『連続失踪事件』
「連続……失踪事件? 」
その言葉を聞いた瞬間、楽しかったはずの日常から、非日常へと世界が一気に裏返る。
さっきまで汗だくだった体が、一気に冷えていく。
「そうだよ。もう三人目だ。可哀そうに。遂に小学生まで犠牲になってしまった。警察は何してるんだか」
憤るように老店主が言葉を吐く。
横の莉々朱さんも一瞬言葉を失っていたが、
「……その、私、観光で来たんです。最近テレビとか見てなくてよく知らないんですけど、その事件っていつからあったんですか? 」
「お嬢さんは旅行で来たんかい。それは是非楽しんで、と言いたいところだけど……こうも事件が続くと夜はもう出歩かない方がいいねえ。事件かい? 確か、七日からだったけな」
その店主の言葉に、俺は、外れて欲しかった最悪の想像が当たっていたことに気づく。
脳裏に、先日会った男を思い出す。
「夏だってのに、暗くなる前のこの時間から、お客さんもめっきり歩かなくなってしまった。もう商売上がったりだよ」
「だから、昼間からあんなにパトカーがいたんだ」
莉々朱さんの言葉に、俺は街に来た時のことを思い出す。
そう言われてみると、確かにパトカーを多く見かけた気がする。
老店主はため息をつく。
「だから、悪いんだけど、当分閉めることにするよ。せっかく来てくれたのに申し訳ないねえ」
「いえ、教えてくれてありがとうございました。また今度、寄らせてもらいますね」
莉々朱さんは丁寧に礼を言い、老店主が看板を店内に運んでいく。
「……。それじゃ、行こっか」
莉々朱さんの言葉に、俺は頷く。
俺と莉々朱さんは、人気のないアーケード街を歩いていく。
既に多くの店がシャッターが下りていて、道行く僅かな人も急ぎ足で家路に帰るように見える。
「何だか……大変なことになってたみたいね。太陽君、知ってた? 」
「いや、知らなかったっす。その、俺も最近テレビとか見てないんで」
そこで会話が止まってしまう。
何を喋っても、この重苦しい雰囲気はどうにもなりそうになかった。
「……今日は、これで解散しよっか」
莉々朱さんは努めて明るい声で言い、表情こそ笑っていたものの、どこかぎこちなく、硬い笑顔だった。
莉々朱さんが不安げに肩を震わせる。
本当はもう少し一緒にいたかったが、流石にこの空気では言いだせなかった。
「そっすね。莉々朱さん。俺、近くまで送りますよ」
「ありがとう。それじゃあ、タクシー乗り場までお願いしよっかな」
俺と莉々朱さんは、並んで歩くも、さっきまでの楽しい雰囲気は何処かへ行ってしまった。
無言で俺と莉々朱さんは歩き、アーケードの出口に着く。近くにあるタクシー乗り場でタクシーを待つ。
程なくタクシーがやってくると、
「太陽君。今日はありがとうね。色々なところ回れて、楽しかったよ」
そういって莉々朱さんが荷物を先に乗せ、そして自分自身も乗り込む。
このまま莉々朱さんが帰ったら、もう二度と会えなくなるような気がした俺は思わず
「あ、あの。莉々朱さん! 」
と呼びかける。
「ん、どうしたの? 」
車の中から、莉々朱さんが俺を見上げる。
頭の中で何を言うべきかと考える前に、自然と口が開く。
「もし、この失踪事件を俺が、いや、今日で終われば……二回目のデート行かないっすか? 」
莉々朱さんの目が丸くなる。
「今度は、俺がちゃんと調べて、計画を立てて、莉々朱さんが絶対気に入りそうなおすすめのデートスポット案内してみせるっす。その……だから! 」
思いが言葉となって溢れ出る。
莉々朱さんにとって、俺の言ってることは意味不明に違いない。
だけど、俺は言わずにはいられなかった。
こんなことで、莉々朱さんとのデートを終わらせたくなかった。
もっと莉々朱さんと話したいことがある。もっと一緒に行ってみたいところがある。
もっと莉々朱さんと一緒にいたい、だから……
莉々朱さんの瞳が、俺を見つめる。当惑したような表情を浮かべるが、不意に瞳が煌めく。
「ふふ。本当に、君って……」
莉々朱さんは小声で何か呟くも最後の言葉を聞き取れなかった。、
莉々朱さんの表情が和らぎ、笑みを浮かべながら言う。
「太陽君、楽しみにしてる。連絡、待ってるからね」
莉々朱さんのその言葉に、俺は強く頷く。
「それじゃあ、またね! 」
そういうとタクシーのドアが閉まり、窓から莉々朱さんは手を振りながら、タクシーは去っていった。
俺が手を振りながら、それを見送っていると
『太陽』
ヒルコが俺に話しかけるも
「聞いてたか、ヒル子」
『うむ、聞いていたのじゃ。一刻も早く動かねばのう! 』
「ああ! 急いで帰って調べねえと」
俺は駐輪場に戻り自転車に乗ると、疲れをものともせず、全力で自転車をこぐ。
家に帰るやいなや、リビングに行き、テレビをつける。
画面に映ったニュース番組では、緊張した面持ちのキャスターと、警戒するようにとの言葉。チャンネルをバラエティー番組に変えると、無責任なコメンテーターが次は4人目かも、と無責任に言い番組内で喧々諤々言い争う様子が映り、そして物騒なテロップが流れる。
テレビでは得られない詳しい情報を調べるべく、自分の部屋に駆けのぼり、ノートパソコンを開く。
「八月七日、連続失踪事件」とブラウザに打ち込み、検索結果を見て、俺は息を吞みながら、ネットの記事の文章を、眼で追っていく。
それはちょうど、森で太陽とエルピスが出会い怪物と戦った夜から始まっていた。
最初の犠牲者は二十代のOLだった。女性は当日残業をしていたため、午後十時ごろ街の中心部近くの会社を退勤。実家から電車通勤をしていた最寄り駅へ徒歩で向かっていたところ、失踪。家族から娘が帰ってこないことを会社に連絡、会社の同僚が携帯に連絡しても繋がらなかった。
その翌日に失踪したのは五十代の男性のサラリーマンで、この男性も夜中近く、徒歩で街から自宅に帰宅途中に失踪。
警察は直ちに捜査を行うものの、これら両名の行方不明者を見つけることができなかった。
そして昨日起きた三件目、今度の犠牲者は、小学生だった。十一歳の男子小学生が、夜九時ごろ、街の中心部近くにある塾を出て、両親の迎えの車が駐車している少し離れた待ち合わせの場所に向かっている最中、行方不明となった。
ここにきて一連の事件は、連続失踪事件として騒がれ始め、幼い子どもの犠牲者が出たことで、警察に対するバッシングが頂点に達する。
警察も総動員して捜査を行っていたものの、何の手掛かりもないまま。唯一わかったことといえば、行方不明者の共通点ぐらいであった。
「現金、定期、クレジットカードが入っていた財布類。そして鞄等の荷物は無傷ってことか……」
警察にとって最も不可解であったのが、財布や荷物などは全く無傷で中身を取られることなく、現場に残され、被害にあった人間だけが、僅かな時間にまるで煙のように跡形もなく、消えてしまったことだ。
全国ネットの番組で、これは集団拉致事件だ、などとコメンテーターが騒いだことがきっかけで、この事件は主要新聞各社が取り上げることになり、全国的な話題となっていた。
俺がネットの記事を見ていると、ケータイが鳴る。取ると、着信は母ちゃんからだった。
「もしもし」
と答えると、母ちゃんが勢いよく
「太陽。ああ、無事だね! 家にいるのかい? ニュースは見た?! 」
「ああ」
俺はパソコンを見ながら、返事をする。
「ああ。こんなことなら、あんたを残すんじゃなかったよ! あんたのことだから、遅くまで夜更かししてるんでしょうけど、夜中に外に出るのは絶対にダメだからね! こんな物騒な事件が起きてるんだから……家にいること! いい、わかった? 」
「ああ。わかってるって」
「それと……」
と何かを言いかけた途中で電話口から甲高い声が聞こえる
「陽兄ちゃーん!
母ちゃんのケータイを取ったのか、陽芽が元気いっぱいに声をかけてくる。
「ああ。ありがとよ。陽芽、楽しんでな! 」
「うんっ! じゃあまたねー! 」
というと、電話が切れる。
俺はケータイを置き、パソコン画面に目を戻し、記事を読み進めていく。
今までの俺だったら、こんなニュースを見ても、何かすごいこと起きてんだなあ、と何の気にもせずに他人事でいられた。
だけど、今は違う。
エルピスとの出会い、怪物との二度の戦い。そして先日のあの男。
『十中八九、彼奴らの仕業じゃろうな』
ヒル子の言葉に、俺は頷く。
「ヒル子。色々ネットで調べてみたけどよ。敵がどんな奴か全くわからねえ。被害者を見つけて捕まえて、そのまままるで煙のように被害者と共に消えてしまってんだ」
『うむ。そうなのか』
「警察も捜査をしてるみてえだが、被害者の毛髪も血痕も、何の痕跡ものこってねえみてえだぜ」
発生現場に共通点はないのかと思い、調べる。
幾つかの記事から、失踪した箇所のある程度の目星をつける。
どの現場も、街の中心部から少し外れており、それぞれの位置は近くはない。
地図のサイトと見比べ、場所を思い浮かべた時にあることに気づく。
「アーケードとか、繁華街みたいな人通りが多いとこじゃねえ。夜中に出歩くには、街灯もなく人通りの少ないところか」
『ふむふむ。つまり、明かりのない場所に現れるみたいじゃのう』
街といっても地方都市だ。
中心部から一歩外れると、寂れた商店街や、閑静な住宅街もあったりと、いたるところにそんな場所は存在している。
次に敵が現れる箇所の候補が多すぎて、場所の特定がしようがない。
「ヒル子は、敵が現れそうな場所とかわからねえか? 」
『ふむ。前回の戦いみたいに、近くまで迫ってくれば、あやつらの気配はなんとなくわかるが……流石にどこで現れるかまでは特定できぬ』
「くそ、どうすりゃいい! 」
この事件は警察では止められない。
なんせ相手は人間じゃない。怪物だ。
奴らは俺たちの想像の外から現れ、襲ってくる。
このままだと、次々と犠牲者が出るだろう。
莉々朱さんとの別れ際、莉々朱さんが浮かべた不安げな表情を思い出す。
莉々朱さんを次のデートに誘うには、この連続失踪事件を起こしている怪物を倒すしかねえ。
けど、肝心要の怪物の居場所を、どうやって突き止めりゃいいんだ。
悶々と頭を悩ませていたその時、部屋の窓が、こんこんと鳴る。
俺が顔を向けると、そこにはレグルスが両手で窓ガラスを叩いていた。
「レグルス? 」
俺は窓を開けると、早く開けなかったのに不満を言ってるように唸りながら、入ってくる。
『ほう。レグルスではないか! 』
「レグルス、どうしたんだ? 」
レグルスは俺を見て、何かを訴えるように唸る。
『何じゃ、何かを伝えたがっているようじゃが』
俺はレグルスを見ている内に、不意にあるアイデアが閃く。
思い付いたアイデアがあまりに単純で、だけどこれしかないくらいの解決策で、俺は思わず笑ってしまう。
「何だ、単純なことじゃねえか……」
そうだ。おそらく敵は、獲物を見つけたら、襲うために現れ、獲物を何処かへ引き擦り込んでいる。
なら、結論はただ一つだ。
『何じゃ? 何を思い浮かんだのじゃ? 早く教えるのじゃ! 』
ヒル子に笑って言う。
「虎穴に入らずんば、虎子を得ずってことだ! 」
俺の言葉に、レグルスが頷くように、大きく唸り声を上げた。
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