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 暗い海の底で見つけた真珠みたいな涙が、幸子さちこの瞳からこぼれ落ちた。


 幸子さちこはそのまま、6畳の方のダンスフロアに立ち、ゆっくりと体を動かし始めた。


 水色のライトが、幸子さちこを照らす。


 見たことのないダンス。


 幸子さちこは常に、未来を生きている。



 ……アタシと違って。



「新曲、出たばっかりなのに、また新しいダンスの振り付け?」



「……そ☆」


 幸子さちこの瞳は、鏡の中の自分を見ている。


 笑顔なのに……あふれるパール。


「ごめん」


 罪悪感。


「なんでミカが謝るの?」


「……わからないから」


 友だちなのに。


「私も……分からないから」


 何が?……幸子さちこが何に悲しんでいるのかわからなくて悲しい。


「嬉しかったよ、本。全部。でも」


 幸子さちこは鏡に手のひらを合わせた。


 虚像と実像……二人の幸子さちこがアタシを見つめる。


「私は……ずっとこうだよ。……多分」


 幸子さちこの言ってる意味が全部わかった訳じゃなかった。


「……いいよ。それでも」


 アタシはそう言いたかった。


「……ごめんね、ミカ」


 幸子さちこに寄り添いたかった。


「真珠みたい。ミカの涙」


 言われて、涙に気づく。


 ダンスフロアは、緩やかに、青いライトが海みたいに揺れてる。


 冷たくて、悲しくて……だけどアタシたちは今一人じゃない。


 崩れ落ちた幸子さちこの姿は、暗い海の底の花みたいだった。

 

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