第3話・そうだ、修行しよう。

 


──チュン チュン⋯



「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯んぅ⋯うぅっ⋯」

 


 朝か⋯⋯良い目覚めだな⋯。

 昨日の焚き火は既に真っ黒な灰になり火は完全に消えていた。

 俺は、昨日の様に尻尾をペチペチした。

⋯不思議な感じがする。そりゃあ、人間の頃には無かったし興味を持つのは当たり前だろう。


 クルクル回してみたり、後ろの小石を掴んでみたり、目の前で横に波打たせてみたり。

 結構、可動域が広い。右に左にゆーらゆら⋯⋯

 不意に、脚で尻尾を押さえ付ける。⋯いや、何か身体が勝手に⋯⋯


 中々捕まえられない尻尾に、いつしか俺は本気で捕まえようとしていた。



「⋯ッ!!⋯⋯ッ!!待てこのっ⋯」



( ゜∀ ゜)ハッ!と我に返った。

 ⋯違うんだ。これは身体が勝手にやった事であって俺の意思では⋯!!

 くそう!!か、身体が勝手に!!⋯ぅ、うわ〜っ待て尻尾〜!!








 






──カサッ⋯



 尻尾に何かが当たった感触がした。

 尻尾を使い取ろうとするが、中々取りずらい。薄い紙の様だった。

 仕方無く振り向いて確認する。矢張、紙だった。ただの紙ではなく、手紙の様な物で封筒に包まれていた。前脚を伸ばして取ろうとするが、やっぱり取りずらい。面倒臭くなった俺は、地面の土ごと抉り取った。封筒を破き、中身を取り出す。



『おはよう。』



 俺はドキッとした。手紙に挨拶された様で。⋯実際はただの言葉だが。

 手紙は『おはよう。』から始まり、下に数行の文章が綴られていた。



『よく眠れたかな?銀色の竜君。昨日の話は覚えているかな?』



 昨日⋯⋯⋯?

 ⋯あ、確か⋯白いワンピースの⋯少女の事か。いや、あれは夢じゃなかったのか?現実に起こった事だったのか?⋯内容は⋯⋯そうだ、どっかに向かってくれみたいな感じだった様な⋯



『お〜覚えているねぇ。結構結構♪』


 

 て、手紙に先を読まれている⋯

 少し悔しい気もしたが、俺のこれからの行動を左右する物なので再び目を文章にやった。⋯何か少し文字が歪な気がする。まるで子供が書いた様な⋯?



『さて、きっと君ならここまでしか覚えていないだろうから昨日の続きから話すね♪』



(・д・)チッ



『まぁまぁ、怒らないでくれ?話を進めよう。昨晩、私が立っていた場所は分かるね?そこから、真っ直ぐ80km先にベルトンの街がある。錬金術で有名だから、道行く人に聞いてみれば迷う事はないよ♪』



 錬金術⋯ねぇ?なんか紀元前のエジプトとかでも存在したとかネットの記事で見た事あるが⋯⋯。まぁ、ここは異世界だしな。それぐらいあって当然か⋯



『⋯そうか、君に取っては何もかもが初めての事なんだよね。よし、分かった。君に基本的な情報を提供して上げよう。』



 お!!それは有難い。

 今の俺は無知過ぎる。少しでも情報が欲しかった所だ。



『うん、先ずはこの世界の生き物に着いてだ。君が昨日戦った奴ら。あれは、この世界一般的に【魔物】と呼ばれている。そして、魔物には名前が付いている。全く誰が付けたんだか⋯。おっと、話が逸れたね。続けよう


 昨日の奴らはガムナマールという名前だよ。基本的に3〜7程度の複数で行動しているよ。金色の瞳を持っているけど、まるで月みたいだね♪知能が高くて獲物を誘い出して狩りを行うよ。君は見事に引っ掛かっていたけどww


 ま、そんな事はどうでもいいよね♪(この野郎⋯馬鹿にしやがって⋯)



 魔物がいるのならおおよその世界観は分かるよね?

 その他の情報は後で教えよう。細かい事はそっちを見てくれ。




 ⋯さて、


 大切なのはここからだ。君にそのベルトンの街に行って欲しい理由は2つ、

 まずは人に会って欲しい。その人の名前は【ヴィルジール・バディスト】。中々の実力者だからね?喧嘩は売らないこと。


 彼は温厚な性格だから、普通に話しかけて大丈夫だよ。声を掛けたら、軽い挨拶をしてから【ハクゲンさんの紹介です、貴方の次の行き先に同行させて下さい】と言ってくれ。彼は絶対に断らないから安心してくれていいよ♪』



 ハクゲン⋯?日本人みたいな名前の人だな⋯。と言うか、紹介なんてされて無いが⋯いいのか?勝手に名前を使っている様だが⋯。

 それに⋯【魔物】か⋯物騒な響きだな。



『もう1つは、折角の錬金術を真近で見られるんだから、異世界の醍醐味を色々味わってくれ、って話♪⋯⋯そうだね、1年は同じ365日として暦で言うと今日は12月23日だから、8月11日の6時迄にさっきの【ヴィルジール・バディスト】に会ってくれ。猶予は約7ヶ月間。それまで間に力を身に付けてくれ。⋯⋯それと、この手紙の裏に地図とか色々書いてあるから有効的に活用してね♪』



 手紙はそこで終わっていた。

 まとめると8月11日迄に『ベルトン』という街に行き【ヴィルジール】という人に会う。そのついで異世界を楽しむ。それまで、力を付けて備えておく⋯こんな感じか。⋯う〜ん、やるべき事があるのは何もしないよりはマシだが⋯力を付けるって、修行とかするのか?何をすれば⋯


 俺が悩んでいると、封筒の中から、小さな本の様な物が落ちてきた。



「『自由に使ってね♪』⋯?」



 見るとそれは手帳だった。

 開くと、月ごとにページが別れ、文字が書ける空白の欄が日付ごとにあり、予定帳や日記帳として最適な代物になっていた。しかも丁寧な事に1ページ目の1番上の日付は『23』と書かれていた。勿論、12月だ。


 手帳の間には羽根ペンが挟まれていた。正に用意周到だな。

 俺は早速、ペンを取り手帳に向かった。⋯⋯1日目はどうしようか⋯?



『取り敢えず体力を付けるために走り込みをしよう!!』


『適当な魔物に喧嘩売って実力を付けよう!!』



 ⋯正直、戦闘は昨日行ったばかりなので感覚を忘れない為にも戦闘のトレーニングはして置きたい。⋯しかし、体力が無ければ話にならない。いくら昨日は疲労しなかったとは言え、戦闘した時間は数十分だし、相手は少なかったし⋯(いや、4対1だったけども)

 悩み所だな、これは。普通の戦闘だけでも体力は付くが⋯感覚重視でついでに体力も付ける運動と、体力向上の為の運動とじゃあ差が出るよな⋯


 あれだな、ハイリスク・ハイリターンだな。

 戦闘力を欠いて、大幅に体力を付けるか、戦闘力を付けて上手く立ち回れる様にして、体力はそこそこ付く⋯⋯⋯


 う〜ん⋯猶予が約7か月なら、ずっと戦っているより前半で基礎的な体力をつけ、後半からトレーニングすれば長時間戦闘ができる様になるよな。


 逆だったら、前半に戦闘力が付くが後半は体力向上の運動しかしないから、結局感覚を忘れてしまう恐れがある⋯⋯⋯よし!!決めた!!



『取り敢えず体力を付けるために走り込みをしよう!!』⬅



 俺は手帳の12月〜3月まで、全て『修行』の文字で埋めた。

 途中でインクが切れたのだが、癖で上下に振るとインクが復活したので困る事は無かった。これが魔法ってやつか?凡用性あるな。


 早速、修行に取り掛かる⋯と行きたい所だが⋯

 振り返り、辺りを見渡す。焚き火の灰を片付けながら俺は考えた。

 今の俺は、この湧き水がある場所以外に綺麗な飲水を確保できる場所を知らない。あの湖の周辺に、ここと同じ様な綺麗な水が湧き出ている場所があれば運動後に身体を流してから、水分補給が短時間でき、更には魚などの食料まで入手できて理想的なんだが⋯


 あの木の実も湖の周辺で採取したんだよなぁ⋯考えれば考える程、理想的な環境だな⋯。毎回2〜3km移動するのは⋯疲れはしないが面倒臭い。俺は黒刀を手に取って向きを変えた。

 


 兎に角、腹が減っては戦はできぬ。

 朝食を取りに行こう。湖へレッツゴーだ──⋯






 NOW LOADING⋯






──パチ─⋯ッ⋯パチパチッ⋯



 焼き魚うめ〜

 昨日は水に潜って1匹づつ素手で取っていたが⋯折角作った黒刀を使えばよかったな⋯。本当に万能だ、コレは。包丁としても銛としても使える。1番は武器としてだが。まだ武器として使った事ないけど。⋯魚うまい。

 

 ムシャムシャ⋯ついれひ、ふぃおこひついでに、火起こしもふぇふぃふもできる



「⋯ゴクリ⋯⋯ふぅ。」



 ご馳走様でしたっと。

 そう言えば、この湖の名前は『リーゼノール』と言うらしい。

『リーゼ』は巨人を意味するらしく、『ノール』は湖を意味するらしい。

 つまり『巨人の湖』って事だな(手紙の追試から抜粋)

 確かに巨大だ。端から端までが見えない。最早海だ。


 ⋯にしても、水平線がほぼ真っ平らだな。地球なら沿って見えるが、此方はほぼ平らだ。これはこの星が地球よ遥かに大きい事を意味するな。だから、湖1つですらここまで大きく、地球とは違う生物が誕生するのか。幼体の竜ですら、尻尾の先から頭まで全て合わせれば2m近くあった。


 ⋯⋯不思議だよなぁ。世の中って。







 ⋯あ、忘れていたが俺のこの個体は『グレイドラゴン』と言って、ごく一般的な魔物らしい。他にも『レッドドラゴン』とか『ブルードラゴン』とかいるらしくゲームで言えば結構サブキャラ寄りらしい(手紙の追試から抜粋)


 ただ、俺の身体は灰色ではなく銀色なので少し変わった個体だそうだ。

 他にも、普通の個体には俺みたいに『角』は無く、瞳の色も体色と同じになる筈なのに君の瞳が碧色なのは特殊だ、と書いていあった。


 俺は、貰った地図を広げた。

 ここら辺の地形や、土地の名称が詳しく書かれている。真ん中に大きな湖がある。『リーゼノール』と書かれている。どうやら、この湖は縦に楕円形をしている様だ。地図の右の所に赤い目印がある。『ベルトンの街』。


 湖より10数cm程しか離れていない様に見えるが、かなり遠いのだろう。

『現在地』と書かれた場所が、昨日少女が立っていた場所だろう。湖からは、ほんの数mm程しか離れていない。ちゃんと東西南北を示す、方位記号も書かれていた。ここまでやってくれるのは本当に有難い。⋯が、1つ気掛かりな事が俺にはある。それは、現在地、湖、街の位置関係だ。

 

 どうしても湖を迂回する必要がある⋯あの時、少女は『真っ直ぐ』と言っていが⋯船でも出ているのだろうか?出ていたとして⋯俺は魔物だし警戒されるのは間違いないとして、言葉が通じるかも怪しい。⋯迂回ルートを練っておくか。


 手紙をしまおうとした時、俺は地図の中に妙な印があるのを発見した。

 青い目印で水滴のマークが書いてあった。不思議に思った俺は。現在地を確認し、そのマークがある場所がそう離れていない事を向かう事にした。


 マークを発見した瞬間から、俺はある期待を抱いていた。確証の持てる物ではなかったが、無いよりはずっと良い。俺は、前かがみの体勢から地面に手を着いた。



(──⋯距離で言えば約5km、走れば10程で着く⋯!!)



 勢いよく飛び出す。

 背後に小さなクレーターができ、風圧で火が消え去る。





 今日は少し機嫌が良い。『自分のやるべき事』が見えてきたからだ。

 神は『やるべき事はおのずと見えてくる』と言っていた。その通りだ。

 僅かだが道は示された。ならば、それに向かってただ全力で向かえば良いだけの話だ。

 


 竜は嗤っていた。湧き上がってくる感情を、そのまま力にして加速した。

 自分らしくいる事が、ここまで楽しいとは⋯⋯全く『運命』とは本当に⋯



「面白いもんだ!!」──⋯






NOW LOADING⋯






「おう⋯次の夏にはそっちに行けるから⋯⋯え?何?国王がうるさい?

(チッ、頑固ジジイめ⋯)

 あ〜⋯適当に言い訳しといてくれ。じゃあな。」



 女性の焦る声が聞こえたが俺は無視して、魔導通話を強引に切る。

 近くにあった椅子に倒れ込む様に座る。木材が軋む音が部屋に響いた。

 その様子を見ていた小さな影が、ゆっくりと近付いて来る。



「また活動報告書類の催促ですか?」


「ん〜?まぁ、な。」



 男性に話し掛けた『それ』は人間の言葉を発したが、姿形は人間以外の全く別の生き物だった。『それ』は男性が座っている椅子の横にあるテーブルに淹れたての紅茶を置いた。男性は軽く頷きカップに手を伸ばす。



「⋯便利な物が出来たもんだよな〜⋯『魔導通信』だけっか?全く、誰が考えついたんだか⋯」



 紅茶を啜る男性。

 明茶色の短髪、焦げ茶の瞳、これと言って特徴は無いが、整った顔のパーツを見るに、人から色男と呼ばれるには十分な顔をしているのは明らかだ。


 ⋯1つ、訂正するなら『色男』の定義について、だ。

 ダンディーな雰囲気の男性を色っぽい男、色男と表現するのなら、彼はその表現には当てはまらない。口、顎髭は無く、小ジワの一筋すら無い顔は、より若い『美男子』の表現が似合うだろう。


 幼さすら感じる顔とは裏腹に、全身には防具を纏い、くつろぎつつも鋭い目付きが、彼をただ者では無いというのを物語っている。



 彼は1口飲んでから、息を着いた。

 カップをテーブルに戻し、天井を見上げながら腕を組みながら、眉間にシワを寄せている。そう、彼の機嫌はよろしくない。



「正確には『魔法音声伝導通信機器』ですけどね。設置してある場所は限られていますが、大型のギルドなどから設置の依頼が多く、最近は増加傾向にあります。考案者は、ディバイス王国の魔法学者で名前は⋯」


「あ〜分かった!分かった!丁寧な説明ありがとう。もういいぞ。」


「そうですか?もう少し詳しくお伝えしようと思っていたのですが⋯」



 残念そうに声のトーンを落とす。

 人間では無いと言う事は、勿論、魔物である事を示すが魔物の中には高い知能を持つ者や、特殊な個体である事が多い。この場にいるのは後者の方である。後者である理由はかくかくしかじかだが、少なくとも敵ではないのは様子から、安易に想像ができるだろう。


 見た目は兎の様だが、当然の様に二本足で歩き、その姿は人間の子どもの姿と重なる。身体はブラウンの柔らかな毛に覆われ、透き通った青色の目をしている。


 橙色のチェック柄のベストを身に付け、首からは細かな装飾の施された金色の懐中時計を下げ、そこには小さく『Grace』と彫られている。どうやらそれが名前の様だ。



「⋯!そう言えばグレース、お前もう直ぐ誕生日だよな?」


「ヴィルジール様⋯何度言えば分かるのですか⋯『グレース』ではなく『グレイス』です。間違えないで下さい。」


「はぁ?変わらねぇだr⋯「変わります!!」



 屋敷中に大声が響き渡る。

 ヴィルジールと呼ばれた男性は耳を塞いで防御していた。反射的に閉じていた目を開けて兎を睨み付け、彼も反論した。



「じゃあ!!言わせて貰うけどなぁ!?お前だって何回言ったら『様』じゃなくて『さん』って言ってくれんだよ!!あぁ!?堅苦しいんだよ!!」


「な⋯ッ!?何ですって!?『堅苦しい』!?私は貴方を主人として、自身を下僕として貴方に接して来たつもりだったのですが、その結果がこれですか!?」


「そぉゆぅとこ!!俺はお前を『下僕』とか思いたく無いんだよ!!ちゃんと対等な『相棒』として接して欲しいんだよ!!」



──ぎゃーすか ぎゃーすか⋯


 




──────ドッタン!!バッタン!!







──────────パリーン⋯⋯グワッシャアァァンッ!!

 


「あらあら、また『夫婦喧嘩』かしら?」


「ホント、仲のいい事よねぇ?オホホホホ⋯」

 


 外を歩いていたお婆さん達が屋敷の窓から見える二人(1人と1匹)を超温かい目で眺めながら通り過る。普通なら揃って『『そんな事ない!!』』みたいな感じになるのだが、このコンビは『ツン』はあるが『デレ』が無いのが残念なポイントだ。『夫婦喧嘩』と呼ばれるのは、決してお互いに手は出さないからだ。物騒な音は単なる威嚇音d⋯



──ドガァアアァァァンンッッ!!チュドオォォオオオォオンッ!!



 単なる威嚇音である('ω')

 因みに先程のグレイスと言う兎形の魔物はメスで、これも『夫婦』と呼ばれる由縁である。この世界では、条件はそれぞれだが魔物を『パートナー』として連れ添う事ができる。彼女の場合、ヴィルジールに引き取られた時の条件は『俺が指示した時以外、決して傍を離れない事』それだけだった。


 そう、さっきも誕生日を確認したり『対等』に扱い、堅苦しい表現を嫌がっているのは、彼なりの『優しさ』なのである。しかし、本人はそれを『優しさ』とは思っていない。これはある意味当然で、彼は自分の感情に素直なだけなのだ。所謂『鈍感』とか言う、ハーレム系のアニメや漫画などの主人公が、ほぼ確定で持ち合わせている、世の中の野郎たちなら誰でも欲しがるモテスキルである。


 真面な相手なら、勘違いで好きになったりするかも知れないが、相手も相手。そう、この場合、相手のグレイスも鈍感なのだ。ヴィルジールは性格の問題だが、彼女は⋯⋯その⋯『過去』がアレなのだ。シリアスな展開になってしまうので、今はまだ控えておくが。少なくとも、彼女はヴィルジール以外の人間は信用していない。人間の『優しさ』に触れた事が無いので、その感情がどんな物なのかを知らないのだ。だから、反応も『それっぽく』なってしまうのだ。



「ハァ⋯ハァ⋯ついでに言っておきますが⋯私の誕生日に贈り物は結構ですのでお構いなく。」


「何ぃ?誕生日に贈り物が要らないだと?人の親切をスルーすると無いわぁ〜欲しい物とか無いのかお前は。物欲ゼロか?あぁ⋯そうかぁ?物欲がゼロだから愛想もゼロなのか(笑)ど〜せ好きな物とか無いんだろうなぁ!!可哀想〜」


「有りますよ⋯欲しい物くらい⋯」


「いいや嘘だな。本当なら俺が訊いた時点で即答する筈だね(笑)」



 しょ〜もない煽り方だが、これでも彼なりの作戦があるのだ。

 頑張って考えた物だろうが、子どもレベルだと言う事に本人は気付いていないのが痛い所だ。しかし、偶然にも相手がよかった。



「き、決め付けですね。何でも自分の想像通りだとでも思ったんですか?」


「強がるなって⋯な?うん、分かったから言い訳するな。弱く見えるぞ?」


「ぬぐ⋯⋯っ⋯」


「あ〜俺、夏に向けて色々準備しなきゃあな〜?それじゃあグレース、俺、手続きとかしなきゃいけないから、ちょっくらギルドマスターに会ってくるな?」



 紅茶を飲み干してから、彼は勢い良く立ち上がる。

 踵を返して、扉へ向かう。グレイスは歯を食いしばって、目をギュッと閉じていた。あと数cmでヴィルジールの手がドアノブに触れる──⋯





 


 









「ヴィルジールさn⋯様の母上がお作りになるキャロットケーキ!!」


「⋯⋯あぁ分かった。楽しみに待っとけ!」



──ガチャン⋯


 

 グレイスは頭を抱えた。

『さん』と言いかけたのは、それが本心だからだ。本当はそんな風にもっと親しい雰囲気で接したい。でもどうしても自分を縛る何かがあり出来ない。


 長い耳を折って、蹲った。この時、ヴィルジールとグレイスは全く逆の事を考えていた。



(やられた⋯!!)(やってやった⋯!!)



 俺は家を出て、道を歩いていた。

 日が落ちて辺りは暗く、道端の街灯が光を灯していた。

 ギルドマスターに会うのは本当の事なので、上手くダシに使わせて貰った。

 にしても⋯『キャロットケーキ』か⋯確かに、前に家に母が訪ねて来た時に作って持ってきたっけ。グレース⋯いや、グレイスは部屋の隅で警戒しまくってたよなぁ⋯懐かしい(笑)


 母が帰った後も、落ち着かない様子だった。

 ケーキを勧めても、すっごい嫌がったがどうしてもあの味を伝えたかった俺は無理矢理口に詰め込んだんだよな⋯少し可哀想だったか⋯?


 その後に、黙り込んで様子が変だったんだけど急用が入ってほんの少しだけ、外出したんだけど⋯いやマジでほんの数分だったんだけど、帰って来たらケーキがない事に気付いて、グレイスに訊いたら『知りませんよ?』って。口元にオレンジ色のケーキ生地が付いていたのに⋯説得力無いぜ⋯可愛かったから許したが。


 それ以降、彼女は俺の母自体への警戒は解かなかったが『ケーキは悪く無いです』とか言って俺の分まで食べちまうんだから酷いよな。


 許すんだけどな、ハハッ。






 ⋯さて⋯今度の夏に俺が行くベルトンの街は錬金術で有名なんだよな。

 別に錬金術を見に行く訳じゃないが。⋯⋯じゃあ何しに行くかって言えば、

 その街に用事がある訳じゃなくて、その街のずっと先で、大規模な魔物の群れが森を荒らしているって情報があったから、招集が掛かったという次第だ。


 付近には、オークの群れもあるから合流されたら厄介らしい。

 オークの群れは、現段階では落ち着いていて人間に危害を加える可能性は低いと聞いた。あくまでも、目標はその大規模な魔物の群れだけだ。


 で、その魔物の群れには人間側も人数で抵抗しようって言うのが『上』の判断らしい。正確には、俺を含む『実力者』を先に送り込んである程度、魔物の数を減らして置いて、大人数で一気に叩くって算段⋯らしい。


 全部聞いただけの話だが、恐らくだがこれは此方の被害を最小限にする為に頭の悪い奴らが考え付いた案だろう。


 だが別に俺はそれで参加を辞退し、関係ない人を見捨てる程、愚かな人間じゃない。俺がそのために武器を取る理由は、その群れに『魔王が関わっているかも知れない』からだ。


 まだ確かな情報は無い。

 だから今からギルドマスターの家に凸って無理矢理聞き出しに行く。

 アイツは『民に不安を与えない為』とか言って情報の公開を避けている。

 民に取っちゃあいい事だが⋯俺みたいな人間はそれでは困る。


 取り敢えず、参加はする。

 で、その戦場となるであろう場所に向かう為に、途中の立ち寄り所としてベルトンの街にある俺の別荘というか⋯⋯別荘があるんだ(金持ちっぽい響きだから好きじゃないんだよ)そこで本格的な準備をして、いざ!!って感じだ。


 今の所は安定しているが、いつまた活発に動き始めるか分からない。

 少なくとも今年の秋までは、大丈夫だろうという事で、人間陣営は絶賛戦闘準備中だ。



「さてぁと⋯」



 俺はギルドマスターの家の前に立った。

 身体中の骨を鳴らす。今の俺はちょっと不機嫌だ。

 屋敷からは光が漏れている。つまりアイツはいる。⋯⋯⋯行くか。



 俺は姿勢を低くして、地面に手を着いた。

 正面には鉄で造られた頑丈そうな門が立ち塞がる様に構えていた。

 まぁ⋯俺にとっちゃあ鉄の門なんぞ薄っぺらい紙の壁も同然だがな。


 俺は情報が欲しいだけ。

 こっちは命を掛けている。相応の対応をして貰ってもいい筈だ。





俺は脚に力を入れる。






















 




──────────⋯⋯⋯⋯ッ!!!!

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