志賀草津道路

 草津温泉から国道二九二号だ。志賀草津道路とも呼ぶらしいけど、ナビには、


「浅間・志賀・白根さわやか街道ってなってるけど、地元の人さえ呼ばないのじゃないのかな」

「道に名前つけすぎちゃうか」


 愛称はあったほうが良い気がするけど、


「ああいうもんは公式に付けるとなったっら、地元の利害が絡むから、すぐに寿限無寿限無になってまうんよ。長すぎると定着せんで」


 なんとなくわかる気がする。道の駅の名前もやたらと長いのが多いもんね。関連地名を複数つなげた上にキャッチフレーズを被せたりも多いもの。


「漢字の地名なら読みにくいからって平仮名にしたりするの多いけど、逆にパッと読みにくかったり、ピンと来ないと言うか、印象として残りにくいのが多いもの」


 そこは微妙なところもあるけど、とにかく長くなると覚えにくい。道路案内に出て来ても読み切れないってことさえある。


「まあ長いとこは地元やったら短く略して呼んでるはずや」


 きっとね。さて、草津の温泉街を見下ろしながら走るのだけど、ひゃぁ、カーブだ、それも急カーブだ。エルも覚えた。こういう峠道で急カーブは登りもキツクなるんだよ。それでもヒーコラ言いながら登って来ると、ここも高原みたいになってるじゃない。


「キャベツは植わってないね」

「なんでやろ」


 キャベツはもう良い。あれっ、急に荒野が現れた。つか温泉卵の匂いがするぞ。


「それ硫黄やて」

「マッチの香りに似てるでしょ」


 マッチってなんだよ。


「殺生河原って言うらしいで」


 これはこれで絶景の一種だよね。殺生河原抜けても尾根道みたいなところだよ。これは展望が開けて綺麗だぁ! ひゃぁ、でもまたヘアピンだ。エルに襲い掛かる峠のヘアピンだ。さすがは峠道、甘くないね。


「エエぐらいのワインディングやな」

「そうね。これぐらいなら景色も楽しめるし」

「そうでっしゃろ」


 ど、どこがだ。またヘアピンが来るぞ。こんなものいつまで続くんだぁ~


「下りもあるで」

「これもツーリングの醍醐味よ」


 タフだ。もうウンザリするほど登ったはずだけど、


「あそこみたいやな」


 えっ、ついに着いたの。いっぱいクルマが停まってるものね。ここも景色は最高。これが日本国道最高地点の石碑か。これでエルも日本国道最高地点を極めた女になったぞ。


「この先のホテルで証明書がもらえるらしいで」


 もちろんゲットする。それにしてもすんごいところにあるホテルだな。


「この辺はスキー場も多いからな」


 なるほど。しっかしそれにしてもの峠だな。これが中山道の難所の一つの碓氷峠なのか。


「ちゃうちゃう、ここは渋峠や。碓氷峠は軽井沢から東に登って高崎の方に行く峠や」

「そうだよ。C121がなかったでしょ」


 なんじゃそりゃ。ホテルからも、ひょえぇぇぇって道を下って行って、


「これもエエ道や」

「はるかにアルプスが見えるのがイイよ」


 アルプス? そんなものはエルには見えないよ。エルに見えるのは次々にエルに襲い掛かる冷酷非情のヘアピンだ。


「野沢温泉、栄村って方に行くで」


 右に曲がるんだね。えっと、えっと、どれ曲がるんだ。とにかく加藤さんについて行こう。三歩下がって師の影を踏まずってやつだ。


「三歩じゃ近いで」

「もうちょっと車間距離を開けないと」

「密着するなら布団の上や」


 違うでしょうが。なにが布団の上だ。へぇ、この辺もオシャレなホテル街じゃない。


「普通のホテルやで」


 こんなとこにラブホがあるか! どうも奥志賀になるみたいだな。やたらと奥志賀の名前を付けたホテルが目に付くものね。


「腹減った」

「どこでもエエわ」

「そうでんな」


 お昼も回ったものね。エルもお腹すいた。ピラフが美味しいよ。加藤さん、グッドセンス。腹ごしらえも終わって、ここからはどうするの。この辺のホテルに泊まるにはまだ早いよね。


「ああこのまま走ってく」

「エルさんも見たでしょ。今夜は野沢温泉よ」


 野沢温泉と言えば、


「そうや野沢菜の聖地や」


 聖地じゃなくて発祥の地でしょうが。ここからどれぐらい。


「三時過ぎには着くと思うで」


 聞くとこの二人のツーリングの基本は早立ち、早着き。この辺は渋滞回避だとか、アクシデントが合った時の余裕もあるそうだけど、


「せっかくの温泉旅館を楽しまないと」


 エルも賛成。夕闇迫るどころか日もどっぷり暮れた頃に到着して、夜明けと共に走りだすバイク乗りもいるけど、そこまでストイックになれないな。朝早いのは今日は何が待ち受けているかのワクワク感で苦にならないけど、着くのが遅いのはちょっとね。ところで野沢温泉と言われても真剣に野沢菜ぐらいしか思いつかないけど、


「古いで。そりゃ、行基が見つけた伝承があるぐらいやからな」


 行基って誰かと聞いたら、奈良の東大寺の建築責任者になった人だって言うから、奈良時代からある温泉なんだ。これは古いよ。


「ここはな。外湯巡りが有名やねん」


 城崎みたいだな。


「城崎よりディープやから楽しみや」


 嫌な予感がする。まさかの混浴だとか。


「残念ながらちゃうのが惜しい」


 そんなに裸を見せたいんか。エルはいやだ。宿は行ってのお楽しみって言われたけど、なんか物凄そうなところなのがちょっと怖い。さて出発ってなったけど、あれれれ、道が、なんか、また、その、狭くて細くて、


「奥志賀林道や」


 どうして、そんなディープな道ばかりを。仕方がない、林道と言うだけあって、森の中の道だな。そうだそうだ、距離は、


「六十キロぐらいちゃうかな」


 今なんて言った。


「国道からこの道に入る時に六十八キロやったから・・・」


 むっちゃあるやんか。でも道は一車線半もないけど、不思議に路面は良いな。ただし道の両側から草が入り込んでいるのが秘境感を煽るかな。道自体は上り下りを繰り返すのじゃなくてフラットな感じ。


 だけど微妙にカーブしているところが多いから、見通しはイマイチだ。いわゆるブラインド・カーブってやつ。そのせいか四十キロも出ないもの。へぇ、これは絵に描いたような林の中の道じゃない。ちょっとイイ感じかな。


「加藤さん。わかってるやろ」

「そやねんけど、適当なとこが」


 信号なんてありそうもないのは良いけど。ホントに道しかない道だ。こういうとこでありがちな、ちょっと景色が良くて一服できそうなところが見つからないよ。あっ、あそこに広場みたいなとこがある。


「やめときまひょ。わてのもそうでっけど、サイド・スタンドだけで停めるバイクは、地面の上やったら立ちごけするリスクがありまっさかい」


 なるほど。地面が柔らかすぎてサイド・スタンドがめり込んだりしたら、転倒するかもしれないのか。エルも覚えておこう。とはいえエルもちょっと、


「ここで休みまっさ」


 なにがどうとか、息を呑む絶景じゃないけど、そうだね気分は森林浴って感じだ。だいぶ来たはずだと思うけど、野沢温泉までもうひと踏ん張り。ついに視界が広がったぞ。これってリフトのはず。


「野沢温泉はスキー場も有名なんや」


 なるほど。雪が無いスキー場って草原になってるのか。これはこれでなかなかの見ものだ。言うそばから下りだ。でもこれは野沢温泉が近づいてるサインのはず。野沢温泉はこのスキー場の麓のはずだけど、まだ結構高いよな。


 よっしゃ、スキー場は下りて来たぞ、あれはどう見てもリフト乗り場だもの。ここで加藤さんがバイクをストップさせてコトリさんとナビを見て相談。


「宿はここでっしゃろ」

「そやから、ここ曲がるでエエはずやで」


 なんにも書いてないけど大丈夫かな。


「野沢温泉の道は細いそうやが、クルマならともかくバイクやったら心配あらへんやろ」


 そういうけど、これは一車線と言うより、広めの路地じゃない。行き止まりになってターンするのは嬉しくない。


「だいじょうぶよ。コトリじゃなくて加藤さんが案内してるのだから」

「聞こえとるぞ」

「あらインカムの調子は良さそうね」


 こんなところに温泉街なんてあるのかな。でも家が出てきた。なんか街みたいになってるぞ。また加藤さんがT字路でバイクを停めてコトリさんと、


「左のはず」

「そのはずや」


 なんとなく温泉街ぽくなってるけど、下りがキツイしとにかく狭いよ。


「あれが麻釜やろ」

「でんな。そやからここを下るはずですわ」


 ぎゃぁ、家と家の路地みたいなものじゃない。こんなところバイクだってターンできないよ。


「あった、あった」


 へぇ、これはクラシックだけど、えっとえっと、


「大正ロマン風かな」


 うん、そんな感じ。

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