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幸子さちこっ!!!」


「……ふほーしんにゅー」


 幸子さちこはアタシから視線を逸らすみたいに、丁寧に靴を脱いだ。


 シューズストラップにポンポンマムの付いた、幸子さちこらしい可愛らしいストラップパンプス。


 幸子の真鍮のベッドには、ジュンが選んだブックランプが取り付けられていたし、真っ白なシーツの上には、アタシがあげた猫の物語に栞が挟まっていた。


 花柄のワンピースからよく知ってるベージュのパーカーに着替えて、幸子さちこはドサッと白いソファに座った。


 6畳の方のダンスフロアのミラーには、雪子せつこさんと由子ゆうこさんが書いたWith Love の文字が消されずに残っていた。


 上手く、言える気がしなかったけど、失いたくなかった。


 ……失う……?


 初めから、手に入れてもいなかったのかもしれないけれど。


 それでも、ベッドフレームに移されたペーパーフラワーに背中を押されて、アタシは言葉を紡ぎ出した。


「だ……大丈夫なの……?」


 幸子さちこは何も言わなかった。


「……本、どう?面白いよね」


 こんなことが言いたいわけじゃなくて。


「今日、ホラ、東京湾の例の真珠を見つけて来たんだ。近くでみたら綺麗、だったよ」


 違くて……!……喉がつかえるみたいに、言葉が出ない。


「えっと……」


 ……幸子さちこは何も言わなかった。


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