潮時と襲撃

「あああ本当腹立つ! なんで止めたんだよ! あたしが馬鹿にされるより腹立ってんだよこっちは!」

「もう落ち着いてください……私は大丈夫ですから」

 怒り心頭のメロを宥めながら帰路につく。一度火が付いた怒りの炎はなかなか鎮火しないようだ。これは一度寝るか酒を飲まないと落ち着かないなと判断し、コンビニへの近道を頭の中で弾き出して路地裏を曲がった。

 それにしても、彼女はこのところどうも落ち着かない。うろうろと意味もなく歩いてみたり、かと思えば宙に視線を彷徨わせてぼんやりしたり。突然苛々したり、好奇心や衝動を抑えられなくなったり。

 いよいよ本当に脳の限界ボケが来ているのかもしれない。これまでボスの指示で記憶を奪ってきた人間は三年半で五十六人。その間のどうでも良い記憶を足し合わせても、食わせた記憶の総量は相当なものだ。本物の認知症患者のように、段々メロの頭の中で認識の辻褄が合わなくなってきて、混乱しているのかもしれなかった。

 潮時なのだろう。こんな能力の使い方は、彼女には負担が大きすぎる。

 止めるのはきっと、介助用アンドロイドの私の役目だ。

「メロ、もう――」

 隣のピンク頭にそう言いかけて、後頭部に赤い点を見つけた。光学照準器レーザーサイト、と認識するより早くメロを抱き締めて路地に倒れ伏す。消音器で抑えられた銃声と共に二発がチタンの毛先を掠めて火花を上げた。

 砂利に突っ伏した少女は何が起きたか分からず身体を起こそうとする。

「何す――」

「メロ。何か来ます」

 振り向くと路地裏の細い空を背負い、男が銃口をこちらに向けていた。顔をフードで隠しているが、あの背格好は見覚えがある。組の人間だ。この状況のもたらす意味と私のやるべき事を高速演算で弾き出す。

「……狙いは私達の処分、ですね」

 二十メートル先の襲撃者は次弾を放とうと構えを取る。上体を起こしたメロの胸に赤い点が灯った。

 相手に聞こえないよう声を絞り、傍の彼女に短く告げる。

「起きたら逃げて。見つからないように、どこか遠くへ」

 そして主の胸に飛び込もうとする鉛玉をすんでの所で掴み――襲撃者に見えない角度で素早く鳩尾に肘鉄を入れる。メロはまるで凶弾を受けたかのように、その場に崩れ落ちた。

「……さよなら、メロ」

 別れの囁きは、その耳に届いただろうか。ピンク頭は動かなかった。

 メロを仕留めたと確信したらしい男は一瞬ホッとした顔をして、再びこちらに銃口を向けた。その引き金が引かれるより先に、私は地面を蹴り時速百二十キロで男に飛びかかる。

「ぐあっ!」

 馬乗りになり、握っていた拳銃の砲身を握り潰す。金屑を散らして使い物にならなくなったそれを、その辺に放った。良かった。これでメロに危害が及ぶことはもうない。

 安心も束の間、襲撃者は起き上がって私を押し倒し、顔に数発拳を入れた。

「はぁ、はぁ……ロボットの癖に人間様に楯突いてんじゃねえ!」

 私は全身の力を抜き、気を失った振りをして目を瞑る。痛覚は無いから全然痛くないのだけど。

「襲撃の証拠にボスに見せたら、その後スクラップにして捨ててやるよ」

 男は私を肩に担いで組事務所への帰路に着いた。薄目を開け、現場に残してきた主をそっと振り返る。

 さようならメロ、どうか無事で。

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