ハヤシライス

特に何もすることがないいつもの一日が始まった。


彼は本棚の漫画を読み返している。


思い出の詰まった思い入れのある漫画たちのようだ。


いつもはただ本棚に存在するだけの漫画に彼はごくたまに手を伸ばす。


私はあまり漫画は読まないけど、「漫画は奥が深い、味わい深い珈琲のように一言では語り尽くせないぞ」と彼は言う。


「そっか」なんて相槌を打ちながら私は傍のパソコンのExcelで簡単な計算表を作っていた。


足し算引き算掛け算と合計くらいの基本的なもので、彼の仕事で使う。


あったら便利だろうと思っていて、今日作ろうと思い立った。


彼は表計算ソフトを作る私に「かっこいいな」なんて気の利いたことを言う。


そんなに大したことはしてないけど、彼は誉め上手だなあ。


「ねぇ、今日の夕食はハヤシライスよ。それからズッキーニと生ハムのサラダ、大豆と野菜のコンソメスープ、焼きリンゴよ。」


「いいねぇ」彼はニンマリと笑う。


料理は彼も得意。彼の方が上手かもしれない。


私達は食の趣味が合うから二人で毎日の食事を心ゆくまで楽しんでいる。


「ハヤシライスは下ごしらえした牛肉を沢山使って水ではなく赤ワインで煮込むの、ぶどうの甘酸っぱさでさっぱりした出来になるわ、クミンスパイスでまろやかなハヤシライスの風味に角を立たせる、ズッキーニはピーラーで薄く削って塩もみするの、生ハムと一緒に生で食べて美味しいわ、ここにも少しクミンを。大豆はほどよい柔らかさ、食感が大事ね、リンゴはバターで焼いてグラニュー糖とブランデーを入れるの、リンゴとブランデーの風味がいいわ」


「ねぇハヤシライスのご飯はジャスミン茶で炊くね。」


「今日は薫り高い洋食だな」


「そうね、今日は私が作るね」


部屋の奥にいた和名の猫がにゃあと一言鳴いた。

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