可愛い〇△▢は俺のアレを握らないと安心して眠れないそうです……。
「……そろそろ寝るか」
秋の気配が漂い始めた九月の夜、俺、
「んっ……!!」
パソコンデスクの椅子に座りながら頭の後ろで腕を組み、大きく伸びをする。
スイング機構のある椅子の背もたれが大きく後方に倒れこんだ。
がさっ!!
視界の隅で何か動くのを捉えた、俺の部屋は机の後方にロフトベッドがあり、
その下がオープンクローゼットになっていた。
おそるおそるロフトの梯子を上がる。
物音を立てないように、ゆっくりとベッドスペースを覗き込む。
「……誰もいない」
俺は予想外の状況に激しいとまどいを覚えた。
「布団の中に誰もいないだと!? 真奈美はまだ部屋に来ていないのか。外階段の扉の鍵も掛けていないのに。おかしいな、はっ!! マズい、前回とまったく同じシチュエーションにしないと
そうだ、俺は妹の未祐と約束したんだ。家族同然の愛犬ショコラを亡くして女子高に通うどころか、半月も家から出られないほど心を痛めてしまった幼馴染の
これまで何とかぎりぎりのバランスを保ていたのは愛犬ショコラの与えるしっぽの癒しが大きかったんだ。精神の拠りどころを亡くした真奈美は夢遊病のようにさまよって、偶然幼いころに遊んで馴染みのある俺の部屋にたどり着き、ロフトベットの中に身をひそめていたんだ。そして偶然握った俺のアレがちょうどショコラのしっぽにサイズ感も似ていて、依存してしまったのが前回の顛末だ。
「……本当にこれで良かったのか? 未祐。お前は自分の気持ちを押し殺して俺を送り出したんじゃないのか……」
そして妹の未祐が俺に提案したのが、まだ心神喪失状態の真奈美を救い出すために、もう一度、同じことをやり直す作戦なんだ。未祐は涙ながらに訴えてきた。
真奈美ちゃんを救えるのは俺だけしかいないの!! 未祐の言葉に心を打たれてこの場所に
だが、真奈美の姿はロフトベッドにはなかった。確かに彼女は伝言のメモで今夜、また俺の部屋にしっぽのお散歩でお邪魔しますと確かに書いてあったんだ。
「わんわん!!」
未祐の部屋から今日お迎えしたビションフリーゼの仔犬の声が、かすかに聞こえてきた。もふもふで真っ白な身体はまるで生きたぬいぐるみさながらだ。本当に可愛い。懸念していた愛猫のムギとも結構仲良くしている。俺も生粋の動物好きだからひょんなことから家族が増えるのは本当に嬉しい。だけど腑に落ちないのはなぜ急に未祐の奴はわんこをお迎えしたんだろう……。
「まあ、わんこは可愛いから別にいいか。それより真奈美は今回はこないんじゃないのか!? 未祐との計画も無駄かもしれないな……」
諦めかけて再度ロフトベッドの階段を上がろうとしたそのとき。
ポーン、ジュワワワワ~ン♬
耳慣れない音が部屋の隅から聞こえたぞ!? 何だ、この音は!! 俺のノートパソコンの起動音と違うぞ……。
【……システムチェック。遠隔にてバージョンアップ開始します。この作業は自動で行われます。乗員が着ぐるみにドッキング済みの場合は速やかに退去して下さい。危険を伴う場合があります】
おわっ!?この機械の合成音声は、俺の部屋に置き去りのままのわんこの着ぐるみから聞こえてくるぞ!! なぜ勝手に起動しているんだよぉ……。
【警告、エアフォースわんこタイプR改の内部に熱源感知、着ぐるみスーツ内部の監視カメラにより判別、性別、女性一名が現在ドッキングしています。神経中枢への
ええっ!? 着ぐるみの中にいったい誰が入っているのぉ!?
それに神経中枢に針を接続ってかなり危険じゃないのぉ!!
【危険です、危険です】
くりかえし警告アラード音声が流れる。とりあえず着ぐるみの中の人を救助しなければ!!
急いで六畳間の壁にもたれ掛かっているわんこの着ぐるみに駆け寄った。
あのアニメ同好会の騒動のままだ。背中を壁に付けて大きなたれ耳の頭はうなだれているように見える。
「くそっ!? いったいどうやって頭の外すんだ。俺が被らされたとき、未祐は簡単そうに脱着していたのに……。固くて全然取れないぞ!!」
良く見るとスタンバイモードに移行しているようだ。着ぐるみの頭についているインジケーターが緑と赤の点滅を繰り返している。これは起動中の証なのか!?
【スーツ内部、自動洗浄。スタンバイ。高温になりますので危険です】
あああっ!? とてつもなくヤバいぞ。何とかしなければ!!
インジケータ脇のボタンを全て押してみるが何も反応しない、このボタンじゃないのか!?
混乱した頭の中に、前回俺が着ぐるみに入っていた際に朦朧とした意識の中で聞いた会話が蘇ってきた。
『押しても駄目なら引いてみよう!!』
これは未祐の声を聞いたんだ!! そうか、引いてみるか!!
おれは壁際に手を這わせ、着ぐるみの背中の隙間に腕を突っ込んだ。
そしてわんこの着ぐるみのしっぽを渾身の力を込めて引っ張った!!
キュユユウウウン……。
軽い作動音と共にインジケーターのランプがすべて消灯した。
と、止まったのか!?
急いで着ぐるみの頭を外す。かぽっ、という小気味よい音がしてわんこの頭部が脱着出来た……。中に入っていたのは!?
「ま、真奈美っ!? なぜおまえが着ぐるみの中に入っているんだっ!!」
「う、うう~ん、あれっ、拓也君? 私はいったい何をしていたの。お部屋に来たら真っ暗で何か固い物につまずいて転びそうになったの。そうしたらもふもふな感触に身体が触れて、気が付いたら包み込まれるような心地の中で私は気を失ってしまったの……。」
まだ意識がおぼつかない様子だ。とりあえず肩を貸してソファーに真奈美の身体を座らせる。
「……真奈美はわんこの着ぐるみの中に入って気絶していたんだ。何かその後のことは覚えているか」
「う~ん、そういえば中で変な声が聞こえたよ。うなげや、とか言ってたかな? それと遠隔操作で更新作業のために着ぐるみの頭部を装着します、とか言っていたよ……」
そうか!! スマホの自動更新みたいにこの着ぐるみも遠隔操作でバージョンアップ更新作業をしていたんだな、だから真奈美が偶然、着ぐるみの胴体に入り込んだ後で、そばに転がっていた頭部が強制装着されて中に閉じ込められてしまったんだ……。おそるべし技術力だぜ、わんこの着ぐるみスーツは!!
「……拓也君。私は何をやりにこの部屋に来たんだっけ。真奈美全然覚えていないよ、ただ記憶にあるのはこの部屋が懐かしくなって、そして未祐ちゃんや拓也君の遊んでいた昔の日々を思い出していたの」
まだ混沌とした状態のようだ、目の焦点もおぼつかない、これは着ぐるみの警告アナウンスで言っていた神経への針による接続の影響なのか!?
「……真奈美!! 身体はどこも痛くないか!?」
「う、うん、どこも痛みはないよ。少し寝違えたみたい肩が張っているけど、大丈夫だと思う」
良かった!! 身体に異常は無いようだ……。
「真奈美、まさか先日この部屋に来たこともまったく覚えていないのか!? じゃあショコラはどうだ!? お前の愛犬で家族同然だったショコラ君だよ!!」
まさか真奈美はショコラが亡くなったことも忘れているのか!?
「……ショコラ君とはさっきこの部屋で会えたの。ううん、これは真奈美の妄想じゃないよ。このわんちゃんの着ぐるみの中に入って意識を失っているときに、ショコラ君はずっとそばにいてくれたの。私、ショコラ君から言われたんだ。真奈美ちゃん、僕が亡くなったことをそんなに悲しまないでって……。だってショコラ君は天国から出られないわけじゃなくてお空を飛べるんだって。私たちの住む地上と天国の間を自由に行き来が出来て、真奈美や自分を可愛がってくれたみんなのことを見守っているから安心して欲しい、とショコラ君は私にやさしく教えてくれたの……」
「ショコラがそんなことを!? あいつ、最後までカッコつけやがって……。真奈美、やっぱり俺にはしっぽの代わりは務まらないよ。だってお前の小さなボディーガードには逆立ちしたって敵わないから……」
「……拓也君も信じてくれるの?」
「ああ、だってショコラと真奈美は本当の兄妹同然だからな、それはあいつが天国に行ったとしても変わらない……」
「うん、拓也君と未祐ちゃんみたいにね!!」
そして俺と真奈美はソファーの上でそっと肩を寄せ合った。彼女の身体から幸せが伝わってくるような気がして、とても穏やかな気分になれた。
そして今も俺の頭の中に、はっきりと声が聞こえてくるんだ。
ショコラが真奈美にやさしく呼びかける心の声が!!
しっぽをちぎれんばかりに振るショコラの愛くるしい姿と共に……。
奇跡の神様は案外身近にいて俺たちに寄り添ってくれるのかもしれない。
そう、お空の上から真奈美を優しくみつめるショコラのように……。
ほら!! あいつの声がまた聞こえてきた。
もし僕が先にお空にいっても、
上からずぅっと真奈美ちゃんを見守ってあげる。
僕を家族にしてくれたお礼に……。
「ショコラくん、ありがとう……」
これが俺と真奈美が六畳間の部屋で体験した不思議な出来事だ……。
次回に続く!!
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☆★★作者からの御礼とお願い☆★☆
応援して頂いたこの作品も、いよいよ次回が最終話になります。
ここまで応援して頂いて本当にありがとうございます。
最終話は本日、夜20:05頃に更新予定です。
少しでも面白かったと感じて頂けましたら、最後に星評価の★★★を押してやってください。
今後の励みとして大変嬉しく受け取らせて頂きます。
では最後まで何卒お付き合いのほど宜しくお願い致しますm(__)m
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