第43話 風のとおり道 中編

「独立の盾を…。残念ですが、それは難しいと思います…」


 そうフィーラから告げられたシャルルは、大きく動揺することはなかった。

もとより簡単なことではないとわかっていたからだ。

ただじっと決意を込めた目でフィーラの話を聞いていた。


「どうして難しいんですか?」


「あれは…この里を、人間から里を隠すための要です。その力を人間であるあなた達を助けるためには…」


「なるほど、ではこの里にあるんですね」


 シャルルはいよいよエメリアの記憶を戻す手段が目の前にあるのだ、と感じた。

それと同時にいよいよエメリアに秘密を打ち明けなければならないのだなと胸が痛んだ。


 そこまで話を聞いてキースはベッドから立ち上がり、少し辺りを見てくると部屋から出て行った。


「エルフの里で耳なしが一人で歩いては危険ですよ!」


そう言ってフィーラもキースについて行った。


 その様子を見たメイシーは呆れたように両手を広げた。


「全く…勝手な男だこと。私も少し古い知り合いに会ってくるわ。あなた達はここで待ってなさい」


 そう言ってメイシーも出て行こうとドアノブに手をかけた。


「シャルル。あなたは強い人よ」


そう言い残して部屋から出て行った。


 フィーラの部屋の中でキィキィと天井から吊るされた鳥が鳴き声を立てていた。

しばらくその音を黙って聞いていたが、エメリアがポツリと口を開いた。


「シャル君…私に…内緒にしてることがあるよね?」


 エメリアはスカートの裾をこれでもかというほど強く握りしめた。


「私ね、ずっと聞かないようにしてたんだけど…ここには本当は何しに来たの…?独立の盾って何?」


 シャルルは真横に座るエメリアの肩から小さな振動が伝わってきていることに気がついた。


「本当はね、もっと早くに話せればよかったんだけど…いくつか確認が取れるまでは君に話せなかったんだ」


「何を…かな?」


「エメリア、僕はね、違う世界から来た異世界人なんだ」


エメリアは想像していたどの答えとも違うシャルルの答えに目をまん丸に見開いた。




 エメリアとシャルルがそんな会話をしていた頃、キースは大きな巨木の脇に腰を下ろして、里の様子を見ていた。

その側にはキースを心配して付いてきたフィーラが佇んでいた。


時々里の子供がキースを覗きにきては逃げていく、そんなことを何度か繰り返していた。


「こんなにでかい木があるんだ、平和なとこなんだな」


「木があると平和なんですか?」


「戦争で燃えてない証拠だからな」


「確かに!それはそうですね!」


 フィーラは楽しそうに笑った。

好奇心が旺盛な娘なんだろう。


 また子供がキースの顔を覗きに来た。

きっと子供の大将であろう、背の高い男の子の影に隠れて女の子がこちらを見ていた。

フィーラは子供達に手を振っていた。


「こんなに平和なトコなのにお前は外に行きたいのか?やっぱりお前も種族の優越がどうとかか?」


キースが尋ねると、フィーラは人差し指を唇に当てて首を捻った。


「う〜ん、私はそういうのはあんまり感じてないです。やっぱり外の世界を冒険したいじゃないですか!」


そういうとフィーラは楽しそうにパンチを何発かを空中に繰り出した。


「そういや、俺もそんな理由で村を飛び出した気がするよ」


 キースは平和なエルフの里に自分の村を重ねていた。

狂った風習が残ってはいたが平和な村だった、自分はそこが好きになれずに外の世界に飛び出したが…。


「お〜!じゃあたくさん冒険をしてここに来たんですね!」


「冒険…もしたけど、やっぱり血生臭いことのが多かったよ」


 キースの脳裏には戦争の記憶がこびりついていた。

死んでいった仲間の顔も敵の顔も何度眠っても薄れることなく鮮明に網膜に焼きついたままだった。


「戦争…ですか?どうして冒険じゃなくて戦争に行ったんですか?」


「さぁな…そういう時勢だったし、それにやっぱり人助けがしたかったんじゃねぇかな」


 そう、確かに自分は人助けがしたくて戦争に行った。

なんとか止めてやらなければいけない、そんなことを考えてた気がする。


「やっぱりたくさん助けたんでしょうね!キースさんめちゃ強そうですもん」


再びフィーラは空中にパンチを繰り出した。


「助けてねぇよ。助けられなかったことのがずっとずっと多かった。強くても…意味ねぇんだ」


 自分がどんなに早く槍を振れるようになっても、鋭く突けるようになっても、それでも死んでいく仲間は出続けた。

そんな奴らの遺志を持っててやらなきゃと思う間に疲れちまったんだな、とキースは感じていた。


「それでも必要だから必要な分だけキースさんは強くなったんですね」


 フィーラは拳を開き、茶髪の髪を耳にかきあげながら落ち着いた目でキースに語りかけた。


強くなった理由は…確かに人助けだった。


 仲間を助けたかったし、もっと前は戦争で苦しむ人を無くせればいいと思っていた。


「でも結局は大勢死んだ…」


 キースは右手が食い込むほど自分の槍を強く握りしめた。


「失くした物が多すぎて気づきにくいだけで、まだ失くしてない物もキースさんのおかげで助かった物もたくさんあると思いますよ」


 フィーラはキースの手に自分の小さな手を重ねながら語りかけた。

キースの胸の中にある暗い感情が渦を巻いて口から溢れた。


「なんで会ったばっかりのあんたにそんなことが分かる!?俺は全然あいつらのことを助けてやれなかったし、もう嫌になって逃げ出したんだよ!」


「そんなことないでしょ。あなたは強い人だもの、自分でもそれを分かってる。だからその手でまだ槍を握ってるんでしょ?」


キースは彼女の目の中に映る自分の顔を見つめていた。


 いつも自分の顔を見るたびに、戦争から疲れて逃げ帰ってきた目を見るたびに、

死んだ仲間のことを思い出して、朝の洗顔でだって見るのが嫌だった。

だから濡れた顔のまま外を出歩くそんなことを何度もやった。

だけど今出会ったばかりの少女に自分でも気づかなかった本質を言い当てられてしまった。

もしかしたら、気づいていたかも知れないけど見ないようにすることが仲間への贖罪だったのかもしれない。


 彼の行動は矛盾に満ちた物だった。

退屈そうな顔をしながら人の厄介ごとに首を突っ込んで人助けをする、そんな彼の矛盾はそういう贖罪の気持ちと、燃え盛る筋肉が二つで一つの身体を動かしていたことに起因していた。


 そして、キースは今、それに気がつくことができた。


「そんなこと今更言われたって…俺はどうすりゃいい…」


 口先とは裏腹に彼はその答えを既に知っていた。

いや、見ていたという方が正確かもしれない。


「それは…私には分かりませんけど」


「お願いする…だったな」


そういうとキースははにかんだ後、立ち上がってフィーラにある場所への案内を頼んだ。

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