第19話・前進




─ギフェルタ・麓─



この紫色のオーラ⋯霧か?

感知した限りでは、この巨大な魔力反応の主が原因とみて間違いなさそうだが⋯。


俺は慎重に紫色の霧を観察した。

結論からすると、これは毒だ。リーゼノールで1度ギェフトの毒に侵された事があるんだが、その時に感じたものとほぼ同質の魔力を感じる。


ほぼ、と付け足したのは毒のが違うからだ。ギェフトの毒は即効性で、刺された途端に身体に異常がでるが、この毒霧は吸うこと自体は問題ない。


俺の毒の耐性が強いだけかもしれないとも思ったが、虎徹にも異常は見られなかったのが証拠だ。


⋯ただ気がかりなのは、何故こんな広範囲に無意味な毒霧を充満させているのかという点。もはや色の着いた、ただの霧と言ってもいいほどの無害さ。もしやヤバそうなのは見た目だけとか⋯?


いや、それは無い。

仮にも【死の山】の呼ばれているんだ。事情が無いわけが無い。兎に角、これの原因の主に会う必要がある。話し合いができて、和解出来ればそれでよし。出来なければ力ずくで退場してもらう。



「⋯⋯もうじき夜か。」



緋色に照らされる空を見上げ、俺は呟いた。

夜は暗い。暗いということは視界が悪い。つまり、戦いづらい。戦闘になった場合、面倒なワケだ。


よし、そんじゃあサクッと済ませるか。

虎徹、しっかり掴まっとけよ⋯って掴む手は無いか。


両手で虎徹を抱え、尻尾で台車を掴む。

姿勢を低くし、両脚に軽く力を込める。直後、地面が爆発し、後方に小型のクレーターが形成された。


手っ取り早く、頂上まで高速で向かう。

願わくば、面倒事が起こらないようにと──⋯





─ギフェルタ・頂上─





麓より濃く、最早禍々しささえ感じる毒霧が充満したギフェルタの頂き。その頂きにある大岩の上で何かが動いた。黒く、長く、そして大きい。ソレは蛇だった。


巨大さで有名なアナコンダの数倍はあろう程の巨躯。

全長だけで言えば、テュラングルをも超えるその身体はよく肥え、黒紫の鱗が不気味に光を反射していたを



「シュルルッ⋯!!」



ギラ、と赤い目が動く。

己のテリトリーへの侵入者を確認したからだ。大蛇は一声唸ると、尻尾を何度か大岩に打ち付けた。まるで、それが合図だったかのように大蛇の周りに魔物が続々と現れる。


そして、王に頭を垂れるかのように地面に伏せ、下される命令を待った。



─侵入者だ 殺せ─



言葉ではない。

が、各々意味は理解した。意見する訳でもなく、返事をする訳でもなく、ただ命令を下された魔物たちは即座に散開し、侵入者の排除へ向かった。


赤い目を細め、とぐろをまく大蛇。

その視線は銀灰竜達がいる麓を見下ろす様に向けられながら、ゆっくりと閉じられた。


本来、自然界において睡眠は極めて危険が高い。

無防備かつ、無意識の状態で一定箇所を動けなくなるからだ。

しかしこの大蛇。あろう事か、堂々と大岩の上で睡眠を始めた。何者でも大蛇の様子が伺える場所で、ぐっすりと。


まるで、自身の生命を脅かす魔物がこのテリトリーに居ないことを知っているかのように──⋯





─ギフェルタ・中腹─





「おいおい⋯」



何かが打ち付けられる音が頂上から聞こえたと思ったらコレかよ。一体何体いるんだコイツら⋯。


見渡す限りの魔物、魔物。

流石に相手にするのは面倒だな。まぁやろうと思えば⋯って感じだが。



「「「オォオォオオォ⋯」」」



鳴き声が多すぎて、1つの唸り声のように聞こえる⋯

林の奥にも無数にいるなコレ。まるでゾンビ映画。虎徹を片手で抱えつつ、台車は死守⋯ハァ。骨が折れそうだな、物理的に。


ここは、一時撤退といくか。

何故こんな量の魔物が、しかも多種族の大群が一斉に襲ってくるのか謎があるが⋯せめて開けたところで相手したいし。この山を出てから、細かい事は考え⋯⋯るッ!!


跳躍。

それもほんの少し、地面から足が離れるだけの跳躍。その結果、俺という台車を牽引していた力が無くなり、重力に従って猛スピードで傾斜を下る。


台車の取っ手部分に座りながら、飛び掛ってくる魔物を次々と蹴っ飛ばして撃墜していく。幸い、後方は魔物の壁は薄かった為、台車で蹴散らして突破することができた。


後は麓でお相手する⋯ぜッ!っと。

今撃墜した魔物を最後に、大群の姿は徐々に遠のいていった。


急ブレーキを脚でかけ、スピードを落とす。



「取り敢えず、山を出ることはできたな。さて、後は⋯」



大地を振動させながら、大群が迫る。

虎徹⋯は気絶してるな。リアクションが無いと思ったら。殺気マシマシの魔物に囲まれたら気絶の一つくらいするか。虎徹だし。



「「「オオオォォオオ!!」」」



⋯おっと、冗談はここまでだな。


牙、鉤爪、鋭針、棘⋯あらゆる『武器』を剥き出しにして、こちらを睨む魔物達。軽く見積もっても50体程か⋯。



⋯⋯。



⋯⋯⋯?


ん?あんまり怖く無いな。

寧ろ、高揚感と言うか⋯得体の知れない感覚があるが⋯成程、考えてみれば久し振りの戦いだ。身体はすっかり求めてたのかもな。戦いを。魔物としての本能を。


それじゃあ、今宵も派手にやるとするかね。


虎徹を台車に乗せ、後ろへ蹴っ飛ばす。

これで存分に相手ができる。軽くストレッチを済ませ、首の骨を鳴らす。そして脱力。


全身から、息を吐き出すと同時に力みを抜いていく。

一体一体はそれ程でも無いが、あの数に囲まれれば楽勝とはいかないだろう。絶対に囲まれてはダメだな。⋯よし。



「来いッ!!」



──ガルォオオオアアアァァアッ!!



「「「オオオォオオオオォオオオオッッ!!」」」



戦いの火蓋が!切って!









「⋯?」



降ろされ⋯


ることは無かった。



って、なんでやねん。

いくぞー!みたいな掛け声出てたじゃん。何で突撃して来ないんだよ。あの山から、1匹たりとも向かってこない。怖気づいている、という様子でもない。殺気は確かなものだ。


1歩、山へ近寄る。

⋯来ない。吠えるだけ。


⋯仮説を立ててみるか。

山を出てこない理由について。


例えば『出れない』

山の敷地を越えることが出来ない。


例えば『出るのに条件がいる』

山の敷地を出るのに、何らかの条件を満たさねけば出れない。


例えば『出れるが出ない』

山の敷地は越えるが、ヤツらにとって不都合になる。


ふーむ、参った。

ここは一つ、実際に試してみるか。なに、少し出てきてくれればいい。顔で荒い鼻息を感じるほど近寄るが、それでも向こうからは近付いて来ない。不自然にも程がある。



「ちょっと失礼ィッ!」


「グルォオ!?」



他の魔物よりやや前へ出ていたヤツの首根っこを掴む。

殺気が急激に薄れ、入れ替わる様に焦燥が見て取れた。そのあまりの変わり様に俺は驚いたが、その直後、更に意表を突かれる事になった。


俺が引っ張るより早く、魔物が後退しようと全身で踏みとどまった。が、強引に引き抜こうとすると、頭から徐々に敷地を越えてきた。必死も必死、戻ろうとするその瞳は狂気すら感じる程だった。


しかし、俺が意表を突かれたのはその後。

一連の流れを見ていた他の魔物たち。俺がコイツを掴んだ時点で殺気は薄れていってたが、コイツが引きずられ始めたタイミングで、他の魔物がコイツを連れ戻す様に引っ張ったのだ。


まるで敷地を出る事が禁忌であるかのように。



「⋯ヘッ⋯ヘッ⋯グルル⋯ッ!!」



⋯呼吸の荒らさ、焦り様、尋常ではない。

持ち直した魔物たちは再び俺を睨んだが、先程の様に引っ張られるのを警戒しているのか、1歩下がった位置から吠えている。


⋯どうやら出られない、という訳では無い。

どうする、もう一度試すか?コイツらが山の入口で陣取っている以上、何とかしない訳にはいかないが⋯。


どうもさっきのあの魔物の表情⋯

拒絶の度合いが過剰だった。全ての魔物が出てこようとしないという事は魔物の種族自体は関係無さそうだな。



「⋯⋯悪く思うな。」



肉薄。

並の魔物では捉えることは不可能。その場の魔物たちが反応するより早く、1匹を捕獲し、敷地の外へ飛び出す。



「グオォオオアア!」



うっ!?これは!?

連れ出したコイツ、身体中に紫色の斑点が現れ始めている。瞳も充血。何より今の絶叫、激痛に襲われた時のソレだ。


その苦しみ様に、思わず山の中へ投げ戻す。

しばらく蹲ったまま、荒い口呼吸を繰り返し、ぐったりとその場に倒れ込んだ。周りの魔物たちが介抱するように集まる。その様子に、俺は強烈な罪悪感に襲われた。


⋯ただの殺気から、恨みの篭った睨みへと変わった。

魔物にここまで他種族を思う事があるのか。⋯少なくとも、コイツらは共通意識がある。良くない所に触れたか。



「⋯⋯。」



だが、俺とてやるべき事がある。

ここで引き下がる訳には行かないんだよ。


後ろの虎徹へ視線を移す。

ガムナマールが撤退したのはあの位置よりもっと向こう。あそこにしばらく放置しても危険では無いだろう。どうやらこの辺りの魔物達にとってこの山に近付くのはタブーらしいしな。


この先は俺は1人で行きたい。

念の為、虎徹の僅かな魔力を最大限感知できる様、意識を集中する。⋯捉えた。これでいつでも助けに来れる。⋯よし。


俺は改めて、ギフェルタに向い立った。

深呼吸をし、拳を握る。気持ちを整えた俺は、一直線に、魔物の大群に飛び込んで行った──⋯





─ギフェルタ・頂上─





大蛇は目を覚ましていた。

『異変』を感じ取ったからだ。先程の侵入者が配下達を打ち破ってこちらへ高速接近している。とんでもない速度だ。


いや⋯!違う!今感知しているのは魔力の軌跡だ!

本体は何処だ?近い!もう目の前に来ている筈──



──ガルオォオオオオォアアァァァッッ!!


「!!?」



上、だった。

空中に飛び出してきたのは幼体の竜だった。莫迦な、あんな奴に全員蹴散らされたのか?⋯⋯いや、そんな事は今はいい。迎撃せねば。


魔力を口内に凝縮、激毒の球体を生成する。

あの位置なら身を攀じる事は難しいだろう。仮に回避出来ても、は命中する。


確実なタイミングで発射だ。

大蛇は狙いを定め、幼竜を迎え撃つ準備を完了させた。


牙か、鉤爪か、はたまた尻尾の叩き付けか。

そこまで大蛇が予測を立てた時、ある事に気が付いた。


─あの幼竜 風貌カオ、怒って⋯─



「オオォアッ!!」



極短い咆哮。

爆発音、激痛。大蛇が何が起きたか理解するより早く、そして反射的に毒球を炸裂させるよりも早く、銀灰竜の拳が大蛇の脳天を撃ち抜いた。


顎から地面にめり込む大蛇。

白目を剥いて吐血をしている。しばらく痙攣した後、沈黙した。



「フーッ⋯フーッ⋯⋯ハァ。」



拳骨1発で事足りたな、この野郎。

即座に迎撃の構えをとった反応速度は立派だが、空中を蹴って加速、なんてのは予想外だったらしい。対応出来ずにこのザマか。⋯外道が。



さて、ここで問題だが、なぜ俺はこんなにキレているのでしょうか。答え合わせの為に、少し時を戻そう。






─ギフェルタ・中腹─





「「「オォオオオオオオ!!」」」


「うぉおああッ!」



くっ、やっぱ多いな⋯

もう30分はこの調子だが⋯減っている気がしないが⋯これはどういう事だ。何度ぶっ飛ばしても速攻で立て直してくる。それに⋯。


攻撃の合間に周囲を見渡す。

⋯異常だ。倒れている魔物が一体も居ない。この長時間の戦闘の最中で、一体も仕留められていない?仮にもフルコンディションの俺が?やはり、妙だ。


正直、殺す気で戦っている訳では無いが、それでも一撃で沈める加減で殴っている。それでも尚この状況⋯。



「ギャオオッ!!」


「⋯⋯⋯。」



どうする。

このままジリ貧は御免だ。だが無闇に殺したくないのも事実。飛びかかってくる魔物をよそに、俺は考えていた。周囲の時間をスローに感じる程の思考速度。今、決めよう。


進むか、このままじわじわ削られていくか。



「⋯⋯スゥ──ッ─⋯」



息を大きく吸い込む。

その様子を見ていた魔物は攻撃を中断、一時距離を取る。俯いたままの幼竜を魔物達は警戒しつつ、徐々に距離を詰めていく。


と、幼竜の首が動く。

そして次の瞬間、全ての魔物達の時が停止した。表情が変わっていたからだ。正確には『目』が。殺意の目、だった。それは断じて幼竜から放たれる次元の殺意では無く、濃密なその圧は魔物達が見えない壁に押し潰されていると錯覚する程に強烈なものだった。


呼吸すら忘れるその威圧。

が、彼らも魔物だった。頭では絶対に叶わぬと理解している。しかし、本能が後退を許さない。1体、果敢に幼竜へと飛び掛った。見事、止まった時を動かした彼につられるように、大群が幼竜へと突撃を開始する。



「フゥ──ッ⋯」



吸った息を吐き出し、拳を解く。

今、人間の武器は捨てた。鉤爪に金属を纏わせ強度と鋭さを上げる。


左右、前後、上空、地中、全方位からの決死の突撃。

銀灰竜は彼らの勇気を称え、せめて一瞬で終わる様に鉤爪を振るった。


血、血、血。


木々に、大地に、鮮血の模様を創っては幾度も塗り替えていった。



(あぁそうだ。これでこそ魔物だ。これで、いいんだ。)



ここで唱えながら、俺は斬りまくっていった。

今更、道徳だの倫理だのは気にしない。俺は─⋯



「オ"オ"オ"ッ!」


「⋯は?」



10体ほど斬り伏せた時、肩から太腿まで斬った筈の魔物が絶叫しながら立ち上がった。そしてあろう事か攻撃を仕掛けてきた。


致命傷、というものは誰でも知っているだろう

動脈を切った、頸の骨を折った⋯判断材料は多くあるが、どれも1つの根幹からなっている。


『生命体に一定以上の負荷がかかり、生命活動を極めて阻害する傷』


その傷を負った者はほぼ確実に絶命する。

故に『致命傷』。


それを負った状態で立ち上がり、尚此方へ向かってくる⋯?

狂気、所ではない。最早ソレをするのを生物と呼ぶのには疑念がある程だ。


この異常事態を目の当たりにした銀灰竜の殺気は即座に霧散した。



「⋯まさか。」



その『まさか』は当たった。

今まで致命傷を与えた全ての魔物達が再び立ち上がったからだ。そして、それと同時に気がついた。目が充血し、身体中に紫色の斑点が出来ている。


⋯毒だ。

さっきのヤツと同じ症状。


まさか⋯


まさか⋯



─後方の魔物の壁は薄かった─


─霧の毒性が急激に上がったのか⋯?─


─グオォオオアア!─


─この毒霧の主、毒性を操作できるのか─



合 点 が い っ た 。


最初に違和感を覚えたのはこの山に来て魔物達に囲まれた時だ。通常、侵入した奴を囲むなら待避経路を断っておくのが普通だ。


なのに後方の魔物が少なかったのは単純に麓に近寄りたくなかったからだ。



この山から出ようとする魔物には、毒が強力に作用する。

それも麓に近寄る事すら躊躇う程の激痛を伴うもの。その激痛を魔物達は知っていたから、あれだけ必死に出まいとしてたのか。


そして種族すら関係なく助けたくなる程に苦しい。

あの時の、そして今の、鬼気迫る魔物たちの表情。毒の効果が作用して立ち上がったという事は、無理矢理戦わされているのか。


毒を操作されれば激痛と激苦。

戦わなければ苦しめられると分かっているから、あれだけ執拗に攻撃をしてきたのか。



「ちッ⋯」



気に食わないな、そーゆーのは。

つまり、この毒霧の主はコイツらの状況を把握して毒を操作しているという事だろ?俺が斬ればソイツを叩き起す。自分はふんぞり返って高みの見物。



⋯殺すか。

初めて、人間として何かを殺したくなった。



「「「「「オオォオオオオオッッ!!」」」」」


「⋯可哀想に。」



俺は、再び拳を作った──⋯





─ギフェルタ・頂上─





これが答えだ。

この山を見た時、疑問は2つあった。あの禍々しいオーラはなんなのか?そしてもう1つ、何故あれ程くっきりとオーラがかかっている箇所とそうでない地面とで分断されているのか。


ピンポイントでこの山を縄張りにしていたようだが⋯

この山の生態系ごと自分のモノっていうのは我儘が過ぎるな。



「シュゥ──⋯シュルルルッ!!」


「⋯なんだ。まだ生きてたのか。」



ふらつきながらも身体を起こした大蛇を見て、俺は笑った。一撃で終わらせたのは勿体なかったかも、と思っていたからな。



「⋯普段なら、痛め付けるとかの行為は趣味じゃないんだが⋯」



今は最高に悪趣味な事がしたいな。

金属を生成、棒状に形成する。ただし、いつもの槍ではなく、鉄パイプの様に鈍器状だが。


それを見ていた大蛇は、攻撃されると理解し、行動にでた。尻尾を忙しく地面に打ち付ける。何をやっているのか質問したところで返答しそうな程、知性がある様には見えないので、取り敢えず構えた。


数秒して、俺はその行動の意味を知る事になる。

大蛇の背後の林から続々と魔物が現れる。まだ兵隊を持っていたのか。⋯すぐ解放してやる。


起爆。


大蛇と取り巻きを囲うように周囲を高速でダッシュする。

急停止、急加速を繰り返し残像を作って撹乱。


⋯今更だか、俺って結構イイ脚していると思⋯うッ!

っと、学習してるな。急接近に合わせて毒球を辺りに撒き散らしやがった。全方位に撒き散らしたという事は、姿自体は追えていないが、接近したのは気が付いたのか。あくまで魔物、本能は敏感に働くんだな。



「シャアァァァ──ッ!」



大蛇が吠える。

どうやら魔物たちに命令を下したらしい。俺は一時停止をして様子を見た。左右に展開させ、自分も含めて1列になって俺を⋯⋯成程な。撹乱を封じたつもりらしいな。


OK、付き合おう。

鉤爪、人間で言う人差し指をクイクイっと動かす。相手に向けた状態から、自分の方へ倒すようにクイクイっと。


意味を理解したのか、大蛇は瞳孔を細めて軽く吠えた。

直後、魔物達が突進を開始する。ここまで単純だと、流石に笑えてくる⋯が。



「こっちもキレてんだよ。クソミミズが。」



突撃してきた魔物、計13体。

その全てを金属の箱に閉じ込める。大蛇は驚愕した様だったが、そんな事どうでもいいので金属の棒で左目を潰した。苦悶の表情と叫び声を上げているが、残念ながら全く可哀想だと思わない。あぁ、極めて残念だ。


続いて右目。

光を失った大蛇はこれ以上なく暴れた。魔物達を遠くへ移動させ、一体一の状況をつくる。



(ったく、何やってんだ。何のために片目残してやったと思ってる。)



右目は潰してはいない。

魔物達を移動させる時間が欲しかっただけの目眩しだ。ギロリと赤い瞳がこちらを睨む。なんども尻尾を打ち付けているが、もう兵隊は来ない。


何故かって?俺が全員保護したからだよ。

まぁさっきのは予定外だったけどな。今は全員箱の中だ。コイツの魔力も、毒霧を伝って魔物達に干渉している。確証を得たのは今さっきだが。


対象を完全に覆っても毒で干渉できるならやっている筈だ。何故しないのか。出来ないからだよなぁ?



「フシュルルル──⋯⋯!!!!」


「ッハ、何に対してキレてるんだ?兵隊を失ったら自分が戦えばいいだろ。⋯あぁ、自分は弱いから兵隊を作って守ってもらっていたのかあ⋯」



煽る、煽る。

そして効く、効く。何を言っているかは分からないが、何を言われているかは理解わかる。言葉を解するまでもなく、大蛇は気付いていた。『馬鹿にされている』と。


─⋯舐めるな、ガキが─


これは取っておき。

本当の本当に最後の手段として持ち合わせていた、毒霧だの毒球だののではない。


兵隊も全て捨てる。

この山、己のテリトリーに撒いた全ての魔力を回収。

そして還元。全ての魔力を纏った大蛇『アルトラム』はまるで紫色の炎に包まれ、亡霊の様に妖しげに光を放っていた。



─喰らうがいい、全身全霊の⋯─


「⋯待った。」



幼竜の一声にアルトラムは一瞬、動きを止めた。

が、即座に魔力の凝縮を再開。幼竜に向けて最大の一撃を放つ準備を再開した。


幼竜は息を吐き出して両手を空へ掲げた。

降伏か?何を今更⋯と、ここまで考えてから幼竜の意図を理解した。コイツが封じていた兵隊達が解放されている。丁度いい、ヤツらの中に入った自身の魔力も回収してしまおう。


何、支配など容易い。

既に心は折ってある。これが片付いたら再び毒霧を生み出せは元通りだ。そう、コイツさえ消えれば何ら問題ないのだ。コイツさえ⋯⋯



「!!!」


「来いよ。」



無防備に斜線上に立ち、あまつさえ身体を大きく広げ被弾面積を最大にしている。そして挑発。


⋯あぁ、なるほど。死を覚悟したのか。

よかろう。一撃の下に消し去ってやる。


チャージが完了したソレはそこらの魔物では一瞬で灰になってしまう程の魔力の密量を誇っていた。


発射。

ソレは巨大な球体だった。ただし、毒素は無く。対象を溶かす事に特化した凶悪な代物。



「う⋯ッ!?」



こ、コイツ⋯!コイツのこの技⋯!

冗談じゃないぞ⋯こんな⋯こんな⋯!



(こんなにショボイのかよっ!?)



いやいやいやいや、流石に無いだろ?この後大爆発するとか⋯あっ、威力弱まっているわコレ。やばい、ショボ過ぎてどんな効果があるのか分からん。ちょっと目がヒリヒリするくらいだな⋯麻痺系か?



「!??!?」



魔力の放出が終わり、無傷の俺を目の当たりにした大蛇はなんかもう凄惨な表情をしていた。驚愕と動揺、怒りと⋯動揺?みたいな。


⋯まぁ終わったんならいいか。

最後に俺の意図を組んで魔物達の毒も回収してってくれたし。〆といくかね。


1歩、また1歩と歩を進める。

大蛇は未だ状況が飲み込めずその場でウネウネと動いていた。逃げないのなら有難い。逃げても速攻で捕まえるが。


さて、殺すか。


やる事やってんだ。

アレだよ落とし前ってやつ。まぁ俺が裁く側かって言われたら困るが言われ無いのでいいとする。俺魔物だし。



「シャア──ッッ!!」



ようやく状況を理解したのか、威嚇をしてくるがそれはもうお粗末なもので、気迫の欠片も無かった。


その後は⋯まぁ【自主規制】して【自主規制】してから【自主規制】だわな。


⋯結構美味かったってのが後日談だ。



「よーーし。ようやく終わったし、この後は⋯」



⋯⋯。


⋯あー、一旦寝るか。

丁度よさげな大岩があるし、なんか枯葉敷いてあるし寝心地良さそうだな⋯


寝転んでから睡魔が来るまで、ほんの数秒だった。

確かに、今日は朝から歩き続けて夕方にはガムナマールに追われて⋯はぁ〜疲れたぜ⋯っと。


俺は強烈に来た睡魔に意識を委ね、一時の安息を満喫するのであった──⋯





※因みにこの後、虎徹忘れてるじゃーん!となり回収しにいったら魔物に群がられて抱えて逃げるのが大変だった。





NOW LOADING⋯





──カィンッ!⋯カィンッ!⋯カィンッ!



ここは鍛冶屋。

それも一流のドワーフ職人達が腕を振るう、銘店⋯

が、立ち並ぶ大通り。



「剣に、盾に、鎧⋯あっ!見てください!弓専門のお店もありますよ!」


「わかった、わかった!わかったからもう少し静かに歩いてくれ。子どもじゃねぇんだから⋯」



大勢の人々が行き交う⋯いや、訂正しよう。

人間を含めた者達が行き交う大通り。そこを2人の冒険者が歩いていた。



「ヴィルジールさん⋯アレ⋯」


「なんだ、サンクイラ。獣人を見るのは初めてか?」



例の2人である。

魔物の大群の対処に駆り出され、その中継地点としてこの街に到着した彼らだが、別荘があるヴィルジールは兎も角、初めてこの街に来た彼女はそれはもうウッキウキの遠足気分だった。


そのはしゃぎっぷりは周囲の人々が『おや?親子かな?』と暖かな視線を送ってくる程に若く、可愛げのあるものだった。⋯その視線に気付いているヴィルジールはやり場に困っているが。


彼女が興味を示したのは獣人と呼ばれる種族だ。

知性は人間並みだが、肉体スペックは獣の名に恥じぬ凄まじさを誇る。ある者は脚が速く、ある物は聴覚が鋭く、またある者は空を飛ぶ⋯と、説明するとまたはしゃぎそうなので適当にあしらっておく。



「さて、着いたぞ。荷物は届いてるハズだ。部屋は好きに使え。まあ、しばらく来てないし多少ホコリが気になるかもしれんが⋯」


「⋯⋯⋯わあ。」



豪邸。

なんてその響きが似合う屋敷なのだろうか。年季はありそうだが、逆にそれが味を出している。これが別荘だなんてなんてもったいない!とサンクイラが言う前に、ヴィルジールは先に中へと入っていった。


慌てて後を追い、別荘へおじゃまする。

そして入ってからも驚きの連打が止まることは無かった。玄関の広さ?廊下の多さ?というかヴィルジールさんどこ?いや靴1人分多くない?


兎に角、まずはヴィルジールを探そうと思ったが靴を脱ぎ終わったタイミングでどこからか彼の声が聞こえてきた。



「玄関から上がって右が装備置き、左がアイテム置きとかだ。正面の廊下を真っ直ぐでリビング、右の扉は手洗いetc⋯」


「な、なるほどぉ⋯」

(一度に沢山言われたので殆ど聴き逃した)


「階段上がって右が来客用の部屋だ。1番手前以外だったら好きな部屋使え。⋯オススメは奥から2番目だが。」



それを最後に玄関は静まり返り、外の遠くから金槌で金属を叩く音がよく聞こえた。言われた通り、階段を上がって右を向くと、廊下の壁にもたれ掛かるように大量の荷物が置かれている。


よっこらせと、30kgはありそうな軽々と抱え、どうせならとオススメされた部屋を選んだ。


見たところ、ごく普通の部屋だが、やはり味がある。

特にこの木の香り、安らぐ。



「ふう!これで一息つける⋯」



ぐーっと腕を伸ばしてベットに倒れ込む。

この後は観光するか、それとも今日は荷降ろししてゆっくりするか。大きな戦いが待ち構えているとは言え、こうもリラックスできてしまうとは。


しばらく考え事をしながらゴロゴロとしていると、不意に扉を叩く音が鳴った。あぁヴィルジールさんか、と。生返事をしてから起き上がり、扉を開けた。



「ヴィルジールさん、この後は─⋯」


「アナタ、サンクイラさん?」



扉を開けた所にいたのは彼ではなく、なんかたわわな塊だった。一瞬思考が停止した後、ハッとしてから視線を上と移す。



「あっどうも。⋯⋯こんにちわ⋯?」



身長160cm程の女性。

サンクイラからしたら大柄なので見上げる形になる訳だか、顔を確認するより注目してしまうのは、大胆にも開かれた胸部だった。谷間なんてもはやわざと見せているとしか思えない。


服装からして何らかの装備なのだろうが、製作者は中々な人物だろう。銀色と黒色が特徴的な防具は、所々に細やかな装飾が施され、気品に溢れていた。全身をくまなく防御するクラシックな鎧。サンクイラとは逆の系統だ。


蒼色のショートヘアーは艶があり、よく手入れがされているのが窺える。薄緑の瞳は光が当たる事で硝子細工の様な輝きを見せた。その瞳の色に合わせた耳飾りは彼女の女性としての品位を引き立てている。


尊敬と若干の嫉妬を胸に、サンクイラが返答に悩んでいると、蒼髪の女性は耳の奥に響く様な声色で発言した。



「シルビア。シルビア・アーレン。⋯⋯取り敢えず、よろしく。」


「あ〜!こちらこそ!ヴィルジールさんからお話は聞いてます!」



眉をひそめながら、素っ気なく挨拶したシルビアに対し、明るく返すサンクイラ。何故に素っ気ないのかは後々判明するとして、サンクイラはシルビアを自室へ招いてベットに座った。



「⋯言っておくけど」


「シルビアさん、単独でトレント10体倒したってあのウワサ!本当ですか!」


「え、えぇ。まぁね。⋯ところで」


「すごいなー!私なんてまだまだヘナチョコで⋯ヴィルジールさんの後ろで支援に回るくらいしか⋯」



なんとか自分の話題に持っていきたいシルビアだが、ペースを崩されるという経験が少なかった彼女は、次々と繰り出される質問を『待った!』と強引に止めて、溜息を着いてから話し始めた。



「アナタ、いつも彼にくっついているけど⋯どういう関係なの?」



この手の質問。

まぁ普通の女性、というか人間なら『あーこの人ソーユー感じかー』と察せるだろうが、なんせ相手が相手。見た目を裏切らないサンクイラにとってみれば、単なる疑問文として捉えるほかなかった。



「どういう関係⋯ですか。強いて言うなら、先輩と後輩、とかですかね?⋯私は気にした事無かったですけど⋯」


「先輩と後輩⋯ねぇ⋯」



シルビアは頭でヴィルジールを思い浮かべ、そしてサンクイラを見た。確かに、特別深い関係でもなさそうだし、この子に気がある様にも見えない。⋯というか、いくつなのこの子⋯なんて考えていると、今度はサンクイラから逆に質問をされた。



「シルビアさんはヴィルジールさんとは⋯?」


「ゑ!?まっ、まぁ同期と言うか?実質、幼馴染というか?⋯結構、親しい感じの?関係?」


「へぇー!いいなぁ、あの人何考えてるか、全然分からないんですよねー。幼馴染だったら、最早会話なんて必要ナイ!って感じですよね!」


「ん、違う。それ多分、幼馴染じゃない。」



やれやれ、と溜息を着きながらも『障害』にはならないと判断したシルビアは、ヴィルジールの新米時代の話や、お互いのファッショントーク、まぁとにかく華っぽい話が弾んだ。


彼女も今回の作戦に呼ばれたらしく、サンクイラ同様この別荘を仮拠点にしているらしい。彼女、シルビアの実力はヴィルジールにも負けず劣らず。少なくとも、洞察力は並の同期を上回るものを持っている。


すっかり打ち解けた2人の女子会は、シルビアが外出するのを理由に一時お開きとなった。


玄関まで彼女を見送ったあと、自室に戻ったサンクイラは高まった気分を大の字にベットに飛び込むことで抑えた。冒険者という職業上、味方や仲間という認識の人間は多くできるが『友』というのは中々に作りずらい相手なのだ。


ゴロンと転がって天井を見上げる。

差し込むオレンジ色の光が、部屋の雰囲気を一層引き締めた。起き上がり、フランス窓を大きく開ける。


鉄と、火と、それに混じったいい匂い。

どこかの家では既に夕食の支度をしているんだ。そう思いながらしばらく街風景を眺めいると、遠くで何かが光った。それを皮切りに続々と、波が押し寄せてくる様に、光が立ち並ぶ鍛冶屋に灯されていった。



「うわぁ⋯」



思わず溜め息が零れる絶景。

窓の縁に肘を掛けながら、彼女が浸っていると後ろから馴染み深い声が聞こえた。



「綺麗だろ?ここは鍛冶職人の街だからな。手元を照らせる様に暗くなってくると一斉に灯りを灯すんだ。この部屋はそれが良く見える。」


「へぇ⋯⋯」



ヴィルジールもサンクイラもシルビアも同じように街を眺めていた。戦の前のささやかな安息。これは、そう。ほんのささやかな戦士たちの安息。



ここはベルトンの街。


燗筒 紅志が目指す、最初の目標地点の街──⋯


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