『窮途末路』

 放たれた閃光が、闇で覆われた世界を眩い輝きで燦然と染め上げる。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」


 一瞬で騎士の姿に変身した俺は剣を即座に呼び出し、両手に握りしめる。


 頭上より迫りくる怪物達は、突如放たれた光に混乱し、慌てて散り散りになる。


 俺は目の前の直線状にいる複数の怪物めがけて、大上段に剣を振り下ろす。

 

 怪物の群れを一刀両断し、残骸がちぎれ飛ぶ。

 

 振り下ろした勢いのまま、地面を踏みしめ、勢いよく飛び上がる。怪物の大群めがけて上空から剣を振り下ろし、再び何体もの怪物を斬り捨てていく。


 慌てふためき、混乱する怪物共の狂乱の声が響くも、変身した俺には僅かなノイズにしか聞こえない。


 俺は地面に着地すると、溢れ出す高揚感のまま、剣を頭上に向ける。


「へっ。なめんじゃねえぞ、怪物共! 」


 頭上に群れる怪物に叫ぶ。 

 


『太陽! よくやったのじゃ! 褒めてやるのじゃ! 』


 ヒル子の誇らしげな声に

「ああ。どんなもんよ! 」

 

 と俺は自信満々に答える。


 俺は握りしめた剣、そして溢れ出る力の源である騎士の鎧を触り、確信する。


 そうだ。


 例え恐怖に呑まれようと、変身さえできたなら、どんな怪物だろうと負けやしない。


 俺は怪物の群れを見上げる。生き残った怪物は頭上を散開し、警戒するかのように近づいてこない。


 俺は勢いのまま攻撃を仕掛けようとしたが、頭の片隅で、巻き込まれた二人組を思い出す。


 俺は周囲を見渡すと、二人組が俺から少し離れた場所で見つける。ホスト風の男は完全に気を失い、坊主頭は腰でも抜けたのか、地面に座り込み間抜け面で俺を見ている。


 いくらこいつらでも、みすみす怪物に殺させるわけにはいかねえ。


『ゆくのじゃ太陽! どんどん倒すのじゃあ! 』


 とヒル子が調子よく言うも


「うっせえ、わかってる! 」


 と答えた俺は、男達の方に身体を剥ける。


「おい! 」


「あ、ああ」

 坊主頭が慌てて返事をする。


「できるだけ離れてろ! 」


 坊主頭は目を丸くしたものの、


「わ、わかった」


 と答えると、横で完全に気を失っているホストを肩でかつぎ、ふらふらとした足取りでよろけながらその場を離れていく。


 俺は頭上の怪物の方に急いで視線を戻す。


 怪物共は彼らに反応することはなく、俺の頭上を揺れ動いている。


『ふむ。こやつらの狙いは、お主だけのようじゃぞ、太陽』


「ああ。わかってんぜ」


 満ち溢れる力で負ける気がしない俺は、意気揚々と


「さあ。このまま、お前らを」


 倒してやるぜ、と言いかけたその時だった。


 頭上で停滞していた生き残りの怪物共が、突如として目にも止まらぬ速さで四方八方に散らばっていく。


「なっ!? 」

『何事じゃ!? 』


 俺は怪物共を目で追うが、あまりの速さに目が追いつかない。


「逃げる気かっ!? 」


 俺の予想は一瞬で裏切られる。


 呆気にとられてわずか数秒、散らばった怪物共が全方向から俺目掛けて襲い掛かってくる。


『来るのじゃ! 』


「まじかよっ!? 」 


 それはまさしく、嵐に巻き込まれたようだった。

 

 怪物共は俺に急接近し、槍状の脚を高速でぶつけてくる。



 俺は目の前に迫ってきた怪物に向けて剣を振るも、怪物はミサイルのような速度で俺の剣を回避しつつ、槍状の脚ですれ違いざまに攻撃される。


 全方位から来る怪物の攻撃に、対処がしきれず、次々と攻撃を受けはじめる。


 右肩に攻撃をくらい、俺がよろけた隙に、背後から迫る怪物の脚が背中に直撃する。


 凄まじい速さの攻撃による衝撃は鎧を突き抜け、打撲のような鈍い痛みが俺を襲う。


「くそがあああああ! 」


 俺は怪物めがけて剣を振りまわすも、怪物の速さに剣が追いつかず、剣の先すら触れることすらできない。


「と、どけえええ! 」


 俺は一発逆転を図るため、その場から跳躍し、動き回る頭上の怪物めがけて切りかかる。


 だが、俺の剣は怪物共になんなく避けられ、空中で止まった瞬間、背後から吶喊してきた一体の怪物が体ごと俺の背中に激突し、そのまま地面に向かって落下する。


 回転しつつ、なんとか着地をできたものの形勢は段々悪くなっていく。


『太陽! 闇雲に剣を振るっても、当たらぬのじゃ! 』


「わかってるけどよ、じゃあどうしたらいいんだよ!? 」


 止むことのない波状攻撃に、俺の心が段々と追い詰められていく。


 そして俺は、身体を思うように動かせないことに気づく。


 あれだけ動けたはずの鎧が鉛でも背負っているかのように重く感じ、動きが鈍くなる。


『どうしたのじゃ、太陽!? 』


 ヒル子の声に返事をする余裕もない。


 怪物共は、上空から雨あられと発射されるミサイルの如く俺に激突してくる。


 俺は頭上から迫る一体の攻撃を剣で受け止め、身体を回転しつつ、その横から来た二体目の攻撃を避ける。


 俺は態勢を立て直そうと一旦後ろに下がろうとした途端、背後の死角から三体目の攻撃が背中に、そして四体目の攻撃を脚にくらい、俺は地面に前のめりに倒れる。


「ちっくしょおっ」


 俺は立ち上がったものの、次から次へ来る攻撃を前に、剣を地面に突き刺し、身体を丸め、何とか反撃の機会を探るが、嬲られる一方になる。


『太陽! 反撃するのじゃ! 』


 反撃する暇も与えぬ波状攻撃を受けていると、衝撃を受け続けていた鎧の鈍い音が、高音に変わる。



 もう鎧が保たないのか。


 死、という最悪の言葉が頭をよぎる。


 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい!?


 鳴りやまぬ絶望の音に、俺は理性の手綱を握れなくなっていく。


『まずいのじゃ太陽、鎧が!? 』


 遂に一匹の激突を右肩に食らった瞬間、ガラスが割れた音を響かせ、その部分の鎧が砕ける。


 それと同時に、俺のなけなしの理性も崩れ去る。


「うわぁあああああああああああああああああ」


 半狂乱になった俺は立ち上がって、こみ上げてくる恐怖に呑み込まれ、剣を無茶苦茶に振り回す。


 怪物はせせら笑うかのように、少女の声を響かせながら、それを避ける。


 怪物の攻撃で、鎧が次々と罅割れていく。


「おい、ヒル子っ! 何とかなんねえのかよ!? このままじゃ、俺はっ……俺はっ」


 死、という言葉が脳内に溢れかえる。


『落ち着くのじゃ、太陽……いかん、後ろじゃ!? 』


 俺は後ろを振り向いた瞬間、胸に正面衝突してきた怪物に背後に吹き飛ばされる。


 俺は仰向けに倒され、なんとか立ち上がろうとするも異常に重くなった鎧のせいで、起き上がることができない。


「何だよ、どうしてだよ!? 今まで動けてたのにっ!? 」


 俺の言葉にも、鎧は全く反応しない。


 全力を振り絞り上体だけ起こした俺の意識が、絶望の淵へと落ちていく。


『前を見るのじゃ、太陽! 』


 絶望に囚われた刹那、頭に銃弾が直撃したような衝撃を受け、意識が寸断される。


『太陽!? 』


 ヒル子の声の叫びで、再び意識を取り戻したが、視界が揺れている。


 そして違和感を覚える。


 俺は頭部に手を伸ばすと、そこにはあるはずの兜がない。


 地面には、金と白の破片が散らばっていた。


 それは無残に砕け散った、騎士の兜だった。


  

 絶望が喉元からせり上がったその時、再び頭の中に、怪物共の狂気の声が響きわたる。


 意識が朦朧とし始め、視界がノイズの走ったテレビのように、歪んでいく。


『太陽、太陽!? しっかりするのじゃ! 』


 ヒル子の声が聞えるが、何を言っているのかわからない。


『立ち上がるのじゃ、太陽! このままではやられるのじゃ! 』


 俺は体を動かしたくても、もはや手足に感覚はなく、耳から響く狂気の声が、脳を侵食し、心が軋み始める。


 声も出せず、僅かに手の先を動かすこともできやしない。



『我は、何もできぬのか……』


 ヒル子の声が、段々遠くなっていく。


『我は見ていることしかできぬのか! あんなに偉そうに言っておいて……何が神じゃ! 』


 薄れゆく意識の中、ヒル子の嘆きが、微かに聞えてくる。


『嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃ……このまま何もできず、見ているだけなのは……嫌じゃ! 』


 ノイズの走った視界の先で、空からすべての怪物が俺を仕留めるために押し寄せてくるのが、朧気に見える。


『ここで太陽を死なせるわけにはいかぬのじゃああああ!! 』


 










 


 黄金の枝葉が、地面を覆いつくし、どこまでも広がっている。


 異界、黄金樹。


 その枝葉の下、巨木の幹に寄りかかって、少女が、小さな子ライオンを胸に抱き、すうすうと眠っている。


 少女エルピス、そして子ライオンであるレグルスは、寄り添いあって眠っている。


 不意に、眠っていたはずのエルピスの眼が見開く。


 エルピスはゆっくりと立ち上がる。

 

 胸に抱かれていたレグルスはその拍子にエルピスの胸元から地面にころげ落ちるも、器用に着地する。


 幼い主を見上げ、レグルスは訝しげに唸る。


 エルピスは黄金樹の根元からゆっくりと歩き、止まると、頭上を見上げる。


 黄金樹の頭上には、美しい夜空が映し出されていた。


 エルピスは両の眼で、無表情に、虚空を見つめる。


 その緑の瞳が光り始める。


 それは微かな光から、段々と輝きを強めていく。


 それに呼応され、エルピスの頭上に広がる黄金の枝葉が煌煌と輝きを放ち始める。


 






 怪物が俺のすぐ目の前まで迫った瞬間、無機質な声が聞こえる。


『女神の承認を確認。聖体示現を開始します』

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