71# 前日

 原作ゲームのストーリー第一部、魔法学園入学編。


 流れとしては、入学式、新歓合宿の後は、軽く授業や日時パートを挟みつつ、次に控えるのは学年別トーナメントである。


 このトーナメントは、各学年に別れて決闘形式で闘技用のドームで戦うというもの。


 成績には直接関係しないが、このトーナメントには外部から多くの観客が訪れる。


 王国近衛騎士団や宮廷魔法師団の名だたる役職者、果てには異国の要人まで。


 それ故に好成績を残す事が出来れば、平民でも騎士団から声が掛かる事がある。


 既に就く仕事が決まっている貴族の嫡男や、長男の補佐が義務付けられる二男には関係無い話ではあるが、貴族でも三男以降の定職に就かねばならない者や、平民などは各方面へコネを作る為の自己アピールの場である。


 このトーナメントは学生達からすれば就職活動の一環であり、観客からすれば有能な人材を見つける場でもある。


 しかし原作ゲームに於いて、このトーナメントは魔物の襲撃を受けて中断する事となる。


 それは、四魔獣の一角たる戮翼デスピアの襲来。


 デスピアは、無数の鳥型の魔物を率い、闘技ドームに大勢の観客が集まったのを見計らった様に襲撃した。


 闘技ドームに集まった観客の中には、現役の軍人も多く含まれていた事もあり、アベル達はそれらと共闘する形でデスピアと魔物の群れを退けた。


 この魔物の襲撃により、少数ではあるが、観客の中で死傷者が出ていた。


 この一件で、巨大グリフォンについて聖女フランが《神託》にて調べた結果、四魔獣の存在と、その出現が魔王の復活の予兆であると判明する。


 しかし今回、既に戮翼デスピアはローファスにより討伐済みであり、それどころか四魔獣の元凶たる魔王ラースですら碌に戦闘も出来ない程に弱体化している。


 原作通りであれば四魔獣出現の影響で王国各地で魔物による被害が出ている筈であるが、元凶たる魔王ラースは現在、魔力の殆どを失い、ライトレス領で養蜂場の経営者として奮闘中。


 原作と違い、王国は——学園生活は、この上無く平和であった。


 誰しもがそんな何事も起きない当たり前の日常を過ごす中、アベルだけは不満に近い感情を募らせていた。



「あのさ! バトルの無い学園生活はただのギャルゲーなのよ! 異世界学園モノRPGはどうした!? 魔王は!? 四魔獣はどうしたー!?」


 学年別トーナメントを明日に控えた放課後。


 アベルは、学園の屋上広場にて一人叫んでいた。


 ギャルゲー。


 ヒロインは当然、新歓合宿以降、やたらと話かけてくる王国第一王女アステリア。


 サブヒロインは、ちょくちょく放課後にご飯をご一緒する先輩のミラ。


 騎士見習いのゴルドとも割と良く話している。


 レイモンド達からは険悪な態度を取られる事も無く、嫌がらせ等も受けていない。


 決して退屈では無いし、アベル自身も魔法の授業に真面目に取り組んでいる事もあり、非常に有意義な学園ライフを送っていた。


 しかし違う、これは断じて「ヴァイス・ストーリー」ではない。


 原作の学園生活は、王国各地の魔物被害に駆り出される事も多く、日常(授業や放課後)パートとバトルパートでメリハリが付いていた。


 それは、今回の日常パートオンリーな学園生活とは大きな違い。


『平和なのは良い事じゃないか。後、周りから不審人物を見る様な目で見られている。本当に程々にしてくれ』


 火の玉アベルより、割と本気で迷惑そうなトーンで小言を言われるアベル。


 アベルはキレた様に叫ぶ。


「平和? 無責任な事言ってんじゃねーぞ! 今の平和が未来の平和に繋がると思うなよ!? これだけ原作と展開が違うと、先の予測がマジで出来ねーんだよ! え、なに、魔王はもういないの? アンブレ以外の四魔獣はどうしたの?」


『そんなの僕にも分かる訳無いだろう…だが、我々以外の六神の使徒が何かしたのかも知れないな』


「あの学園長は何もしてねーんだろ。なら、他の使徒って事か? 何かしたって、まさかもう魔王やら四魔獣は討伐済みとか言わねーよな…てか、六神はなんで自分が選んだ使徒の情報秘匿し合ってんの。あいつら、実は仲悪いの?」


『六神同士の関係性は僕も詳しくは知らないが…それは《闇の神》に情報が漏れない為という話だろう。六神の使徒は誰一人として欠かしてはならない、と火神が言っていたじゃないか」


「言ってたね。今思えば、余りにも説明不足な気がするけどね!?」


 アベルは吐き捨てる。


 アベルの肉体にある二つの意識——前回の知識を持つアベル・カロットと、原作ゲーム「ヴァイス・ストーリー」の知識を持つとあるプレイヤー。


 彼等は、六神の一柱である火神に選定される形で使徒となり、今の巻き戻された世界のアベルの肉体に繋ぎ止められた。


 その際、二人は火神より必要最低限の説明を受けている。


 その内容は、リルカが風神より聞いたものと同じもの。


 六神により巻き戻された世界、そして六神それぞれに選ばれた六人の使徒。


 六神の使徒は《闇の神》の打倒に必要であり、誰一人として欠けてはいけないという事。


 そして六神同士でも、選んだ使徒の情報は明かしていないという事。


「いやマジで説明不足過ぎ。当の火神はあれから全然出て来ねーし。転生させるだけして放置かよ」


『“力を温存しておきたいから連絡は期待するな”だったか。神は人間との対話に相当な力を使うという話だ。どうしても話したいなら火神由来の遺跡か“祠”に来いと言っていたが』


「火神由来の遺跡ってそんな無いじゃん。少なくとも王都には無い。一番近いのだと“火神の祠”だけど…確か四魔獣の触爆ヘレスが暴れてた火山の頂上だっけ? それでも遠過ぎるわ」


 原作ゲームに於いて、“生ける溶岩”とも呼ばれる触爆ヘレスは、四魔獣の中で最後に倒される存在。


 戮翼デスピア戦以降は空賊緋の風の飛空艇イフリートでの移動が主だった為に然程気にならなかったが、王国の国土は広大。


 王都以外には汽車も通っていない為、隣町に移動するだけでも日単位での時間を要する。


「ここはまたアベルさんの全力疾走に頼るしかないかなー?」


『…言っておくが、あれはかなり疲れるからな。隣接する他領ならまだしも、“火神の祠”までなど冗談じゃないぞ』


「あ、キツい? んー…一回行けば転移結晶のマーキング出来んだけど。やっぱ初見の場所となると、飛空艇が無いと不便だなぁ」


 アベルは悩まし気に首を傾ける。


「やっぱ三年も待たずにヒロイン達に接触するべきだったかねー。ぶっちゃけ使徒の有力候補でもある訳じゃん?」


『有力候補、なのか? 僕も最初は使徒に選ばれているのはかつての仲間達だと考えていたが、アステリアは使徒では無かったしな…』


「光神が選んだ使徒は学園長だったな。となると、選ぶ基準がいまいち分からねーな…強さとか?」


『学園長は上級の魔法使いだ。それに王弟…アステリアの叔父に当たる人物。王家譲りの魔力もあるし、魔法の腕も一流と聞く。しかし僕の見立てでは、学園長よりもアステリアの方が強かった。まあ六神の加護の影響もあったし、一概には言えないが』


「…ま、いいや。考えても答えは出んでしょ」


 アベルは切り替える様に首を鳴らし、傾きかけの太陽を見上げる。


「トーナメントの後は他のヒロイン達と接触するか。四魔獣の騒動が起きないんじゃ、ヒロイン達との出会うタイミングも無いって事だし」


『ファラティアナに、リルカか…そうだな、あの二人が使徒である可能性は充分ある』


「んあ? あー…まあ、他の使徒を見つけるのも重要だけどさ。ここで出会っとかないとハーレムエンドまで行けないじゃん」


『ハーレム…お前、まだそんな事を』


「まだってか、ずっと言ってんじゃん。それにファラティアナは、俺達が行かないと重税に苦しみ続ける事になるじゃん。確かローグベルトのクズ領主は、拉致とか奴隷売買とかまでしてるんだろ?」


『領主というか、正確には役人だな。ローグベルトの領主はライトレス家だ』


「あー、そうだったね。となると最悪、ローファスと事を構える事になるのか…」


『前も言ったが、今の僕ではどう足掻いても勝てない。間違っても敵対しないでくれ。他の四天王達やレイモンドも、だ…少なくとも今は・・


今は・・、ね…まあ、了解りょーかい


 ミーティングは終了、とばかりにアベルは踵を返す。


 魔王や四魔獣が沈黙している以上、明日のトーナメントは何も起きない通過点、アベルはそう信じて疑わない。


 なんだったら優勝狙ってみるのも面白いかも、なんて他力本願に考えながら、アベル転生者は明日のトーナメントに想いを馳せる。



 ぼやける視界の中、ローファスの意識は微睡の淵に沈み落ちた。


 僅かに青みがかった艶やかな黒髪の少女が、制服を着崩し、半裸に近い姿でローファスの肩に身を預けている。


 その少女はローファスのよく知る人物——アンネゲルト・ルウ・トリアンダフィリア。


 ローファスとアンネゲルトは、学園生活に於いて、レイモンド等と共に行動している分、非常に近しい関係だったといえる。


 ただし、その関係を指す言葉は友情や腐れ縁といったものであり、決して男女の仲では無かった。


 故に、この様に半裸で身を寄せ合うなどという展開はこれまでに無く、ローファスはこの状況からは現実味が感じられない。


 微睡む意識の中、ローファスはそれが夢であると直感する。


 まさか学友との濡れ場を夢見る羽目になろうとは、とローファスは何ともいえない気分になる。


 欲求不満だろうか。


 確かに、学園生活に於いてローファスに最も近しい女性はアンネゲルトであった。


 とはいえ、まさか自分は無意識の内にアンネゲルトをその様な対象として見ていたのか?


 ローファスが割と本気で落ち込んでいると、身を預けていたアンネゲルトが口を開く。


「…入れ過ぎよ」


 ぼそりと、恨めしそうに呟くアンネゲルト。


 ローファスは狼狽える。


「な、何をだ…」


「何をって、魔力よ。全くもう、遠慮無しにバカスカ詰め込んで…」


「魔力…?」


 ふとローファスは、アンネゲルトのはだけた背中を見る。


 そこには、ローファスの血をインクに、緻密な魔法陣が描かれていた。


 ローファスは暫しそれを眺め、目を丸くする。


「魔力譲渡の、術式…?」


「今更何言ってんのよ。本当に大丈夫?」


 心配そうに顔を近付けるアンネゲルトに、ローファスは目を逸らす。


「…近いぞ」


「近いって、それこそ今更じゃない」


 こんな格好で寄り添っておいて、とアンネゲルトはくすくす笑った。


 アンネゲルトとの妙に近い距離感、そしてその姿も、ローファスが知るより少しだけ大人びている様に見える。


 これはまさか、物語の——未来の《影狼》の記憶…?


 ローファスは夢で見た物語の記憶を思い返す。


 思えば、四天王戦でアンネゲルトが用いていた超大規模な荊の魔法、そして学園そのものを覆う強力な結界。


 それらの行使には規模的にも膨大な魔力が必須。


 魔力総量が並であるアンネゲルトでは逆立ちしても行使は出来ない。


 その上で行使するとするなら、何かしらの手段で外部から魔力供給を受ける必要がある。


 その魔力供給を、ローファスが請け負っていたとするなら辻褄が合う。


 であるならば、これは《影狼》のローファスが《荊》のアンネゲルトに魔力を供給していた時の記憶…?


 ローファスはバラされたパズルを組み上げる様に、頭の中で状況を整理する。


 しかし、記憶という割には、普通にアンネゲルトと会話が出来てしまっている。


 《影狼》の記憶に沿ってそれを追体験している感じだろうか、とローファスは現状を分析する。


 黙して頭を巡らせるローファスを、アンネゲルトはじっと見つめ、軽く溜息を吐いた。


「最近分かったけどさ。あんたって頭の中で色々と考えてる時、凄い仏頂面になるのよ…無意識なんだろうけど」


「…仏頂面? 俺がか?」


「そ。不機嫌そうに見える。そこさえ気を付ければきっと令嬢達から引く手数多よ。あんた、顔は悪く無いんだから」


「そうか…気に留めておこう」


 何の気なしに返したローファスだが、それにアンネゲルトは意外そうに目を丸くする。


「あら…随分と素直じゃない。悪態の一つでも吐かれるかと思ったけど」


「貴様は俺をなんだと…」


「悪かったわよ。ちょっとイメージと違ったから」


 アンネゲルトはクスクスと笑い、そして言葉を紡ぐ。


「——今回の・・・あんたは大分丸くなってるじゃない。出会いにでも恵まれたのかしら?」


 その奇妙な言い回しに、ローファスは眉を顰める。


 今回の——まるで、前回・・と区別するかの様なアンネゲルトの物言いに、ローファスは目を鋭く細める。


「貴様、一体——」


 ローファスが問い詰めようとした所で、アンネゲルトは首に手を回し、ぐっとローファスを引き寄せた。


 唇同士が触れそうな程に顔を近付け、アンネゲルトは静かに言う。


前回・・、私達は間違えた。そしてそれは、もしかしたら今回も…」


 アンネゲルトは、寂し気に、切なげに続ける。


「レイモンドは止まらない…止められない——それは、レイモンド自身の意思に関わらず…」


「レイモンド自身…? どういう意味だ。貴様、一体何を知っている?」


 ローファスに問われるも、アンネゲルトは構わず続けた。


「…だから、ローファス。あんたがレイモンドを止めて。あんたなら…きっと止められる」


 アンネゲルトの頰に、罅が入った。


 それは亀裂となり、身体全体に広がっていく。


「お、おい!?」


 ローファスは驚き、焦った様にアンネゲルトの身体を抱き寄せる。


 しかしアンネゲルトの身体の崩壊は止まらず、少しずつ灰と化して崩れていく。


 アンネゲルトは崩れる身体の事など気にする素振りすら見せず、ただ微笑んで見せた。


「——そしていつか…レイモンドの、私達の望んだ世界を——理不尽の無い、優しい世界を——」


 それだけ言い残し、アンネゲルトは灰となり崩れ落ちた。


 手の中に残された灰を前に、呆然とするローファス。


 その直後に視界がぼやけ、意識は微睡に呑まれた。


 *


 ——ファス!


 ——ローファス!


 繰り返される呼び掛けに、ローファスの意識は覚醒する。


 目を開けると、眼前には心配そうに覗き込むアンネゲルトが居た。


 アンネゲルトはローファスが目を覚ました事に安堵する様に息を吐くと、少し不機嫌そうに顔を背けた。


「やっと起きた。居眠りだなんて良いご身分ね。そんなに私の説明は退屈だったかしら?」


「アンネ、ゲルト…?」


「そうよ。まだ寝惚けてるの? …本当に大丈夫?」


「…すまん、少し夢を見ていた」


 ローファスは残る眠気を振り払う様に乱雑に頭を掻く。


 しかし、余程夢見が悪かったのか、顔色は芳しく無い。


「悪かった、話を続けてくれ。重要なのは肥料の割合だったか?」


 ローファスは、話の続きを促す様に言う。


 ローファスは、ライトレス領で立ち上げた事業の一つである葡萄園について、アンネゲルトに相談を持ち掛けていた。


 アンネゲルトの実家であるトリアンダフィリア伯爵領では、林業や農業等を主な産業としており、アンネゲルト自身も植物全般に深い知識を持っている。


 ローファスが立ち上げた葡萄園も、業績自体は右肩上がりではあるが、最近少し停滞気味であった。


 最近では特に収穫量の減少に頭を悩ませていた事もあり、アンネゲルトに事情を話して意見を求めていた、という背景がある。


 ローファスが気絶する様に眠りについたのは、それについての対策や説明を聞いている最中の事だった。


 ローファスに先を促されたアンネゲルトは、溜息混じりに首を横に振る。


「説明はまた今度にしましょう。あんた、夜遅くまで自領の執務をしてるのよね? 念話で部下の人から報告を聞いたり、指示出しをしたり。あまり寝れて無いんじゃないの?」


「待て。そんな話、何処で…」


「レイモンドが言ってたわよ」


「レイモンドめ、余計な事をべらべらと……うん? いや待て、奴が知っているのもおかしいぞ」


「それは知らないわよ。レイモンドに聞いて」


「…そうするとしよう」


 何故かプライベートを知られている事に顔をひくつかせつつ、ローファスは深い溜息を吐く。


 話もそこそこに、アンネゲルトと別れたローファスは、一人になり再び溜息を一つ。


 先程見た夢は、果たしてただの夢だったのだろうか。


 夢の中でアンネゲルトが言っていた言葉——あんたがレイモンドを止めて。


 その時のアンネゲルトの切なげな顔が、ローファスの頭から離れなかった。

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