間話5# 白髪の騎士

 男は、とある侯爵家の直系として生を受けた。


 ヴェルメイ。


 侯爵家としては歴史の浅い一族であり、とある特殊な属性魔力を持つ事から、王家より優遇され、成り上がった貴族家。


 光、暗黒、火、水、風、地——これらが王国に於ける基本六属性。


 属性はその他に、氷や雷等と言った希少属性が存在し、それらは基本六属性の派生とされている。


 しかしヴェルメイ侯爵家が持つ属性は、それら希少属性とも異なる特殊属性。


 二種類の属性魔力をその身に宿し、混ざり合った結果全く新しい属性に昇華させる事が出来る者。


 王国ではそう言った者を《デュアル》と呼ぶ。


 ヴェルメイは、希少な《デュアル》を輩出する事で知られた名家である。


 その特殊属性とは——“黒炎”。


 火と、暗黒。


 異なる二種の属性、両方の性質を備えた自然界には存在しない魔法属性。


 火と暗黒の特性を持つ“黒炎”は、水中でも絶えず燃え続け、通常の火は当然として、光や雷等の発光属性に対しても属性不利と成り得ない。


 火と暗黒、互いの弱点を補い合う恐ろしくも優れた属性である。


 しかし複合属性持ちである《デュアル》は、強力な反面、生まれる確率も恐ろしく低い。


 ヴェルメイ家は、そんな希少な《デュアル》を何代にも渡り絶えず輩出しており、歴史が浅いながらも侯爵の地位にあるのはそう言った背景の為である。


 《デュアル》を絶えず輩出している——とは言え、生まれる子供全てが《デュアル》である訳では無い。


 ある男は、直系の血筋でありながら“黒炎”を待たずして生まれた。


 持つ属性は暗黒のみ。


 ヴェルメイ家に於いて、“黒炎”を持たない者は“失敗作”として分家に送られる。


 実の両親、血を分けた兄弟、そう言った繋がりは、“黒炎”を引き継げなかった時点で終わりを迎える。


 とは言え、分家に役割が無い訳では無い。


 分家の者でも、子供が“黒炎”を持って生まれれば本家に迎え入れられる。


 それに本人達の意思は、考慮されない。


 それがヴェルメイ家での常識であり、そうして何代にも渡り血筋の品種改良を繰り返す事で、強力な複合属性たる“黒炎”を持つ者を生み出してきた。


 血筋が重要視される貴族に於いても、ヴェルメイ家のそれはかなり特殊な部類に入る。


 そんなヴェルメイに生まれ、分家に落とされた男は、決して弱い訳では無かった。


 優れた魔力総量、魔法の才、武術の才。


 その男は、生まれた頃よりあらゆる面で人並み外れた才能を有していた。


 男が10歳の頃には、目に見える全ての人間が下等に見えていた。


 同年代の子供も、大人も、《デュアル》である本家の人間さえも。


 魔力総量でも、魔法でも、剣の腕も、誰であろうと負けるヴィジョンが浮かばなかった。


 男が持ち得なかったのは“黒炎”のみ。


 たったそれだけで分家に落とされた。


 男はそれが我慢ならなかった。


 成人の歳。


 学園の入学すら許されなかった男は、単身で本家に乗り込み抗議を行なった。


 その際、“黒炎”を操る父親や、兄弟達を相手取る事となる。


 男は、それらを容易く下した。


 本家の人間は、男に手も足も出なかった。


 この一件で、男はヴェルメイの本家より勘当を言い渡され、分家からも追い出される事となる。


 それから男は、王国中を放浪した。


 腕前を活かして商人の護衛に付いたり、討伐依頼のある魔物を狩ったりと、傭兵紛いの仕事をして食い繋いだ。


 男からしてその生活は、酷く退屈で空虚なものだった。


 仕事上で遭遇するのは野盗や魔物の類だが、それらは男が片手間に振るう剣の前に一太刀の元に散っていった。


 目に写る全てが弱かった。


 男は、所謂強者との戦いと言うものに憧れていた。


 しかし生まれてこの方、自分と同格の相手に会った事が無かった。


 戦う事は嫌いでは無いが、弱者を相手取っても何の高揚感も無い。


 幼い頃は良かった。


 目に写る全てが新しく、自分よりも強いもので溢れていた。


 今ではそれが無い。


 自分はきっと、強くなり過ぎた。


 男が感じたのは、これ以上の向上が見込めない事に対する深い絶望。


 しかしそれでも、心のどこかで望んでしまう。


 この世界の何処かに居るかも知れない、自分と同格か、或いはそれ以上の相手との闘争を。


 いつしか男は、強者を求めて国内を転々としていた。


 気付くとその足は、まるで吸い寄せられる様に、貴族家の中でも武闘派と言われるライトレス家の領地に向いていた。


 ライトレスの先代当主は、かの帝国との戦争時には名を馳せた武人であり、現当主はその先代を下して当主になったと言う。


 当主の交代を決闘、所謂実力で決めると言うのは、数ある貴族家の中でもかなり異質なものだった。


 徹底された実力主義。


 それは現王国の貴族社会に於いては、非常に珍しいもの。


 そんなライトレス家の現当主は、男と然程変わらぬ歳らしい。


 その上ライトレス家には、剣聖たる最強の男がいる。


 男は思う。


 果たしてその者達は、自分よりも強いのか。


 王国各地を巡り、実力者と目される者達と何度も剣を交えて来た。


 とある領の無敗の騎士。


 5000人規模の盗賊団の頭目。


 刃を通さぬ堅牢な鱗を持つ人喰いの巨竜。


 街一つを裏から支配していた上級悪魔。


 これまでに千を超える戦いに身を投じてきたが、男の記憶にかろうじて残っているのはこの四人(体?)のみ。


 皆一様に何やら物々しい異名も持っていたが、それでも男が剣を振るい、立っている者は居なかった。


 魔法を使う必要すら、無かった。


 そして次は歴代最強と噂される現剣聖に、暗黒貴族の若き当主。


 これらが名ばかりの者達でない事を祈りながら、男はライトレス家の門を叩いた。


 *


 敗北した。


 生まれて初めて喫した、言い訳のしようも無い完全なる敗北。


 相手は暗黒騎士の筆頭にして、現剣聖。


 剣も魔法も、持ち得る全てを出し切った上で負けた。


 現剣聖の卓越した剣術の前に、なす術も無かった。


 男がやったのは、所謂侯爵家屋敷への襲撃。


 動機は、ただ強者と戦いたかったと言う、まるで子供の様な何ともふざけたもの。


 これまでに敗北の経験が無く、どのような事も実力でどうにかなってしまっていたが故の、思慮の浅い短絡的行為。


 敗北した上で捕らえられ、当然死罪は免れない。


 貴族家としても、襲撃犯に対して甘い対応は出来ない。


 しかし、その上でライトレス家の当主は、男の処刑を取り止め、襲撃そのものを隠蔽する様指示した。


 当主は、男の持つ能力の高さにいち早く気付いていた。


 剣聖に一蹴されたものの、男の実力は他の暗黒騎士と比べても遜色無い程に高かった。


 その男の実力は、経験と技術により磨かれたものではなく、純粋な潜在能力から来ているもの。


 戦闘経験を積み、技術を磨けば何者にも負けぬ強者となる資質を持っている。


 きっとそれは、上手く扱えればライトレス家にとって大きな力となる。


 当主は男に選択を迫った。


 ここで死ぬか、ライトレス家に仕えて力を磨くか。


 男は暫し考え、こう返答する。


「自分よりも弱い人間の下に付きたくはない。不躾だが、先ずは貴方の力を見せてもらいたい」


 それは敗者とは思えぬ不遜な要求。


 しかし男は、己よりも弱い存在に仕える位なら、死んだ方がマシだと考えた。


 確かに男は負けた。


 人生で初とも言える明確な敗北。


 しかし、それで己の信を曲げる事は出来なかった。


 ここで信を曲げる事が出来たなら、きっと男はヴェルメイの分家の身分に収まっていたであろう。


 当主は男の要求に、寛大に応じた。


 そして男は、人生で二度目の敗北を喫する。


 それは、剣聖を相手にした時以上の、完膚無きまでの敗北であった。


 当主との試合形式での力比べは、半日に渡り続けられた。


 男が何度膝を着こうと、倒れ伏せようと、それが誰の目から見ても勝敗が決していようとも、その試合は続けられた。


 男は何度も倒れ、その度に立ち上がって当主に立ち向かった。


 男が自ら敗北を認めるまで続ける。


 それは、試合を始めた当主が決めた事であった。


 倒れた回数は100を超え、動けなくなった時には治癒魔法を施された。


 試合が半日続き、日が傾き始めた頃。


 遂に男の心が折れ、敗北を認めた。


 この日、男はライトレス家に忠誠を誓った。


 アルバ・ロト・ヴェルメイ。


 後にライトレス家最強の騎士となる男。


 暗黒騎士の筆頭となるのは、これより10年先の事。


 *


 アルバは非常に高い潜在能力を持っていた。


 暗黒騎士となり、経験と技術を磨く事でアルバは恐ろしい速度で成長していた。


 元より異様に潜在能力が高かったアルバは、これまで同格以上と戦闘する機会に恵まれず、成長する事が無かった。


 しかし、暗黒騎士となってより危険な任務に身を投じる事で、まるで滝を登る鯉が昇竜に転じるが如く、その実力は青天井に高められた。


 アルバは喜びと同時に、寂しさの様なものも感じていた。


 実力を付けていく内に、当初は理解すら出来ていなかった剣聖カルロスや、当主ルーデンスの実力が鮮明に見える様になった。


 己よりも遥か高みにいたカルロスやルーデンス。


 しかし、その差は日に日に狭まっていた。


 アルバの成長は止まる事を知らず、その実力は近い内に、年老いて衰えの見えるカルロスを超えるだろう。


 そして、それはきっとルーデンスにも言える事。


 ルーデンスは魔法技術を極めた魔法使いであり、魔力総量だけを見るならば並以下。


 潜在能力だけで言うなら、アルバの方が圧倒的に高い。


 そしてそのアルバは、日に日に力を増しており、経験、技術共に最高峰とも言えるレベルに到達しつつある。


 到達した時、アルバは容易くルーデンスを超えるだろう。


 ルーデンスはアルバにとって、かつて己を降し、その上成長出来る環境を与えてくれた恩人である。


 ライトレス家に対して誓った忠誠も、決して嘘では無い。


 しかし、それでも虚しさを感じてしまう。


 このまま成長を続ければ、ライトレス家に来る前の自分に戻ってしまいそうで。


 強過ぎるが故に、まともに戦えるだけの敵がおらず、成長も出来ずにただ日々が過ぎていく。


 そんな地獄に、自分は耐えられるだろうか。


 アルバは一抹の不安を覚えていた。



 そんな不安を感じ始めて少ししてからの事。


 ライトレス領にて超大規模の魔力災害が発生した。


 発生源は、ライトレス家嫡男のローファス・レイ・ライトレス。


 雲一つない晴天が、ローファスの魔力暴走により暗黒色に染まり、広大なライトレス領全体が暗闇に包まれた。


 多くの領民が、高密度の魔力波を受けて意識を失った。


 アルバは当時、間近にてその光景の一部始終を見ていた。


 魔法の余波を受け、瀕死の重傷を負った次男、それを抱きながら涙ながらに止める様懇願する奥方カレン。


 それの盾となり、魔力暴走を抑え込もうとする当主ルーデンス。


 そして、天上にてその身を暗黒に染め、狂った様に笑う破壊の化身——ローファス。


 言葉で言い表せない程に膨大な魔力を前に、アルバは膝を付いた。


 強大な力を前に、アルバは初めて戦う前から膝を折った。


 天地がひっくり返ろうとも、アレには絶対に勝てない。


 アルバの本能がそう告げていた。


 そして、今まで悩んでいた事の全てが馬鹿らしく思えた。


 自分程度が、何が最強か。


 身の程知らずも甚だしい。


 自分なぞ、道端に並べられたドングリの中で、他よりも少しばかり大きいだけの取るに足らぬ存在に過ぎない、


 最強となり得る存在は、今目の前に居た。


 真に己が仕えるべき存在は、ずっと近くに居たのだ。


 アルバは歓喜のあまり涙を流し、自然と頭を垂れていた。


「あぁ、やっと見つけた…我がマイ神よゴッド…」


 平伏し、額を床に擦り付けるアルバ。


 アルバのそれは忠誠と言うよりも、信仰や陶酔に近いものであった。

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