第20話 弱者の振舞いについて

ここは人馬迷宮の最下層。

他の階層と異なり雑兵達の姿はない。

広大なレンガ敷き広場の奥。間口の広い古びた邸宅の前にて、人類の敵とされている骸骨と、迷宮主の魔倶那とが戦う姿があった。

3階層の階層主である丸坊主の男が、迷宮主に成るために狂戦士のイケメンへ下剋上を起こしたのだ。

俺、そして老練なる人狼と、地下1階の階層主である佐加貴とがその成り行きを見守っている。

魔倶那は、致命傷とも思える傷を負いながらも骸骨2体を葬り、最後の一個体となった骸骨から繰り出された薙ぎ払いによる横一閃を拳で受け止めていた。

地面にへたりこんでいる丸坊主の男は正気を取り戻している。

その戦況を茫然としながら見つめていた俺は、人狼からかけられた言葉に我に返り、止まっていた脳が動きだした。

俺は奈韻から、骸骨1体を破壊するように命令されている。

いまこのタイミングで動かなければ、まもなく全快してしまうだろう魔倶那に俺の獲物を攫われる可能性が高い。


既に18体の影斥候については召喚しており、『戦術眼』が示す位置へ潜行済みだ。

その内の3体については、骸骨へ奇襲攻撃を仕掛けるべく準備をしていた。

死の恐怖が無いと言えば嘘になる。

だが、体の奥底から溢れだしてくるドス黒い執念が、俺を突き動かしていた。

―――――――奈韻からご褒美をもらうため。魔倶那と同様に俺も狂乱バーサーカモードを発動してやるぜ!

そう。今の俺は無限のエナジーを持つ暴走列車。

俺の野望を邪魔する奴はバッキバキになぎ倒してやる。



影斥候に命令する。背後から骸骨へ強襲を仕掛けるんだ!



標的の背後。イルカが海面に姿を現すようにゆっくりと気配なく、3体の影斥候が地面から浮かび上がってきた。

骸骨については、横一閃した槍を魔倶那の拳でガードされたままの状態をキープし、力で押し切ろうとしている。

致命傷となる傷が回復されてしまう前に狂戦士の首を跳ねようと力を込めているものの、その均衡を破ることが出来ないようだ。

時間が経つほどに、現在進行形で再生している魔倶那の方が有利な状況になっていくだろう。

影斥候が骸骨を倒す条件は、心臓の位置にある『core』へcritical-hitを叩き込むこと。

『戦術眼』かはじきだした成功確率は1%以下。

気配に気づいてないこの状況。もしかしてだがそのcritical-hitがでてしまうかもしれねぇぞ!

だが、現れた影斥候の姿を視認した丸坊主の男が、骸骨へ注意を促すための声を張り上げてきた。



「骸骨。後ろだ。背後から何かが攻撃してくるぞ!」



骸骨が反応する前。

影斥候が繰り出した短剣が胸の位置へ突き刺さったものの、奥深くまでは刃が届いていない。

チッ。ダメージは入っていないか。

次の瞬間、蚊トンボを振り払うように軽く槍で薙ぎ払われ、3機の影斥候は抵抗することなく軽く一刀両断されてしまった。

分かっていたことだが、実力差があるというか、影斥候が弱すぎる。

まぁ、真の三軍である俺に女神が微笑んでくれるはずもねぇよな。

だがよう。期待して裏切られることには免疫がついているんだよ。

この展開は予測どおり。

最低限の目的は達成済みだ。

―――――――薙ぎ払われてしまった影斥候は、骸骨が身に着けていたマントをはぎ取っていたのだ。

露出した骸骨のフォルムは、まるで実験室に置いてある人体模型。

あばら骨に護られるように、奥に赤い球が光っている。

あれが奴を中核となる『core』ということか。

あの赤い球を破壊すれば、奈韻からご褒美を貰える権利が発生するという理解でいいんだな。

丸坊主の男が額に青筋を浮かべながら怒声を響かせてきた。



「俺の邪魔をした奴はどこのどいつだ!」



影斥候が召喚個体であると認識し、その召喚主が誰であるのか聞いてきたのだ。

その時、俺は閃いてしまった。

このタイミングは、19話で魔倶那がやっていた格好いいあの姿。『強者の余裕』を実践するチャンスが巡ってきたのではなかろうか。

手首を回したり拳をボキボキさせながら、丸坊主の男へ『ああん。俺のことを呼んだのか?』と意味なく余裕ぶる振舞いのことだ。

だがしかし、俺のステータスは超低空。

犯人であることを特定されると、無抵抗にやられてしまう。

魔倶那がやったあの振舞いは、俺にやる権利は無いってことなのか。

そもそもだ。『強者の余裕』とは、その名のとおり格下相手にしか発動出来ない代物。

俺より弱い奴はそうそういないのが現実なんだよ!

畜生。この世の中はマジで不平等すぎるぜ。

こうなったら、『弱者の振る舞い』っていうものを徹底的に披露してやろうじゃないか。


奴に召喚主が誰であるかを特定された時。それは俺の死を意味する。

召喚者の正体は絶対に知られてはならない。

この局面で俺は『弱者の振舞い』を発動させる。

―――――――怒声を上げてきた丸坊主へ向け、俺は老練なる人狼を指さした。



「こいつが召喚主です。邪魔したのはこの人狼です!」



これは、嘘の密告。

影斥候にて骸骨へ奇襲を仕掛けた召喚士が、人狼であると嘘をついたのだ。

指を刺された人狼は、目を丸くしているがそこは懸念事項ではない。

問題なのは丸坊主の男が困惑した表情を浮かべていること。

つまり奴は、人狼が召喚士であるという嘘の密告に対し不信感を抱いている。

当然の反応だ。

人狼の姿は、見るからに生粋の戦士。

背丈が2mを超え、アスリートのような体格をし、腰に大太刀をぶら下げている。

あきらかに『召喚』をするようなタイプには見えない。

だが、丸坊主が不審感を抱くであろうことは織り込み済。

俺がついた嘘を信じさせるための対策は、既に仕込んでいるんだせ。

―――――――――――――俺はこのタイミングで潜行させていた影斥候15体へ命令する。姿を現すんだ!

命令とともに潜行させていた影斥候達が、人狼を囲むように地面から現れてくる。

その姿を見入っている丸坊主の目が、大きく開いていく。

ふっ。その怒りの顔。完璧に俺の策に嵌ったな。

奴には、影斥候達が人狼を護ろうとしているように見えていることだろう。

嘘を決定づける演出をあらかじめ仕込んでいたのだ。

弱者の振舞い。それは徹底的に嘘をつき生き残ること。

人狼が困惑した視線を送ってきた。



「小僧。何の真似だ?」

「奴等が人狼のことを召喚士だと勘違いしているだけのことだろ。」

「我はお前に協力できないと言ったはずだ。」

「そうだな。俺には協力しなくても問題ない。だからといって、俺が召喚士であることを奴に教えてやる必要もないだろ。」

「何を言っている。このままだと、奴等が我に攻撃してくるではないか。」

「だから、骸骨を倒すのは俺がする。人狼。お前は適当に相手をしてやっていてくれ。」



人狼との会話を切るように、丸坊主の男が「お前が召喚士なのか!」と叫びながら、人狼へ向かい突進してきた。

その後ろを追うように骸骨も突進してきている。

戦力を分散することなく集中して、邪魔者の召喚士だと思いこんでいる人狼から処分するつもりのようだ。

その選択は正しい。

そしてこの流れは、俺の思惑どおり。


・老練なる人狼 Level20 侍(宝具)

・丸坊主 Level20 闘士(階層主)

・骸骨 Level22 槍士(旅団の兵士)


奴等の実力を鑑みると、15体現れた影斥候など全くといっていいほど相手にならない。

だが、人狼は違う。

Levelでははかることが出来ないくらいその力量は高い。

何よりも、黒髪の魔人が信頼している奴だ。

人狼ならば、俺の思惑どおり、時間稼ぎをしてくれるだろう。

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