第12話・格上





⋯頭がボーッとする。

和服の奴は殴った⋯⋯殴⋯⋯って⋯どうしたんだっけ⋯?


あぁ、そうだ⋯⋯知らない奴に回復魔法されて⋯


それで⋯えーっと⋯⋯


空からヤバい気配⋯というか力みたいなのを感じて⋯

そいつが落ちてきて⋯⋯地面に激突して⋯⋯ドカーンってなって⋯



その爆風に巻き込まれて──⋯




「⋯⋯⋯ォ⋯ア⋯」






ンー⋯







ーー⋯ンンん!!?




爆風に巻き込まれて⋯死んだ?俺?

2度目?



⋯いや、まて⋯冷静になれ。

地面だ、地面がある。地面が空にあって⋯空が足元に⋯



ここでようやく自分が逆さに倒れている事に気が付いた。

即座に起き上がるが、激しい頭痛に襲われる。が、身体の痛みが無い。先程、回復の魔法をかけてもらったお陰か。


誰かは知らないが助けられたな。


⋯さて、状況を整理しよう。



先ず、和服男は最後に相打ち⋯⋯いや、俺には当たんなかったが、俺の攻撃は当たったか⋯

で、そのまま殴り飛ばしたはいいけど腕が破裂というか、盛大に血を吹いて⋯で、こっからの記憶が⋯⋯


回復してもらって、で、空から紅い何かが降ってきて、今、か。


隕石⋯じゃないよな。

隕石として見るには、かなり小さかったし。

大体、10m位の大きさだったか。



──ゴゴオオオオォオォ──ッ!!



「オエッ!?」



視界が大きくズレる程の激しい揺れ。

その揺れに続く様に突風。それも軽く踏ん張らなければ浮いてしまいそうな程の。あまりの衝撃に反射的に身体を竦めて目を閉じた。


変な声も出た気がする。


意識がハッキリしてから、先程までの戦闘か嘘だったみたいに周囲が静まり返っていたんだ。誰だってビビる、コレは。



兎に角、何が起こったのか確認しなくては。

俺は徐々に目を開けながら、突風が吹いてきた方へと頭を向けた。



そして、絶句。


理解が追い付かないとは、この事を言うのか。

位置的には空。リーゼノールの森から約50m程上空で『ソレ』は起こっていた。


2つの何かが空中で何度も衝突しては離れ、衝動しては離れ⋯

片方が発光すると、もう片方も応じるように発光。


両方から巨大な光線が発射されたかと思えば、真正面から激しく衝突。あまりの眩さに直視が出来ない程の光を放ち消滅。


そしてあの揺れと突風。


それからはまた衝突を繰り返し、光線同士のぶつかり合いになったり、片方が光線を薙ぎ払う様に発射し、片方が躱す。そして高速で突進して衝突。もしくは、お返しと言わんばかりに光線を発射⋯



いやもうドラゴン〇ールだろコレ。

場違い感が凄い。なんかもう帰りたい。


というか、あれ、空飛んでるのか?

片方の⋯紅い色の⋯⋯何だ、ドラゴンか?高速で移動しているのと距離もあって捉えにくいが、大きな翼が確認できる。恐らく、ドラゴンだ。


こっちは翼がある、という理由で説明はつく。

⋯まぁ急降下とか急発進とか、あの図体であの機動力って物理的にどうなってんだとツッコミたくはなるが⋯



問題はもう片方。

ドラゴンに比べてかなり小さい。ここから見たらゴマ粒程度の大きさだ。シルエットから人、もしくは人型である事が分かるが、さっきの紫色の装備の奴みたく、足元に結界を張っている訳では無い。完全に浮いていて、それでもって空中を自在に飛び回っている。


まじで⋯舞空術じゃん。



ん⋯?待てよ?よくよく考えたらあの紅いドラゴン、ついさっき落ちてきた物体と色も大きさも一致する⋯


いやまさかあの高度から落ちてきて無事でしたーとか、ましてや無傷のまま空中で光線出しまくりながら戦闘中とか⋯生物として認識できないだろ、ソレ。



(あーくそ、そこら辺の記憶が曖昧だ。それに⋯)



光線が逸れたり、躱されたり⋯何らかの魔法の効果なのか方向が捻じ曲がったりで地上に着弾する度に爆発が発生して森中の魔物たちが慌てて飛び立つのを横目に、眼前で起きている事象に対して、俺はある違和感を覚えていた。



意識を取り戻してから今まで。

最初に揺れと突風を感じ、それの反応で変な声が出た気がしたという所から覚えていたこの感覚。


特に声が出た『気がした』というハッキリとしなかった事と、あの激しい戦闘を、この距離で傍観している立場において、今の俺が確認できる情報が、


空気を伝わりやってくる振動や強烈な風。


思わず目を覆ってしまう程の眩い光。


非日常的な光景に思わず飲み込んでしまう唾の味。


鼻にかかる、何かが焦げ爛れた様な匂い──⋯




だけ、だと言うこと。

ここで1つ仮説を立ててみる。記憶の曖昧な箇所を埋める仮説を。


空から落下してきた紅色の物体があのドラゴン。

そして着地、地面爆発。その衝撃波に巻き込まれ、全身を強打。そして⋯


俺は確認のため、耳に手を当て拭った。

やはり、大量の血が鉤爪にこびりついていた。


あの衝撃波。

相当な爆音も発生したに違いない。



(⋯なるほど、辻褄が合う。せっかく回復して貰ったそばからこれか⋯全く。)



幸い、耳以外に目立った怪我は無いようで、多少の擦過傷程度で済んでいた。魔法を唱え、治療を試みる。


ややノイズっぽく感じるが、徐々に音を認識できる様になった。そこまで傷が酷く無かったようで安心だな。記憶の曖昧さに関しては頭を打ったのか。


身体の傷が完治したのを確認し、再び視線を上空に戻した。

両者の衝突音。光線が地面に着弾し、爆発する音。飛び立つ魔物達の鳴き声⋯


聴覚、問題無し。

首を傾げ、軽く跳ねる。耳の奥の血を流れ出させながら、

俺は1つ、考えていた。



なぜ、あの人間は魔物である俺を回復させたのか?



結論から言えば、メリットがない。

俺を回復させれば、折角仲間がダメージを負わせている獲物を逃す可能性がある。わざわざ消耗させてから回復させた意図が分からない。


もしくは和服の男と例の男⋯何らかの目的の違いがあったとかか?紫装備と和服装備はグルだとして、あの男が俺を回復させて得るメリットって⋯


それに、あの紅いドラゴンの一件の時、衝撃波が俺に到達する寸前、俺を回復した男がこちらに向けて手をかざしていた気がする。定かでは無いが、何か白っぽい光が見えた様な⋯



「⋯⋯──ぅぅうおぉォォッ!!」



唐突に野太い叫びを認識、俺は上空を見回した。

空中で輝くオレンジ色の光。あれは炎?⋯にしては不自然に停止しているし、形も球状でかなりの速度で膨れていって⋯


⋯あ、いや、違う。

膨れてるんじゃない。近付いて来ているんだ。⋯こっちに向かって。



「⋯?」



目を凝らすと、火球の中心に先程の人影がみえた。

両手から結界の様なものを出し、火球に押し当てている。


人影の大きさから火球のサイズがかなり巨大なものだと分かった。大体、人影の5体分くらいか⋯。


⋯いや、無理だろ、あれ。

どう見たって人力でどうにかなる様な力じゃない。そりゃあ、俺だって力になれるなら手伝いたいが⋯


あの火球、サイズ自体はかなりのものだが温度的な観点でみれば俺の身体に直撃しても問題にはならないだろうが⋯



「ンン──ッ⋯だあぁッ!!」



⋯え、蹴り上げた⋯?

⋯え、火球を?どうやってんだよ今の⋯



人影はくるりと空中で回転。

蹴りあげられた火球は上空で大爆発。あんなのがこっちに向かって来てたのか⋯


その後、何事も無かったかのように着地。

真っ赤になる空を背景に『アブネー』とか言って終わらせてるんだけど⋯




⋯って、あれ?!!回復してくれた男!

え、まさかさっきから空飛んで光線だしてドンパチしてた人影の正体って⋯



「おっ銀灰竜。起きたか。」


「ギン⋯なんだって?銀灰竜?」


「そう、銀灰竜。お前の名前だ。」



⋯⋯。

⋯さっきから情報過多で胃もたれ起こしそうだったが、俺の言葉がちゃんと人間にも通じた事実に1番の衝撃を受けた。


魔物には通じてる感じはあったが⋯


まぁ今はそれいい。今は⋯



──っ!!殺気!



即座にバックステップ。

直後、俺と男がいた場所が爆発を起こした。現れた地面は大きく抉れ、真っ黒に焦げた土がソレの威力をものがっていた。


俺より一瞬早く飛び退いていた男は、俺の方を見てニヤリと笑った。⋯キモイ。



「楽しませてくれるではないか、人間。まだ尽きてくれるなよ?」


「黙れ。いきなり登場して暴れやがって。お陰で装備がボロボロだぜ。」



⋯最初に出会ったガムナマールなんて比じゃない。

転生してすぐに感じた、あの謎の圧倒的恐怖感にも届くかもしれない程の威圧。


やばい。

アレに対して軽口を叩ける男もやばい。


⋯あ、ドラゴンと目が合っちまった。



「なんだ貴様は。失せろ。」



あっはい。そのつもりです。

名前も知らない男の人、頑張ってくれ。年齢的には俺より10ほど上か?いい顎髭だと思う。うん。さよなら。


踵を返して立ち去ろうとする俺。

情けないとかなんとでも言われてもいい。コイツはやばい。


以前、考えた『生存本能』について。

あれに当てはめればコイツは『逃げ』の選択肢しか選ばせてくれない奴だ。ぶっちゃけ『殺すぞ』とか言われなかっただけ良かったと思う。


⋯また、鬱になりそうだな。


なんか男が後ろでなんか言ってきてる気がするけど無視無視。

振り返ったら、後戻り出来なくなる。間違いなく。



「さぁ仕切り直しだ⋯。」



仕切り直すなよ⋯

どっか別のとこでやってくれ。頼むから。



「今一度名乗ろう。我が名はテュラングル。我が紅蓮の」


「あーはいはい。業火でチチンプイプーイな。分かった。うん。」



うわ、煽るなぁ。

なんかビキビキって音聞こえるし。絶対頭に青筋入ってる音だろ。あんなバケモン相手にあの軽口、余程の実力者がアホだな。まぁもう、関わらないようにしよう。



「おい銀灰竜。どっか行くのは構わんが、俺から離れると命の保証ができなくなるぞ。」



⋯ぐ。

それを考えていなかった。このまま帰ったとして、あの2人の戦闘の余波が飛んでこないとも限らないし⋯


しかし、わからない。

何故、ここまで俺を生かそうとするんだ?


⋯いや今考えるべきはそれじゃない。


このまま立ち去るか、振り返って留まるか。

立ち去った場合は先程の内容が、振り返った場合はドラゴンに焼き殺されるか、どちらにしろ危険性が高い。


⋯⋯俺は⋯








⋯⋯⋯。









俺はアイツを信じる。



「そうだ。それでいい。」


「同族のよしみで見逃してやろうと思ったが⋯機会を逃したな。」




恐る恐る振り返る。

物凄い形相で睨んでくるドラゴン⋯⋯テュラングルっていったか。爬虫類のような縦長の瞳孔、重騎士の鎧の如き真紅の鱗、幾百も幾千も獲物を屠ってきたであろう鋭牙、鉤爪。


心臓の鼓動が大きすぎて地面が揺れている気がする。


全身から大きな水溜まりができそうな勢いで汗が吹き出る。


あの煌々と緋色に輝く瞳を見ているだけで、こちらの目が焼けてしまいそうだ。



だが、俺は逃げなかった。


俺は⋯まだ──⋯









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