温泉旅行が当たりました6

 旅館に着くまでの道の途中たえは、ずっとご機嫌だった。


 大きなパンダのぬいぐるみ(たま)を抱き締めて、ちょっと大きなお子様だな。



 隣のご機嫌な幼馴染みを横目で見ながら、本当に買って良かったと心の中で呟いた。


 たえの抱き締めている、この巨大なぬいぐるみは予約限定で、この旅行に合わせて注文していた物だ。本来は郵送のみの予定だったらしいがミュージアムの方に取りに行きたいと連絡した所最初は驚いた様だったが快く受けてくれてリボンやラッピングもしてくれていた。


 たえに隠れてぬいぐるみを受け取りに行き手渡される時に、


「奥様、綺麗な方ですね?」


 なんて言われて少し舞い上がってしまった。


「ねぇ何かまことニヤニヤしてる?どうしたの?」


不味いな顔に出ていたか?


「何でもないよ」


 少し乱暴に隣のたえの頭を撫でる。たえの事を奥様とか言われて思い出してニヤニヤしてしまった、なんて恥ずかし過ぎる。


「たまちゃんパーンチ!!」


 ぬいぐるみで軽くパンチをしてくるたえに、


「うわー、やられたー!!」


 と子供っぽくおどけて見た。急に奥様とか何とか言われるよりもこれ位が良い。子供っぽい位が良い。


 THE日本家屋一階建ての平屋遠くから鳥の鳴き声と鹿威しのカコーンという音が聞こえる。ここが今日泊まる温泉旅館。着いた時間は5時近く旅館の白壁が夕焼けで少しずつオレンジ色に染まろうとしていた。車から降りた俺達は旅館の荘厳さに、しばし唖然とする。


「凄い、こんな所に泊まれるの?」


 こんなたえの声を聞いて思わず俺はニヤニヤしてしまう。


 この旅館が俺の好きなアニメ『君と歩もう旅天使(通称、旅天使)』で登場する宿のモデルで、


 アニメ旅天使でこの旅館に泊まる前にヒロインが言うセリフが「凄い、こんな所に(略)」だったからだ。


 ヒロインがたえそっくりだから余計ニヤける。


 こいつ知ってて言ってるんじゃ無いよな?


 まぁ俺には、こいつの顔を見ただけで何も含みの無いのが解った。


 顔を見ただけで解ってしまう幼馴染みって奴は……そこまで考えて少し恥ずかしくなってしまった。


 中に入ると待っていたのはエンジの浴衣を着た四十代前後風に見える仲居さんらしき人、聖地巡礼の旅へようこそという文字とアニメキャラの書かれた大きな等身大のパネルだった。


「あらあらー」


 それが第一声、仲居さんさんが僕達……ではないな、たえと等身大パネルを見比べて、ニッコリ笑い、


「いらっしゃいませイヤァねぇ、えーとマンガじゃなくて、そうそうアニメが放送されてからウチもそういう、こすぷれ?って言うのかしら?そういう格好で来てくれる方が増えてねぇ凄いわねぇ良く解らないけど」



 と、たえを見てコロコロと笑い、



「今まで見たなかで一番そっくりよぉ本当に綺麗な子ねぇ、あの板(パネル)から飛び出て来たみたいよ」


 等身大パネルに書かれているのはアニメ旅天使のヒロイン黒髪の天使……まぁたえにそっくりな子だ。


「いっいえ別にコスプレとかじゃなくて……」


 真っ赤になって焦るたえと笑いを堪える俺。


 後で思い切り怒られそうだなぁと思いつつもニヤニヤが止まらない。


 まぁ推しアニメキャラと最大の推し(恋人)が一所にいる事なんて普通無いからな。


「そこ何時まで笑ってるの!!」


 ポカポカと俺を叩くたえと堪えきれずに笑う俺。


「本当お二人とも仲が良ろしいですねぇ」


 本当に申し訳無かったが俺達のじゃれつきは10分ほど続き仲居さんを少し呆れさせた。


「こちらがお部屋になります」


 畳敷きのかなり広い部屋で窓から見える風景も素敵だった。


 部屋の窓から見える総檜の露天風呂と青々とした緑と大きな池を中心に作られた日本庭園に俺達は言葉をしばし無くす。


 しばらく二人でボーッとしていると笑顔の仲居さんがお座り下さいと促してくれた。


 仲居さんは設備の使い方アメニティーグッズの説明、旅館内の案内等々を教えてくれたけど。多分僕らは半分も覚えていないだろう、それくらい俺達は二人とも心は外にある景色に釘付けになっていた。


 まぁ、たまには失敗も楽しむ事にしよう。


 仲居さんは俺達にお茶とお菓子のおもてなしをしてくれた後、後ろから冊子を準備している。


「あー久しぶりに美味しいお茶飲んだー」


「だなぁ緑茶なんて地元にいた時は当たり前だったし、やたらと買う物でも無かったよな」


「うん、だから実家から沢山送ってくれた時は嬉しかったなぁ」


 お茶を飲んで二人でまったりしていると、


「あらあら、お二人も地元はこちらの方なんですか?」


 目の前にお茶うけの豆大福がおかれた。


「そうですね俺達もう少し西の出ですが」


「ねっまこと、この大福美味しい!!」


「もし宜しければ売店の方で売っておりますのでお土産にどうぞ」


 そういって軽く会釈をしながら冊子を一冊持ってくる。


「先ずは浴衣はどういたしますか?女性用が五種類、男性用が三種類ございます」


 冊子をめくるとどれも素敵な浴衣が写真つきで載っている。


「ねぇまこと、これにしない?」


「ん?別に良いけど派手じゃない?」


「はぁそんな事言ってるからパンダ(白黒衣装)になるの」


 たえは小さくため息をついて仲居さんに冊子のこの浴衣とこの浴衣と言って決めてしまった。


「まことは素材が良いんだから、もっとお洒落しないと」


 しばらくして持ってきてくれた浴衣を二人で来てみる。


 俺の浴衣は黒地にオレンジの縁と刺繍がしており着て鏡を見てみると確かに格好良い。


「まことオレンジ好きでしょう?」だからか?この色なのか。


「うんありがとう、たえもその本当に素敵だ」


 たえの浴衣は俺のとは真逆にオレンジが主体で黒の刺繍。やっぱり男物よりカラフルで白や赤の花が散りばめられている


 長い髪を後ろでまとめて白いかんざしを着けている。旅館で借りる事も出来たのだけど、せっかくだからと売店で買った。


「これもアニメの奴?」たえに聞かれ苦笑いしながらうなずく。


「まことってそんなにアニメ見る方だった?」


 少し不思議そうに俺を見る。


「うん結構ガチで見てるかな?高校受験の時に夜遅くまで起きてるでしょ?その時にはまった」


「ラノベとかも?」


「その……ひく?」


 そう言えばこう言う事って、たえにも言って無かったな。


「どうして?」


「やっぱりちょっとオタク趣味過ぎかなって?」


「まことの場合オタク趣味ってよりも趣味多過ぎって感じかな」


「えーそうかな?」


「だってバスケやサッカーなんかのスポーツやって音楽やってアニメとか本とかも好きで旅行や遊ぶのが大好きで……」


 指折り数えるたえ。


 やっぱり苦笑いの俺。


「でも……私の事を一番にしてくれるなら、それで良いよ」


 俺は嬉しくなって、たえをぎゅっとした。


「俺の今の一番の趣味はたえと色々楽しむ事だよ。それだけ」


「今のって所だけ取り消さない?」たえが悪戯っぽく言う。


「変えないよ……お互い、ずっとそうである様に努力しようよ」


「うん」


 僕らは仲居さんが呼びに来るまでのしばらくの間ぎゅっとしていた。
























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る