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「……記憶野原きおくのはら……」


 緋色のコートの男の声が一粒の星を纏う。


 それは俺の目の前に、ホタルみたいに飛んで来る。


「触れろよ」


「嫌だ!」


 足がまた動かない!


「何で……何でこんなところに連れて来たんだ!」


 逃げられない!!


「おい!何とか言えよ!!!」


 揶揄からかうように、一粒の星が舞う。


「一人で来たくなかった……からだよ」


「は!?……嫌だ……嫌だ!渡辺わたなべ!!来るな!!!……来るな!!!!」


「何でだよ?」



 だるような暑さの中、蝉の声が煩く響いていた。


 天頂から突き刺す太陽。


「ちょっと見してって言っただけダロ」


 渡辺わたなべの持つ青いソーダアイスが熱さにダラダラと溶けかけていた。


「わ、やべっ!相良さがらのせいでアイス溶けて来たじゃん!」


「我……俺のせいじゃない!夏だからだ!」


「……ま、いいケド。なんだ、元気じゃん。いつもプール休んでるみたいだけどさ」


 その夏、父が死んだ。


 母はうずくまっていて、俺は別の人格で辛うじて夏休みを過ごしていた。


 渡辺わたなべは誰もが話しやすいやつだ。我のプールのズル休みに気づいているとは思わなかった。


「なんかさ、相良さがら。服装変わった?なんか、禍々しいね!?」


 呆れたように、少し楽しそうに渡辺わたなべが言い切ったことが心地良かった。


「我……お、俺は魔王だから」

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