第41話 メインディッシュ・デコイ。 ◼︎公爵◼︎



王位奪取計画・終章

愚かなデコイ

ミーナ・マーテル男爵令嬢 の場合




 ◼︎ベルトハイド公爵邸◼︎




 セラーズ侯爵夫妻を送り出し、静寂を取り戻したはずの公爵邸は、再び騒々しくなる。



 両親を捕らえられたミーナ嬢が、ベルトハイド公爵邸に連れて来られたのだ。




「…わぁ!イリスのお家に来たの初めて」



 そう言ったミーナ嬢は、普段の彼女と比較すると少しばかり元気が無かった。



 あんな事があった後だ。


 当然と言えば、当然だが…。




 公爵がミーナに向けて、口を開く。

「ミーナ嬢。君の今後について、話をしなくてはならない。もう少しだけ頑張れるかな?」



「…はい。イリスのおとうさま」



「ありがとう。では、皆を食卓に集めてくれ、あぁ…軽食だけ用意してくれ」



 そう言って公爵は、テキパキと指示を飛ばす。



 公爵とイリスとミーナは、そのままベルトハイド家の食卓へと向かう。




 ミーナはイリスの左隣、公爵に近い位置、夫人の席に座ろうとするが、それは、イリスが華麗に誘導し、自身の右隣に座らせ阻止した。



 その一連の動作だけで、ミーナに向けられる使用人達の視線が、一気に厳しいものになったが、当の本人は気が付いてはいない。




▼△▼



 少しすると、夫人とアリスが入室してきた。



 それを見たミーナが、声を張り上げる。

「あぁ!あの時の!お人形さんの女の子だ!」



「…フフ。ご機嫌よう?」

 声をかけられたアリスは、楽しそうに微笑んだ。



 だが、にこやかなアリスとは対照的に、非常に残念ながら、ミーナの大きな声を聞いただけで、夫人の美しい額には、青筋が浮かんでいた。



「ああ。そうだよ…妹のアリスだ…」



「えぇ!そうなの!?ていうか、狡いよ!

 家族みんな美人なんて!ミーナ恥ずかしいよぉお!」



「…君が恥じる事はないよ。

 けれど、ミーナ嬢。少し声を落とそうか?


 …今日の君は聞き役なんだ。だから、極力静かにすると…約束してくれるかな?」



「うん!わかった!イリスと約束する!…ミーナ静かにするね?」

 ミーナ嬢は、後半は囁くように言った。



「あぁ。その調子だ。いいぞミーナ嬢」

 イリスのその言葉に、ミーナは嬉しそうに微笑んだ。



 いつもと違うイリスの様子を、ベルトハイド公爵家の面々は、精一杯笑いを堪えながら、見守っていた。


 反抗期真っ盛りの冷たい息子が、幼子に語りかけるような、優しく柔らかな対応をしているのだ。


 イリス自身は、これまでの経験から、1番上手くミーナを誘導しているに過ぎないが、ベルトハイドの面々は、イリスのそんな様子を、初めて見る。


 それはとても衝撃的で、そして心から笑える光景であった。

 


▼△▼



「…コホン。では、最初にゲストの話をしようか」

 と、公爵が話始める。



「先ずはミーナ嬢に、今の状況を理解してもらう所から始めよう。わからなくなったなら、すぐに聞いてくれ、いいね?」




「はい。わかりました」




「よろしい。では、説明するよ。


 男爵邸でも述べたように、君が配っていた菓子から、毒が出てきたんだ。


 君は毒など知らないと言った。

 これに関しては、我々は君を疑っていない。


 君はやっていない。それは既に調べがついている。


 けれど、君は知らなかったとはいえ、ジーク殿下や令息達に、毒物を食べさせてしまった。


 しかも、継続的にだ。ここまではわかるね?」




「…ミーナ、みんなが喜んでくれるから…頑張ってたのに…どうしようっ…」


 ミーナ嬢が、再び涙ぐむ。




「…君にその意思はなかったとしても、事実として王族に毒を食べさせてしまったんだ。


 これは、当然許されることではない。


 けれど、君は毒を盛っていない。


 ならば何故、毒が入っていたのか…。


 君は、菓子を配る前に、毎回ステラ嬢に、包装や仕上げをお願いしていたね?


 実はその時に、ステラ嬢が毒を入れていたんだ」





「そんな!?ステラが!?どうして…」




「…ステラ嬢も残念ながら、他の誰かに指示されて、脅されて仕方なくやっていたんだ。…ここまではわかるかな?」




「…はい」




「実際には、ステラ嬢が菓子に毒を盛っていた。


 けれど、ミーナ嬢が作った、ミーナ嬢が配る菓子に毒が入っていたんだ。


 この状況だと、世間はどう考えると思う?


 ああ、これだと難しいか…君はどう思うかな?」




「えっと…えっと…ミーナが作って、ミーナが配ったお菓子だから、…ミーナが毒を入れたと思う!…あれ?」




「その通りだ。正解だよ。


 君がいくらやっていないと主張しても、

 それが例え、真実だとしても、


 他のみんなも、今の君と同じ様に考えて、君と同じように、君が犯人だと思ってしまうんだ」




「ううっ…どうしよう…ミーナやってないのにっ!!」

 ミーナ嬢の目には、みるみる涙が溢れてくる。



 そんな様子を、冷たく見やる夫人と、楽しそうに微笑んで見ているアリスと、少しだけ不安そうに見るイリスがいた。





「どうしたら良いだろうね…。

 ミーナ嬢の菓子の件は、また後で考えよう。


 先に、マーテル男爵夫妻の話をしよう。


 ミーナ嬢のご両親は、禁止薬物や毒物を大量に輸入、流通させて、輸出していた。これは歴とした犯罪だ。


 つまり君のご両親は、とても悪い事をしていたんだ」




「そして、更に残念なことに、ステラ嬢に毒を渡していたのも、マーテル男爵夫妻だった。


 つまり、マーテル男爵夫妻は間接的に、ミーナ嬢が毒を盛る状況を、彼等が手伝って作っていたんだ。


 …わかるかな?」




「…ミーナは、パパとママのせいで、…みんなに毒をあげちゃってたって事?」




「…その通りだ」




「うわぁああーん!どうしてぇええ!」


 耐えきれなくなったのか、ミーナが机に突っ伏して泣き出してしまう。





 耐えかねた夫人が、顎でイリスに指示を飛ばす。


 イリスは仕方なく、ミーナ嬢に語りかける。





「…ミーナ嬢。辛いかもしれないが、父は君を追い詰めたいわけじゃない。


 君に状況を、正しく認識して欲しいだけなんだ…。わかるね?ミーナ嬢なら大丈夫だ」




 イリスの言葉に、ミーナは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げる。



 そして、ミーナはイリスから優しく差し出されたハンカチで、思いっきり顔を覆い、ついでに盛大に鼻を噛んだ。




 そんなミーナに、更にイリスが畳み掛ける。




「…それに、優しくて素直な君なら、きちんと状況を受け止めて、みんなにごめんなさいって、言いたいんじゃないかな?…その為にも、続きを聞くんだ。いいね?

 …さぁ、涙を拭いて、出来るね?」



「ぅ、うぇ。イリスぅ。ミーナがんばぅ…」



「…良い子だ。…さぁ、続きを一緒に聞こう」




 公爵は、ミーナが落ち着くのを待ってから、再び優しい顔と優しい声で語り出した。




「…ミーナ嬢。私は君が毒を盛っていない事も知っているし、君がそういうことを出来る子でも無い事は、イリスから聞いて知っているよ。


 だから、マーテル男爵夫妻から、委任状…君に関する対応はお任せする。という、書類にサインを貰ってきたんだ。


 このまま、君がミーナ・マーテル男爵令嬢でいると、君のご両親の罪と、君が菓子に毒を盛った事にしたい者達の意志で、君は悪者に仕立て上げられて、命を失ってしまうだろう。


 …だから、君には今日限りで、男爵令嬢を辞めてもらおうと思うんだ」




「…え?」




「…女の子には、手っ取り早く籍を変える方法がある。


 【自由恋愛】を好む君からすると、多少酷かもしれないが、君の命を守る為なんだ。それが今回の事件の罰だと思って、素直に受け入れて欲しい。


 ……出来るかな?」




「う、うん!ミーナ頑張るっ!生きてみんなにごめんなさいって言う!」




「…よろしい。でもその前に、1つだけ君にアドバイスをするとしよう。次からは、同意する前に、内容を確認した方が良いよ。…君の為にもね?」




 そう言うと公爵は、酷く楽しそうに微笑んだ。



 ミーナはよくわかっていないのか、目をパチクリさせただけであった。




「…では、君には結婚してもらうとしよう。

 明日婚約して、1週間後に結婚だ。いわゆる政略結婚ってやつだ。もしかしたら、君が1番忌み嫌うもの…かな?」




 公爵の言葉に、ミーナはポカンと口を開けて、驚いた様な顔をしていた。



 そんな彼女に、更に畳み掛ける。



「君には、顔も名前も知らない男性と、結婚してもらおう。

 なに、貴族の社会ではよくある話だ。案じる事はない。

 

 それに君を救うのに、一番都合が良い。どうだろう受け入れられるかな?それとも…大人しく死を待つか…。


 どちらが良い?君が決めてくれて良いよ?」




 そう言って公爵は、優しく微笑んだ。

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