父親

 エルの復讐より親父の報復は、


「もう済ませた」


 がっぽり慰謝料でも取ったのかと思ったらそうでなく、


「離婚して退職しただけで十分だ」


 これはうちの親族事情が絡んでくる。エルの家は貧乏じゃない、それどころか親父は社長だ。それも一族経営の三代目なんだ。この辺の詳しい事情は端折るけど、二代目社長の時に経営が傾いたそうなんだ。


 爺さんには息子もいたけど、傾いた会社の経営を任せるには無理があると判断して、親父を婿養子として迎えている。見込まれただけあって、親父は見事に経営を建て直している。だけど爺さんの息子は不満を抱えている。社長になれなかったからな。


 だからだと思うけど四代目社長の座を巡る争いが勃発しているぐらいで良い。その四代目社長の候補になるのが、まず伯父の息子だ。素直に世襲していれば伯父が三代目社長で、従兄が四代目社長だったはずぐらいの理屈だそうだ。


 そんなものを認められないのがエルの母親。三代目社長が旦那だから、旦那との間の子が四代目社長に当然なるぐらいだ。どっちもどっちだと思うけどね。だけどエルの母親は不利だったそう。


 これもバカにした話だけど、女が社長になるのは認めないとかなんとか。これが親父が母親に罵倒された理由にもなっている。だけどそんな事ではあきらめられない母親は、自分と同様に婿養子を迎えて四代目社長にする逆転の計画を温めていたで良さそう。


 これもエルとはこれでもかの不仲だから溺愛するカンナの婿だ。だけどカンナは男関係こそテンコモリいるけど、結婚する気配もないのよね。そういう状況の中でエルが連れて来た婚約者はエリートだ。ついでに言えばイケメンでもある。


 ここで母親は閃いた。エルの婚約者を奪ってカンナと結婚させれば良いとね。カンナには恒例のエルのものならなんでも欲しい欲しい病が発症したから、母親とカンナの利害関係が一致したぐらいだ。


 元カレもエルの実家が社長と知って卓上打算機が働いたんだろ。エルは母親と不仲なのは話していたけど、カンナは親父の会社に就職してる。カンナの成績じゃ、他にロクな就職先はないものね。


 カンナの外面は良い。そんなカンナに社長の椅子が付いてくるとなれば、あははは、あっさり乗り換えたんだろうな。でもね、逆玉幻想だよ。


「逆玉幻想とはエルも上手いこと言うな」


 と言うのも親父が建て直した会社だけど、再び経営は傾き出しているらしい。今は親父の培った信用でなんとかなってるらしいけど、


「余程の汗をかかないとシンドイよ。あの程度の男では無理だ」


 そういった親父の目がギラリと鋭く光った。きっと会社ではあんな目をしてるのんだろうな。つまりは何もしなくとも、会社はいずれ傾き母親もカンナ夫婦の暮らしも苦しくなるしかないってことか。


「ちょっとしたダメ押しだけど、何人か連れて起業したよ」


 親父が退職金代わりに連れて行ったのは腹心だろうから、選り抜きの精鋭かもしれない。こりゃ、ホントに倒産するかもしれない。まあ、親父頑張ってくれ、エルも気持ちだけは応援してるから。



 エルも元カレへの復讐は済んでいる。なにをしたってか。そりゃ、嫁がカンナに尽きる。カンナの外面は良いし、エッチだって巧者で良いだろう。それは姉のエルも認めるよ。けどねカンナの美点はこの二つしかない。


 カンナが家を出なかった理由の一つに浪費癖がまずある。欲しいものがあれば男からもタカってたけど、自分のお給料は言うまでもないぐらい。お給料どころか、カードのリボ払いの尻拭いを母親は何度もしてるぐらいだ。


 それと家事は完全すぎる程に無能だ。女だから家事と言う気も無いけど、女でも家事が出来ないと生活に困る。ましてや元カレが嫁に求めているのは専業主婦。同棲してたから良く知ってるものね。ついでに言えば元カレも家事は無能だ。


 だって同棲のために元カレの部屋に行ったらビックリしたぐらい。とにかく家では何にもしない人で、タテのものをヨコにするのもしないぐらいだった。エルが同棲するまで、どうやって暮らしていたのか不思議過ぎるぐらいの人だったものね。


 カンナもそうで部屋の中はまさに汚部屋だったもの。エルも盗られたものを奪い返しに行ったことがあるけど、部屋を見ただけであきらめたぐらい。足の踏み場もないとはまさにあのことだった。


 そんな二人が結婚すればゴミ屋敷一直線しかないだろ。もっとも、その辺は似た者同士だから気にならないかもしれないけどね。それより何よりカンナが元カレ一人で我慢できるかの方がもっと疑問だもの。


 学生時代も社会人になってからも二股、三股は当たり前だったものね。ちょっとでも倦怠期になれば浮気に突っ走るとしか考えられない。カンナが我慢できるものか。その点は元カレも似たようなもの。選りもよって婚約者の妹に手を出す浮気者。


「エルも手厳しいな。カンナが出産するまででも怪しいか」


 エルは大きな声では言えないけど元カレが初体験。だけどエロビデオで男のアレの大きさぐらいは知識があったんだ。エロビデオの男役って見栄えもあるからかなり大きい方って言うじゃない。


 だけど元カレのはそんなエルの知識を鼻で嗤うような逞しいもの。初体験の時なんて背中まで突き抜けるんじゃないかの恐怖に襲われたぐらい。女のアレって本当に丈夫なのに感嘆したぐらい。


 それだけでも驚きなんだけど、年中発情している馬並みに激しいんだよね。エルも他に男性経験がなかったから、男ってそんなものかと思ってたけど、今から思えばあれは異常すぎるはず。どれだけやれば気が済むかってぐらいだ。


 親父はカンナが出産するまでと言ったけど、カンナが無事出産出来るかどうかも怪しいよ。妊娠中だってエッチは出来るそうだけど、やっぱり妊娠中は時期とか、やり方とか注意が必要のはず。でも元カレは容赦なしに求めるし、始まったら始まったで情け容赦ないんだよ。


 同棲から結婚に向かっている時には、あれだね、それさえも愛おしく思ってたけど、ほんの半歩でも引いて見たら歩く性欲マシーンそのもの。


「ひょっとして」


 それはさすがにわからない。同棲中は毎晩だったから、昼間に他に一回戦をやっていたかどうかは不明だ。あの勢いならやれそうだけどね。でも相手がたとえ妊娠とか、子育てを理由にして拒否したら、馬並の発情はどこかに炸裂するのは確実だと思うよ。


「何事も過ぎたるはだな」


 ホントその通り。レスも嫌だろうけど、エンドレスもウンザリすぎる。あんな元カレと結婚せずに済み、慰謝料をタンマリもらえて、カンナが引き取ってくれたから、なんてラッキーだったと思うもの。


「これも人生だ」


 そう思おう。何事も経験してみたいとわからない事が多すぎる。エッチだってやってみなければ相性なんてわからないもの。処女をあんな奴に捧げたのはちょっと悔しいけど、アラサーで処女ってのも考えようによっては気色悪く見られそう。


 とにかく同棲してからはやりまくり状態だったし、とにかく激しかったから、体も遅れを取り戻したぐらいにしておこう。やったものが戻る訳じゃないし。親父は再婚とか考えてるの。


「さすがに今はなにも考えていない。歳も歳だしな。だけどエルはこれからだ」


 エルも今は考えたくもないけど、タイムリミットは迫って来てるよな。別に独身のままでも良いようなものだけど、出会い次第だな。でもねぇ、この歳になると出会いも難しくなる。合コン行ってもオバハン扱いになりかけてるし、だからと言って婚活パーティは気が乗らない。


 こうやって話していると親父も気の良い人だってよくわかる。会社でも人望は厚かったんだろうな。それなのにあの母親と結婚したばっかりに底冷えするような家庭しか持てなかったんだ。


 エルも結婚するからには温かい家庭を持ちたいよ。あんな居心地の悪い家なんて真っ平だ。でもこれもそれも相手次第なのは学習した。別に無理してまで家庭も家族もいらないな。一人は気楽だもの。それからも今まで話をしていなかった分を埋め合わせるように話しこんで別れ際に、


「これはアドバイスじゃなく経験者の感想だ。エルが娘で幸せだった」


 ありがと親父。エルも親父がいて良かったと思ってるよ。もし結婚出来て結婚式も挙げれたら親父は呼ぶからな。母親やカンナなんてこっちからお断りだ。もっともそんな相手が出てきたらの条件付きだけど。


 エルは退職してから、ずっとやりかたかった趣味に走らせてもらった。そうバイクだよ。社会人になってから免許など取れないと思ってたから、やっと時間が出来たぐらいかな。普通二輪免許が取れて買ったのが骨董品のSR。


 バイク屋の大将に言われた苦労は一通りしたけど、なんとか乗りこなせるようにやっとなった。そこまで行けば夢の気まツーだ。なんか変な事を思い出しちゃったけど、どうしようかな、大山崎ICから京滋バイパスに乗り換えるか。


 こっちも空いてるとは言えないな。それでも一時間半で瀬田東JCTまで来れたから良いとしよう。さてとこの辺のはずなんだけど、あそこか。狭い道だけどこれが本当の東海道で、ここが草津宿の本陣だ。


 江戸時代の本陣とは宿屋の一種だけど、利用できるのは大名や旗本、幕府役人、勅使、宮門跡らの身分が高い人専用のもの。宿屋の一種と言うのも違うらしくて、宿屋って宿代を取る商売だけど本陣はそうじゃなく、利用した人から謝礼をもらうシステムだったそうなんだ。


 その謝礼では実質赤字になったらしくて、本陣を提供する家だって名誉職みたいなものだったみたい。一方で大名行列が宿場に泊まるだけでカネが落ちる面もあって、誘致合戦もあったとか。巨大な団体さんみたいなものかもね。


 この草津宿本陣の少し先に草津追分がある。なんの変哲もない三叉路だけど、右に曲がれば東海道、真っすぐに行けば中山道なんだ。こんな大きな街道が合流するところだから、かつては旅人がごった返していたはずだよね。


 草津に来たのはここが見たかったから。東海道の五十三次に対して中山道は六十九次なんだけど、ここ草津と大津は東海道と中山道の共用ルート。実質的な中山道はここから始まるとして良いはず。


 今日は中山道を走ってみようか。その前に腹ごしらえ。なんか昭和チックな定食屋さんがあるからここにするか。うどん定食六百八十円が泣かせるよ。

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