第22話 ラブストーリは突然に 後編
朝が来る頃には、なんとかトルポの駆除も完了し、廃村を出ることができた。
みんなはそこで一眠りしたかったのだが、キース曰く、トルポがいなくなったのを勘づいて他のモンスターが寄ってくるかもしれないから早めに離れたほうがいいとのことだった。
徹夜の身体に荷物を背負っての移動は辛かった。
シャルルはとにかく、キースが指し示したポイントまで無心で歩き続けた。
右目に入り込んでくる朝日が、無事の帰還を祝福してくれてるようだったが、シャルルは疲れ果てていたので、今はありがたいものではなかった。
そんなシャルルの前では、キースとメイシーが何やら喧嘩をしていた。
「ふざけるな、どこをどう計算したら折半になるんだ」
どうやらキースとメイシーは今回の取り分の件で揉めているようだった。
キースが露骨に嫌そうな顔をしながらメイシーに文句を言っている。
「あら、あなた達が8割ほど倒したことは確かに認めるけれど、そもそもうちの優秀なメンバーが情報を伝えなければ全滅の憂き目にあってたのはそちらではなくて?」
メイシーは可愛らしい小さな鼻と耳を尖らせながら、背筋を凛と伸ばして、それでも彼女の頭はキースの胸にも届いていなかったが、自信をたっぷりと絡ませながら言葉を紡いだ。
「そんなわけねぇだろ」
「そうかしら?とにかく先に入った上に、情報の提供もさせて頂いた以上半分は頂くわよ」
「こっちが6、お前らが4。これ以上は譲れねぇ」
メイシーは割合に不満があったようで、ため息をつきながら、彼女よりずっと背の高いキースを見下すような目をした。
「はぁ…白銀のキース様ともあろうお方が随分と気前の悪いことね、仕方がないからそれでいいわよ」
そんなメイシーの目を見て
「守銭奴が」とキースは吐き捨てた。
ようやく2人の話し合いが終わった時、シャルル達は野営地のすぐ近くまで来ていた。
野営地に着いたあと、少しの疲れも見せないキースが再び目にも止まらないスピードでテントを建て始めた。
シャルルとエメリアは今回は少しばかりの手伝いをしたが、それでも大部分はキースが建ててしまった。
メイシーの方のパーティは、彼女が腰を下ろしたあと、他のパーティメンバーがいそいそとテントの設営をし始めた。
彼女らは大所帯だったので、シャルル達よりもずっと大きなテントを二つも多く建てていた。
それをみて、あちらでなくてよかったなとシャルルは心の底から思った。
徹夜で行動していたので、その日はそのまま何もせずに、メイシーから見張り役を任された気の毒な人とシャルルの2人だけを残して、他全員はテントで眠った。
シャルルだけは、身体を這うようにさせ無理矢理に風呂に入ってから、ようやく眠りについた。
メイシーはその日いつも見るシャルルの夢を見なかった。
その代わりに、昨日の晩の恐ろしい経験を夢に見ていた。
襲いくるコウモリ達とそれから必死に身を守るか弱い女の子を上から眺めているような夢だった。
メイシーはこの夢の中で、確かにもう一度本当の恐怖を味わうことになったのだが、不思議と安心してその女の子を眺めていた。
きっとその後起こることを知っているからだとメイシーは思った。
メイシーが上を見上げると美しい満月が出ていた。
その月から飛び降りる人影が見えた時に、交代だぞ、という声が聞こえてきて、メイシーは現実に引き戻されてしまった。
メイシーはなんとかもう一度眠ろうとしたが、もう2度とあの夢の世界には辿り着けなかった。
諦めて、ゆっくりと身体を起こした後で、メイシーは自分の胸の中にシャルルに対するモヤモヤした感情があることに気がついた。
メイシーは、夢を中断させられた仕返しにテントの向こうの見張り役の頭を、テント越しに軽く殴った。
「痛っ」という声が聞こえてきたが、メイシーはフンッと鼻を鳴らしてから、ゆっくりと着替えを済ませてテントを出た。
起きた頃にはもう昼を過ぎていた。
シャルルは、来た時には気づくことができなかったが、あちこちにもともと街道として人々の往来を支えていたのであろう瓦礫達を見つけることができた。
そのうちの幾つかを拾い集めて丁寧に並べて、手を合わせてお辞儀した。
そんなことをしていると、他の面々も起き上がってテントから出てきた。
「私たちはこれから別のトルポの群生地を見て回るけどあなた達はどうするのかしら?」
「さすがにもう終わってると思うぞ」
「あら、万が一にも取りこぼしがいたら、この国に住まう人々が大変じゃない。私はそれを捨て置けないわ」
「よく言うぜ、報奨金を横取りしたいだけだろ」
「とんでもない」
「俺たちは帰るよ」
「あらそう、お気をつけてね」
「それでは姫、今回の冒険に花を添えて頂いてありがとうございました。」
シャルルがそう言いながら、目を瞑り頭を下げると、突然メイシーがシャルルの方へ駆け寄った。
シャルルが何だろう、と思い目を開けようとしたとき、彼の頬に柔らかいものが触れた。
シャルルの頬に触れたメイシーの唇は頬が火傷をするくらいに熱を持っていたが、シャルルの頬も、彼女の唇の感触がシャルルの脳に伝わる頃には、同じくらい高温になっていたので分からなくなってしまった。
シャルルが頬を押さえて顔を上げると、夕陽に照らされて真っ赤になったメイシーがこちらを見ていた。
「これは…私からのお礼よ」
そう一言だけシャルルに言って出発してしまった。
その様子を見ていたエメリアの胸にも、先程メイシーの中に生まれた複雑な感情のモヤみたいなものが、ずっと昔からあったということに彼女は初めて気がついた。
けれど、その感情のことをなんと呼べばいいのかまだ分からなかった。
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