第26話 森の整備
俺がハランドの街に居る間は、風の翼のうち二人は俺の家の玄関ホールに陣取る事になった。
来客対応は彼等にお任せして、俺は奥で調薬や薬草のエキス抽出に忙しい・・・と、言っておく。
魔力水から魔力を含んだ蒸留水を作り、それに薬草を漬けて置くだけの事。
数時間から数日の漬け込みと、極々とろ火でゆっくりと濃縮する。
魔力1~5倍の魔力水と各種濃縮液を混ぜ合わせるのだが、頭痛のポーションなら痛み止めと解熱に体力回復,整腸の物を混合しなければならない。
整腸と思うだろうが所詮薬は少量の毒、そのままだと胃や腸が荒れて別の症状を引き起こす恐れが在る。
その点、魔力回復ポーション等は比較的楽だ。
魔力20の回復ポーションなら、魔力水を濃縮して魔力濃度20の魔力水を作り吸収促進薬草のエキスを加えれば終わり。
魔力増量用の薬草なんて俺には必要無い、荒稼ぎが出来るってもんだ。
エキスの抽出や濃縮に蒸留水作りは時間が掛かる、待機時間にアルバイトをする事にした。
アルバイトと言うより趣味の時間かな。
果実酒やエールを樽で買い、寸胴に注いでゆっくりじっくりと煮る。
特注の蓋はウィスキーの蒸留ポッドに似て無くも無いがテーブルにのるサイズ。
魔力水を煮詰めて蒸留濃縮する物の、大型サイズってところ。
エールを煮詰めても大したものは作れなかったが、果実酒は醸造酒なのでエールよりアルコール濃度が高く、果実の香りを含んだ焼酎って感じの物が作れた。
此れも長時間煮詰めるとアルコール以外に水分が多くなるので見極めが難しい。
売り物じゃないし、こっそり楽しむ物だから良しとする。
何時か樽造りの名人から香りの良い樽を購入し、長期保存に挑戦してみようと計画している。
美味いエールを求めて製造所巡りをしたが、ドングリの背比べ。
雑味と言うより不純物が多く、それが味に影響しているのだろう。
ゴーヘン通りのペイデン醸造所のエールが気に入ったので、5樽買って帰る。
皆呆れていたが、同じ飲むのなら美味しいエールの方が良いでしょうとの言葉に異論は無く、頷いている。
・・・・・・
伯爵様にポーションを納入し終わり、在庫も一応確保したのでバンズとガルムの2人を連れて王都に行く事にした。
2人は農家の出で薬草栽培の経験もある、王都の森へ移植するのに適した薬草を選ぶには、土壌を知っておいて貰う必要が在る。
多分ヤラセンの里に生えていた程度の薬草なら、問題ないと思うが念のためだ。
転移魔法陣を使うのは伯爵様に同行して判っているが、王都到着時の馬車の手配など細々とした事を教わり、いざ出発。
王家に貰った通行証の威力は抜群だが、同行の二人の利用料金貨12枚をきっちり徴収された。
「かあー、こんな便利なものが有るのかよ」
「一人金貨6枚ねぇ、馬車で安く行った方が良いんじゃねえの」
「それだと日数が掛かるからね。ハランドと王都を馬車で移動したらどれ位の日数が掛かるの」
「乗合馬車で16~20日くらいって聞いたけどな。1日銀貨2枚と別に宿代とか飯代が必要になるな」
「おう、安く見積もっても1日銀貨2枚と銅貨5枚は要るって聞いたな」
「1日25,000ダーラで20日掛かったら金貨500,000ダーラだろう。金貨6枚払って安全に早く異動した方が良いのでは」
「お前がさっき見せていた身分証だよ、俺達の冒険者カードじゃ中にも入れて貰えないさ」
「ほんと、お前って正体の判らない不思議な奴だよな」
「冒険者登録を済ませたばかりなのに、伯爵様と取引をしている腕の良いの薬師ってなんだよ」
「そこへ持って来て、役人が丁寧な挨拶をしていて、お前の分は金も払ってないだろう」
掛け合い漫才の様に、交互にあれこれ言ってくるのを無視して外に出ると、頼んでいた馬車が待っていた。
馬車を見て又ぞろ漫才を始めそうなので急いで馬車に乗せ、御者に貴族街の奥ワラント公爵邸に行く様に告げる。
微妙な顔で頷き馬車を走らせる。
貴族街の入り口で警備兵に止められたが、身分証を見せると何も言わず敬礼して通して呉れた。
「おいおい、アキュラ・・・此処って貴族のお屋敷が集まっている所じゃないのか」
「凄ぇ・・・お城みたいな建物ばかりだぜ」
「お前、お貴族様の身内なのか?」
「違うよ、この奥に森が在るんだ。目的地はそこなの」
・・・・・・
「へえぇぇぇ、小さいけど立派な森だねえ」
「ああ、土もよく肥えていて畑に向いているな」
「アキュラ、此処に薬草畑でも作るつもりなのか」
「ちょっと違うな、この森全体を自然な薬草の森にするつもりだ」
「薬草の採れる森は、もう少し日当たりの良い森だぞ。ちょっと樹が密集しすぎてないか」
「多少は切らなきゃいけないかな。まぁほどほどにね」
一辺500メートル程度とは言えなかなか広い森を。あれこれ言いながら見て回る。
「おいおい川まで有るじゃないか」
「向こうの木は精霊樹か?」
「貴族のお屋敷跡の森だからねぇ、精霊信仰で植えているんじゃないの」
「ああ、そうだろうな。川かと思ったら池だよ、精霊樹に近づけない様に丸く池で囲っているんだ」
精霊樹を中心に30メートルくらい離れて幅5メートル程の池を巡らせている。
「まっ、精霊樹って言ってもなあ。俺は精霊を見た事も無いし」
「その精霊のお伽噺を信じている奴は、結構いるからな」
「良いんじゃ無いの、精霊樹の周囲に薬草が生えているって」
「そりゃそうか、薬草を高く売る時の謳い文句に使えるな」
適当な話をしながら森の隅々まで見て回り、瓦礫の片付いた跡地にバリアを張り野営地にする。
野獣は居ないが、野獣より恐い連中が住む場所だから油断は出来ない。
アクティブ探査をすると、周囲を囲む柵に沿って森を伺う気配が其処此処に見受けられる。
少数だが森に潜んで入る奴もいるので害虫駆除に出掛ける。
バンズとガルムの2人に、夜の森を散策してくると告げてのんびり歩く。
晩酌に渡した酒のグラスを片手に寛ぐ二人を残し、森の中へと入って行く。
昼間から索敵に引っ掛かっていたからには、長期的に潜んでいたと思って間違いない。
地面の下に二人、土魔法使いに掘らせたのか潜んでいる奴が土魔法使いなのか。
昼に俺達を見ていた筈だが、殺気が無いと言う事は監視か手引きの為か、どのみち今日で終わりになる。
静かに接近し潜む気配を包み込む様にバリアを張ると、パッシブ探査に藻掻く気配が伝わってくる。
そのまま放置し、次の目標に向かう。
葉の生い茂った大木の中程に、ぶら下がる様にして寝ているところをそっと近づき、ハンモックごと簀巻き状態にして捕獲。
「声を出すと死ぬ事になるぞ。俺が誰だか判っているよな」
逃げようと藻掻いていたが、どうにもならないと悟ったのか静かに頷く。
「お前の飼い主は誰だ? 喋らないならそれも良いが、相応の覚悟はしているんだろうな」
拘束している男の足を縛り、ハンモックのロープを切って逆さ吊りにしてゆっくりと下ろす。
暗い森の中、無事地面に下ろされてほっとしているがここからが本番。
何時もの球状バリアで包み込み、音声を遮断してバリア内にフレイムを放り込む。
フレイムの明かりの中で男が必死で逃げようとしているが、狭いバリアの中か逃げ場所は無い。
2分ほど燃えていたフレイムの炎が消えると、即座に次のフレイムをプレゼントする。
3度続けて焼いた後は片面焼きは嫌いなので、バリアを転がして裏面もきっちり焼いて差し上げる。
(鑑定!)〔♂・52才・魔力35・隠形スキル・瀕死〕雇用主は出ないか。
瀕死なので(ヒール!)と呟き火傷を治療してやると、瀕死から衰弱に変わる。
バリアを少し開け、火炙りで喉が渇いているだろうと披露体力回復ポーションを飲ませてやる。
青息吐息って感じの男の呼吸が安定し、目をパチクリさせている。
「どうだい、アキュラちゃん特製の披露体力回復ポーション。新製品だが効き目はバッチリだろう。元気になったところで火炙りの続きを始めるかな。喋りたくなったら頷けよ、じゃないと延々と火炙りが続く事になるぞ」
再びフレイムをバリアの中に出現させると、必死で頷いている。
見極めの良い男は好きだよ。
男の喋った内容はありきたりの復讐。
クラリス・ファラナイト公爵の第一夫人が、嫡男ゼブラン・ファラナイトが侯爵位に降格され、領地も遠国の僻地に替えられた恨みだそうだ。
全て流民の小娘のせいだと怒り狂い、嫡男を焚きつけての暗殺狙いとはね。 第一夫人の名はエランザ・ファラナイト、嫡男のゼブラン・ファラナイト共々消えて貰う事に決定。
モグラの二人の事を訊ねると、同じファラナイト家に仕える者だそうだ。
そこまで聞けば用は無い、治癒魔法を知った以上生かしておけないので、音声を遮断した後で圧縮してあの世へ送る。
マジックバッグに入れ、何れ森の野獣の餌にする予定だ。
俺はあくまでも治癒魔法が多少使えるだけの、優れた薬師なのだ。
はっきり言って俺の治癒魔法は此の国随一だと自負している。
使える魔力95をフルに使っても、全魔力を即座に回復出来るポーションを飲み放題だから、魔力切れの心配なく何時までも治療を続けられる。
そこへ持って日本人の想像力で治癒魔法を使えば、欠損部分も即座に復活出来る。
ヤラセンの里を捨てハランドの街へ向かっている途中、何度も野獣の手足を切断して練習済みだ。
本格的な治癒魔法治療はその時が初めてだが、ヤラセンでも時々使っていたので切り傷程度は問題なく出来た。
斬り落とした手や尻尾等も数回練習した結果、綺麗に繋ぐ事が出来る様になった。
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