

 はやり病も収束したと聞き安心していたが、オーゼン子爵と調査官に自分が発症した。

 急ぎ城門を閉めさせて王城を封鎖したが、日を追う毎に病人が増え続ける。


 アキュラの指示した良質な風邪の回復ポーションと体力回復ポーションが集められ、発症者に配られた。

 治癒魔法師も周辺から集められ治療にあたるが、病人の発生が多く治療が追いつかない。

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