旅の終わり

 親父と丈太郎さんとの顔合わせが終わり、また結婚へのステップを一つ上がった気分。ルンルンでエルのマンションに戻った。でもさぁ、丈太郎さんだけど、明日帰らなくても良いじゃないの。


 エルはプータローだし、丈太郎さんだって時間に融通が利くモトブロガーじゃない。このまま明日も泊まれば、朝から時間無制限で愛し合えるはず。


「無制限って・・・」


 エルの女のすべてを使って誘惑してやる。とりあえず裸だ。いや、ああいうのは素っ裸より、少し着ている方が男は興奮するらしい。だったら、えっと、えっと、裸エプロンだ。


「エルの裸エプロンなんて見せられたら」


 見てもらう。見せつけてやる。それだけじゃない、誰に教え込まれたかだけは悔しいけど、エルだって男を喜ばすテクニックはあるんだよ。それを全部開放して、


『立つんだ、立つんだ丈太郎』


 何回戦目なんか数えられないようにしてやる。そう真っ白な灰になるまでね。いや、灰になっても許さない、灰の中から不死鳥を何度でも飛び立たせて、


「男は限界あるんやで」


 限界? そんなものはない。人は限界と思うから、そこに留まり限界としてしまってるだけ。越えれば新たな世界が広がるだけの話に過ぎない。心配しなくともエルが丈太郎さんの限界を越えさせてあげる。


 限界を超える時は爽快だよ。あれはまさに驚きの世界なんだ。どうしてそれを知ろうとしなかったのか、どうして誰も連れて行ってくれなかったのかと恨みたくなるような素晴らしい世界なんだ。


 エルはそれを丈太郎さんに教えてもらった。今度はエルが丈太郎さんに教えてやるんだ。それを丈太郎さんが知る事でエルもまたさらなる高みに昇って行ける。そう二人が手に手を取って、遥かなる天空を舞うんだよ。


「あのぉ、なんかすごい高尚な話にも聞こえまっけど、そんなんしたら帰れんようになりまんがな・・・」


 だったら帰るな。どうして帰るなんて言うのよ。エルはね、離れたくないの。そのためだったらなんだってする。それこそ手錠かけて、鎖でつないででも離したくないのよ。


「そういう趣味もあるんでっか」


 あるはずないじゃない。仕方がない、明日は愛媛に帰るのを特別に許可する。でも心配なんだよ。だから今夜は片時だって休ませない。一滴残らず搾り出してやる。空になっても許さない。


「えっと・・・」


 空になっても極限まで搾り上げる。そうでもしておかないと、愛媛に一人で帰ってしまう丈太郎さんが心配で仕方がないの。せめてエル以外のどんな女を見ても反応できない状態になってなきゃ帰せない。


 すぐに追いかけるからね。新居の用意なんか待ってられないもの。愛媛で同棲になったら二度と離れてやらない。死んだって離れるものか。丈太郎さんはエルだけ見て暮らすのよ。エルだって丈太郎さんしか見ないし、見たくもない。この世で男は丈太郎さんだけ。


 その代わりにラブラブ生活を約束する。二度と離れる気なんておこらないぐらい超弩級の甘い甘~いやつ。丈太郎さんの心と体の芯の芯までラブラブで染め上げて、二人のどこを切ってもラブラブしか出てこないぐらいにしてあげるんだ。



 そうだ、一つだけ謝っておきたい。あの婚約、いやあの元カレと付き合ったのは本当に失敗だった。あれさえなければ、丈太郎さんにエルのすべてを捧げられたのに。悔やんでも悔やみきれないよ。あんな男にのぼせ上った過去の自分を殴ってやりたい。


「世の中ってな、回る因果の糸車みたいなとこがありまんねん。わてがヤクザの息子に生まれてもたんもそうや」


 子は親を選べないものね。


「本来やったら、どう逆立ちしてもエルに近づくのも無理やったんや」


 う~ん、極妻はさすがに無理がある。入れ墨とか嫌だもの。エル以外に愛人がいっぱい居るとかも。


「ヤクザの実家から縁が切れてもそうや。高校中退やったら、ホンマにロクな職業に就けんかった」


 その辺はなんとなくわかる気がする。中卒より条件悪そうだもの。ましてや縁は切ったとはいえヤクザの息子。職業に貴賤無しは建前だし、どんな仕事をしてても貶す気はない。とはいえキャチバーの客引きとか、キャバクラのボーイをやってる人と出会いがあるかと言えば無理がテンコモリ。


 その辺はどうしたってね。住んでる社会が違うから、接点なんて出来ようがないのは現実としてある。


「草津宿で出会ってから、ずっと夢の中におりまんねん。夢にさえ見られへんような夢の中や。全部あの日にエルと出会うように因果の糸車は回っとってんや。そやろ、あの破談がなかったらと思うてみい」


 そっか。破談になって仕事を辞めたからこそ、二輪の免許が取れたのだし、このSRを買うことになったし、ツーリングに出かける気になったんだもの。それがなければ出会うこともなく、ましてやこんな関係になれるはずもなかった。


「あれは必要な事やったんや。どれを欠いてもエルには出会えんかったし、ましてやこんな仲になりようもあらへんですやん」


 因果の糸車が回りに回った末の草津宿の出会いか。でもね、女って本当に愛した人にすべてを捧げたいところがあるものなのよ。まあ、いくら馬だって元カレと経験したから、エルが堕ちた女になったわけじゃないけど、どうしてもね。


「たとえ百人の経験があってもエルなら気にもなりまへん」


 カンナでも百人はいない気がする。でも堕ちてたら嫌でしょ、


「はぁ、自分を誰やと思うてまねん。たとえ売春宿で見つけても引っ張り出して嫁にしまっさ」


 いやいや、そこまで行ったら病気だってあるかもよ。


「病気なんか治したらしまいや。男に何千発注ぎ込まれたって、洗うたら綺麗になるだけやおまへんか・・・エルは、エルは・・・わてにとって夢でんねん」


 ありがと。苦労はしたと思うけど、エルを迎えに来てくれる男になったんだもの。二人が出会うまでにお互いに色んなピースを経験したけど、どれを欠いても丈太郎さんに結ばれてないもの。それよりなにより、こんなにエルのことを想ってくれてる人がいるのが嬉しい。


「あたり前や。エルを幸せにすることしか頭にないわい」


 世の中には赤い糸で結ばれている人がいるんだよね。それが一直線で結ばれる事もあるだろうけど、紆余曲折の末にやっと見つかることもあるはず。


「その話でっか。その赤い糸って見つけられる人の方が少ない気もしてますわ」


 かもしれない。赤い糸の結びついた証の一つが結婚だろうけど、三組に一つは離婚しちゃうんだものね。そう結婚は赤い糸の可能性だけを示すものだけ。


「結婚が続いてる連中もそうでっせ」


 熟年離婚どころか、老年離婚だってある。あれって結局、赤い糸じゃない相手の結婚だったとしか言いようがないじゃない。


「離婚せんかっても、冷え切った関係はゴロゴロありまっせ」


 らしいね。仮面夫婦なんてのもいるもの。そうなると結婚した人の中で実は赤い糸だったのは、ほんの一握りか。


「赤い糸の相手を見つけられたカップルは幸せなんかもしれまへん」


 でもさぁ、思うのだけど女と男の関係、たとえば夫婦だって赤い糸のラッキーに頼ってるだけではダメだと思うのよ。結婚する時には誰だって幸せになりたいって思ってるし、あの時に誓っている愛の言葉は正真正銘の本気だよ。


「そりゃ、そうでんな」


 夫婦が上手く行かない理由は百組の夫婦がいれば、百組の理由はあると思う。だけどさぁ、一番大事なのは二人の想いだよ。


「想いがあったから結婚したんちゃいまっか」


 そうだけどそれをいつまでも続ける想いだよ。結婚はゴールじゃない。ゴールなんて思うから解けちゃう赤い糸もあるんじゃないかな。あれはスタートなんだよ。結婚してからもずっとずっと想い合って、愛し合って。もっともっと想いを高めるんだ。


 それでね、想い合った心で赤い糸を結ぶんだよ。何度も、何度も、ガチガチに結んじゃうの。これはね、お互いの想いが高ければ、高いほど強力に結ばれると思ってるんだ。それをサボるから解けちゃうんだよ。


「それ、よろしおまんな」


 それでも赤い糸はやっぱりあると思うよ。たとえば元カレ、あそこまで行っていても結婚式さえ挙げられなかったじゃない。さらに言えば、結婚できなかったことに後悔どころか、しなくて良かったしかないもの。


「そうとも言えまんな」


 エルは本物の赤い糸を見つけられた。これが解けないようにするためだったら、なんでもする。それがエルの喜び。


「赤い糸が解けないようにするには・・・」


 そんなもの心と体が固く結ばれること。体の奥と奥とでつながり合い、つながっている事が喜ばしいと感じ、魂が震えるぐらい感じ合うんだよ。感じ喜び合った末に、丈太郎さんが作り出す愛の迸りがエルを染め上げて行くんだよ。


「えらい文学的な表現でっけど、それって・・・」


 それがエルに出来る愛の形。これを作るためだったらどんな努力も惜しまない。もうこれ以上、話をするのは無理。だってだよ、明日には丈太郎さんは愛媛に帰り、離れ離れになってしまうんだもの。


「ちょっとの間だけですやん」


 そのちょっとがエルにはどれだけ寂しくて、辛いか。もう泣きそうだんだもの。愛媛で再会したら二度と離れない。離れてなんかやるものか。丈太郎さんと幸せになるがエルの生きるすべてなんだから。


「エルにそこまで想うてもらえるわては、世界一の幸せ者や」


 エルだってそうよ。今夜は朝まで本当に寝かさないよ。愛してる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る