二 たとえ幽霊になっても……。
「…………?」
ところが、ふと我に返るとわたしは彼の部屋の前に立っていた。
なぜ、そこにいるのかわからない……確かに屋上から身を躍らせたはずなのに……なんとなく、道路の真ん中で血の海に浮かぶ、手足があらぬ方向へと曲がった自分の姿を見たような気もするが……。
ああ、そうか……わたしは幽霊になったんだ……。
しばらくして、わたしはようやくそのことに思い至った。
死後も、私の意識は消滅しなかったのである。
意識があれば、思うことは一つだけ……もちろん彼のことである。
死んでしまったけど、なんとか彼との
わたしは生前と同じように、彼がわたしの方を振り返ってくれるよう、なおも頑張り続けることにした。
「ねえ、開けて! ここを開けてよ!」
最初はなんの抵抗もなく、まさに暖簾に腕押しでまったくできなかったが、コツを掴むと生きてる時と変わらないように、チャイムを鳴らしたりドアをノックすることができるようになった。
そのくせ、幽霊ならドアや壁をすり抜けられると思ってたのになぜかそれはできない。まあ、幽霊はそういうものなんだろう……。
だから、やはり生前同様、わたしは彼の部屋の前で彼がドアを開けてくれるよう、何度も何度もドアをノックし続けた。
「うるさいなあ……はいはい。今開けるって……あれ?」
すると、ようやく彼はドアを開け、外に顔を出してくれたんだけど、すぐ目の前に立っている私にはまるで気づいていない様子だ。
おそらく見えていないのだろう……そっか。確かに霊感ある人じゃないと、幽霊って見えないんだもんな……たぶん、彼には霊感ないんだろう……。
「なんだ? 子供の悪戯か?」
「わたしだよ! わたし、ここにいるんだよ?」
そこで今度は声をかけてみるが、その声もやはり聞こえてはいないようだ。
彼はきょろきょろと廊下の左右を見回し、不思議そうに首を傾げている。
せっかく誰にも邪魔されることなく、また彼に近づくことができるようになったっていうのに……彼に気づいてもらえないことに、わたしはものすごく淋しく、ものすごく悲しくなった。
でも、見えないのはなにも悪いことばかりじゃない。ドアが開けば生身の人間同様、難なく中へ入ることができる。
怪訝な様子でドアを閉める彼に憑いて、わたしも一緒に部屋の中へと入った。
それからは、あの付き合いだした頃に戻ったかのように、わたしはいつも彼と一緒にいることができた。
家にいる時も、お出かけする時も、彼がバイトしてる時だっていつも一緒。他の人には見えないから、どこへだって憑いて行ける。
もう二度と離れ離れにならないよう、イチャイチャ首に手を回して抱きついていても、ジロジロみんなに痛い視線を向けられることもない。
まあ、たまにわたし達の方を見て、真っ青い顔になってる人がいたりはするんだけど……たぶん、霊感があって
少し気がかりなのは、彼が肩コリになってしまったことだ。わたしが抱きついてるせいか、肩が重い重いとよくボヤいている。幽霊なんて体重ないと思うんだけど。
あ、それからあと困るのは、たまに電化製品に不具合が出ることかな? テレビが突然ついちゃったり、蛍光灯がチカチカしちゃったり……確か霊現象でそういうことあるとか聞いたけど、やっぱりわたしが影響してるんだろうか?
ま、それはそうと幽霊になってよかったことは他にもあって、それは気づかれずにずっとそばにいれるので、彼の浮気を常に監視できることだ。
例えば合コンなんかに行っていい感じになる女の子がいれば、その子におぶさって悪寒を感じさせたり、うまくいく時は意識を朦朧とさせて、それ以上の進展がないようにしてあげる。
また、バイトしてる店に彼好みの女の子が新人で入って来た場合なんかは、更衣室やトイレでバンバン音を鳴らして、恐怖にすぐ辞めるよう仕向けてあげた。
そう……監視するとともに彼の浮気を防ぐこともできるのだ。
これが霊感のある女の子の場合は、彼の傍にいるわたしを見た瞬間に自分から離れて行ってくれるので楽でいい。
死ねば彼と離れ離れになると思っていたが、それは逆だった……むしろわたしは、幽霊になってようやく彼との楽しい暮らしを取り戻したのだ。
気づいてもらえないのはちょっと淋しいけど、それも時間が解決してくれた。
そうして彼との同居生活をしばらく続けていると、彼にも変化が現れ始めたのだ。
なんというか、彼と波長が合うとでもいうんだろうか? そういう感じになる時がたまにあって、そんな時には彼もわたしの存在に気づいてくれるのである。
「…う、うう……うぅぅ……」
ただ、彼は金縛り状態になって少し苦しそうなんだけど。
「…だ、誰だ……誰かいるのか……?」
ある夜、わたしが彼の寝顔を覗き込んでいると、目を覚ました彼がわたしの気配に気づいてくれた。
それでも初めはよく見えていないようで、わたしとしては認識してくれなかったが、より波長が合うようになってきたのか? 日が経つにつれて段々とわたしとわかるようになってきてくれる。
「……う、うぅ……ひっ! お、おまえは……おまえは死んだはずだろ……!?」
ようやく傍にいるのがわたしだと気づき、彼がひどく驚いた顔をしている。
「うん。死んだけど、こうしてあなたももとに帰って来たの!」
わたしはその嬉しさに声を弾ませて話しかけるが、やはり声はまだ聞き取れないようだ。
だが、それもきっと時が経つとともに改善されてゆくことだろう……。
そう、信じていたんだけれど……彼は、思いもよらない行動に出た。
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