第13話 もろびとこぞりて 前編
シャルルが次に目を覚まして、起き上がると、真っ白い大広間のような場所で寝転んでいた。
無数に立ち並んだ荘厳な柱と、細かい装飾を施した巨大な窓、そしてたくさんの廊下に続く壁、シャルルは幼い頃に訪れたベルサイユ宮殿を思い出していた。
変わった病院だな…とシャルルが考えていると、その廊下の一本から、年老いた髭の男性と、老婦人そして陰気そうな顔をした男が歩いてきた。
「先生でしょうか?あの…僕はどうなったんでしょう?」
シャルルは取り敢えず先頭を歩く、地面につくほど長い髭を蓄えた老人に聞いてみた。
老人はシャルルの言葉にキョトンとしたまま、髭をわしゃわしゃと弄んでいた。
「我々は…神である。我々は貴様に感謝してもしきれん、と思いここに呼び寄せたのだ。光栄に思え」
脇に控えていた陰気な男が突然先頭に舞い出て、小さく聞き取りづらい早口で、何やら捲し立ててきた。
シャルルは意味を理解できずに、首を傾げたが、陰気な男は、そんなシャルルを見ようともせず地面を見つめたまま、ウッドベースを速弾きするように喋り続けた。
「此度は貴様への感謝の証として、貴様を異世界へと転生させることを我々は決定した。なお、我々と話しているこの瞬間、そして、貴様が寝ていた間は、時間が進行していないので、安心せよ。それでは良き旅を」
「お待ち!お待ちなさい!ゼブルン!それでは、この子が何を言っているのかさっぱり理解できないでしょう!」
陰気な男がウッドベースのような口を閉じて、右手を天に掲げたとき、後ろでその様子を見ていた老婦人がそれを止めた。
「いや、しかし…しかしですよ…運命の書ではこのような感じで進んでおりましたので…」
「お黙りなさいっ!」
ゼブルンと呼ばれた男は、モゴモゴと言い訳をしていたが老婦人によって、ピシャリと黙らされて、元々地面に向けられていた目線がさらに低く彼の靴の爪先を凝視するまでに下がっていた。
ゼブルンを叱り飛ばした老婦人は、シャルルに対してはにこやかに微笑んでくれた。
「ご婦人、本来ならばあなたのような方とは、マック•ザ•ナイフにでも耳を傾けながらお茶をしたいところなのですが…」
「ルイコーフとお呼びなさい。光栄な申し出をありがとう。でも、ごめんなさいね。私たちにも説明しなければならないことが山ほどあるんです。お茶はまたの機会に」
「ルイコーフさん、お待ちしています」
老婦人はシャルルの呼びかけに短く、早口でハキハキと答えた。
こちらのルイコーフと名乗る老婦人は話が通じそうで、シャルルは取り敢えず安堵した。
「まずは…あなたにお礼を1番に言いたい者をここに呼ばねばなりませんね」
ルイコーフは、にこやかにそう答えると、手をパンパンと叩いた。
すると、先ほど神が出てきたのとは別の廊下から、小さな女の子が走ってきた。
そして、その後を追い縋るように男の子が追いかけている。
「助けてもらったフェーラです!どうもありがとー!感謝する!」
緑の髪をくしゃくしゃにしながら、女の子が大きな口を開けてお礼を言った。
ようやく、追いついた男の子がフェーラの肩に手を置いて、息を切らしながら話しかけた。
「ダメだろフェーラ、そんな感じじゃ。この人はお前のせいで死んじゃったんだぞ…」
「フェーラの兄のラパンです。今回は妹を助けてくれてありがとうございます。」
ラパンは、妹とは対照的に丁寧な口調で話してくれた。
シャルルは、ラパンから聞かされた事実に、身体中の血が冬の水道水に変えられたのかと思うほど全身が冷たくなり動揺したが、まずはそれを無視してフェーラに微笑みかけた。
「乱暴な助け方しかできなくて申し訳ありません。僕に美しい羽が生えていないことをこんなに後悔したことはありませんよ。どこも怪我をしたりしませんでしたか?」
「大丈夫!」
シャルルの問いかけにフェーラは、絵本の中のきらびやかな王子様に返事をするように、満面の笑みで答えた。
シャルルはラパンの方に目をやって、動揺が口に出ないように、自分にとっては精一杯に、落ち着いて質問した。
「僕は、死んだのか…?」
「あ…」
シャルルが尋ねると、ラパンはまずいことを言った、というような顔をして老人たちの方に目をやった。
「なんかごめんねー?」とフェーラはよくわかっていなさそうな顔をしてシャルルに謝罪していた。
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