可愛い女の子たちは俺のアレについて興味深々だ。そのさん
「……未祐ちゃん、大丈夫、顔色が悪いよ、真奈美、話すのを止めようか?」
私は現実に戻って差し向かいに座る真奈美ちゃんの言葉を固唾を呑んで待っていた。
「……真奈美ちゃん、未祐は大丈夫だから、話の先を続けて」
そして半月も真奈美ちゃんが学校を休んでいた理由とは!?
……ここから先の話には
拓也お兄ちゃんが中学三年生のころ、まだ未祐と同じ部屋だったときの何気ない会話から始まった。
未祐にとって、いつも明るい太陽のような存在のお兄ちゃんが妙にふさぎ込んでいたことがとても気がかりだったんだ……。
その日は夕食を済ませて部屋に戻ってからも、拓也お兄ちゃんと一言も会話を交わさなかった。
……重苦しい空気が六畳間に流れる。ロフトベッドの上段、下段に分かれている兄妹の距離感がとても遠く感じてしまう。
会話の口火を切ったのはお兄ちゃんからだった……。
『……おい、未祐、お前は学校でのポジションは陽キャ、陰キャだったら、いったいどっちに属しているんだ?』
『何、拓也お
『……うん、ちょっと中学校でな、変な事件が起きてさ、気になっちまったんだ』
当時、ある女子生徒が中学校の校舎屋上から飛び降りた事件があった……。
奇跡的に校舎前に植樹されていた木が女子生徒の身体を受け止め天然のクッション替わりになり、一命は取り留め病院に搬送された、しかし精神的な外傷が残ってしまったと聞いた。拓也お兄ちゃんと未祐が通う平凡な中学校で起きた事件、上級生でクラスは違うが当然、私の耳にも入っている。とてもセンセーショナルな出来事だったから……。
……問題なのはその生徒に苦悩する原因が見当たらないことだった。
いじめどころかクラスの中心的存在で性格も明るく誰からも好かれるタイプで、
学年やクラスは違うが未祐から見たら学校カーストの頂点に位置する上級生で、
どこか羨ましく思えるくらいだった……。
そんな生徒が一体何故!? 学校中が噂で持ちきりになったのは人気者だった彼女には隠れファンクラブがあったのも影響している。その後も未遂に終わったが、後追い自殺を企てる女生徒も現れたほどだ……。
悲しみは連鎖する、不穏な空気が当時の中学校に蔓延していたんだ。
拓也お兄ちゃんが未祐に変な質問を投げかけた
まだ中学校に通う登下校を真奈美ちゃんと一緒に帰っていた道すがらで、何気なくお兄ちゃんは聞いたことがあったそうだ……。
『真奈美、お前はいいよな、学園一の美人で、その上、才女でさ、俺と違って友だちも多くて毎日が充実している感じでとっても羨ましいよ……』
その会話の意味に他意はなく、拓也お兄ちゃんには当時の真奈美ちゃんが本心からとても羨ましく思えたそうだ……。
お兄ちゃんの投げかけた言葉に対して真奈美ちゃんの答えは、意外な物だったと聞いた。
『ホントはね、そんなことないんだよ、拓也君、真奈美も疲れちゃうときが結構あるんだよ……』
そのときのお兄ちゃんは気にも留めなかったそうだが、例の事件が起こってから真奈美ちゃんのその言葉がとても気になったそうだ……。だから未祐に陽キャ、陰キャとか変な質問をしたんだろう。
学校の人気者だからって人生の全てがバラ色って訳ではない。
真奈美ちゃんは幼馴染の拓也お兄ちゃんにだけそっと本心を告白していたんじゃないのだろうか!? そして中学時代にはかろうじて抑え込んでいた彼女の中の葛藤が、家族のように可愛がっていたショコラが天国に召されたことが引き金になって、心の均衡と言う名の
実は未祐みたいに持たざる者のほうが幸せなのかもしれない……。
自殺未遂にまで追い込まれてしまった女子生徒の胸中にも、誰も覗くことの出来ない暗く深い河が流れていたに違いないから。
我がアニメ同好会の広瀬部長も似たような話をしていたな……。エアフォースわんこタイプR改の着ぐるみ騒動の後、拓也お兄ちゃんのドッキング作戦でベビーパウダーまみれになった身体を洗い流そうと提案されて、後で一緒に入ったお風呂の中で私と千穂ちゃんに訥々と話してくれた内容も武術のトップに立つ者の見えざる苦悩についてだった。一流の武道家で、あれ程自分に厳しい広瀬部長でもそんな陰りのある表情を見せるのか!? と、驚いた件を私は真奈美ちゃんの話とオーバーラップして思い出したんだ……。
一流アスリートにはこのような悩みが多いと聞いたことがある。
そのことを思い出した私の脳裏にはっきりとした景色が浮かんできた。
記憶の連想とは不思議なものだ……。
それは過去のとある景色だ、思い浮かべると同時に懐かしさも蘇ってきた。
「未祐ちゃんってうらやましいな、拓也くんとすごく仲が良くって……」
「ええっ!? 私と拓也お兄ちゃんのどこが仲がよく見えるのぉ、真奈美ちゃん!!」
「私は一人っ子だから。子供のころ、夕方になって二人が家に帰るのを、とてもいいなあ、って思ってたんだよ。真奈美は家に帰っても一人きりだったから……」
あの裏山が脳裏に浮かんできた。夕方になると放送が流れるんだ。
サイレンとともに早くお家に帰りなさいと……。
小学校から続く川沿いの道を三人で並んで歩いた。きらきらと水面に夕日が反射する。真奈美ちゃんはいつも白いワンピースとお揃いの帽子を被っていたっけ……。
家は隣同士なのに、隔てられた距離が彼女にはあったのかもしれない。
お互いの家の前でバイバイをする。今思うとあのときも真奈美ちゃんは寂しい感情を必死に押し殺して私たち兄妹の前で、にこにこと笑っていたのかもしれない。
両親の都合で子供のころ、鍵っ子だった真奈美ちゃん。
幼いころの未祐はその寂しさを全然理解出来ていなかった……。
私は真奈美ちゃんと幼馴染として本当の姉妹みたいに子供時代の長い時間を過ごしてきたのに何も分かっていなかった。急に差し向かいに座る彼女が愛おしくなってしまった。
……そして自分でも思いがけない言葉が私の口をついた。
「……真奈美ちゃん、今からでも遅くないよ。これから未祐に付き合ってくれない?」
「えっ、未祐ちゃん、それっていったい……!?」
「真奈美ちゃんがもっと元気なれる方法。いい考えが一つだけあるんだ……」
いつから人は大人になるんだろう……。
過去を忘れ去ることが大人になるというのなら私はまだ大人になんかなりたくない。止まった時計の針を巻き戻してもう一度あの頃をやり直したい……。
……まだ間に合うのなら。
次回に続く。
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