『Ελπίς』
頬に生暖かい息を感じる。
耳のあたりで何かが唸りながら、息を吐いている。
ざらざらとした何かが頬に触れ、俺の意識が急浮上する。
目を開け横を見ると、こちらをのぞき込んでいるつぶらな二つの目玉と視線が衝突する。
「なんだ⁉」
驚いた俺は飛び起きる。
目の前にいたのは、猫くらいの大きさで、金色の毛並みをした謎の動物だった。
「猫か? 」
俺はその動物を見るも、違和感を感じる。
まだ寝ぼけているからか、はっきりとしない。
どこかで見たことあるようなと思い、その動物じっと見る。
それは、どう見てもライオンの子供だった。
テレビで見たことはあるものの、実物は始めて見る。
けれど、どうしてそんな動物が、ここにいるんだ。
その時、怪物に襲われる直前に助けに来た巨大なライオンを思い出す。
「もしかして、あのライオンの子供なのか?」
言った途端、目の前の動物がぐるると唸りだす。
「違うのか……いやそれならあのライオンそのものなのか?」
俺の答えに満足したのか俺の周りをうろうろしつつ小さく唸る。
一体どうして、姿かたちが小さくなったのかは謎だ。
それを見ている内に、俺の脳裏に意識を失うまでの記憶が一気に蘇る。
「っつ、あの子は!」
立ち上がった時、自分が痛みもなく立ち上がれたのに驚く。
自分の身体を見ると、服は所々破れていたものの、あの怪物に負わされた傷は、跡形もなく塞がっていた。
俺は、すぐ横に少女が倒れていることに気づく。
「大丈夫か!?」
俺は屈みこみ、少女を近くで見る。怪物に飲み込まれたが、傷は特に見当たらない。
眼を閉じてはいるものの、微かな呼吸音が聞こえる。
少女は眠っているだけのようだ。
無事な様子を見て俺は息を吐く。緊張感がほぐれ、再び俺は地面に座り込む。
子ライオンは、眠っている少女の顔に頬ずりしながら、優しく唸る。
「一安心ってとこか。にしてもこの子は一体……」
少女を見ながら、俺は考える。
「木の穴の中で眠ってるなんて、まるでかぐや姫みてえだよな」
まあ、そもそも竹の中ではなく、黄金に光る巨大な樹の洞の中だったが。
一旦落ち着くと、気になることが山のように出てくる。
あんな森に1人っきりでいたのは何故なのか。
何故、あの怪物に狙われていたのか。
怪物のことを思い浮かべただけで、吐き気に似た恐怖が蘇りそうになる。
その時、左手首に違和感を感じる。
「これは……あの時の」
左手首に黒い金属の腕輪が巻かれていた。左手の甲を見ると、そこにはライオンから渡された石が黒い金属の上にしっかりと嵌っていた。
「これを握った時に、あの声が聞こえて、それで変身したんだよな……」
俺は邪魔だったので外そうとするも、しっかり手首に巻かれた金属部分に、外せるような部分が見当たらない。
諦めて、俺は少女のことを考える。
「まさか、連れて帰るわけにもいかねえしなあ」
警察に相談してみることも考えるが、その場合、あの森のことや、怪物のことについても話さないといけなくなる。
「信じてもらえるわけ、ねえよなあ」
第一、この状況で真っ先に疑われるのは俺自身だ。
「どうしたもんか」
と俺は腕を組んで途方に暮れた時だった。
か細く鳴くような声が聞こえ、俺は少女の方を見る。
少女の瞳が、ゆっくりと開く。
「お、目覚めたか!!」
少女はゆっくりと上体を起こすと、顔をこちらに向ける。
無表情な顔のまま、その透き通った瞳は、ただじっと俺を見ている。
大丈夫だったか、と聞こうとしたその時、唸り声をあげライオンが少女の胸元に飛びつく。
「お、おい」
少女はそのライオンを胸に抱きかかえ、頭を撫でるとライオンは気持ちよさそうに唸る。
その仕草を見ていると、十歳くらいの見た目とは裏腹に、どこか大人びて見えた。
俺はその姿を見ていると、いつの間にか口が開いていた。
「君は一体……何者だ?」
目の前の少女は顔を上げ、俺の顔を見るも、答えようとしない。
「名前を、教えてくれないか?」
俺の問いかけに、僅かな沈黙を経て、彼女は答える。
「……エルピス」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます