第42話

 今日の予定は二つ。

 どちらも探索者組合でのことだけど、俺達は少し早めに行動を開始した。


 唯奈ゆいな里依紗りいさの装備を新調するためだ。

 今の二人はアクセサリーに付与した擬態の効果で別の姿になっている。

 もしルゥビスから捜索の手が伸びていたとしても見た目で同一人物と思われることは無いだろうけど装備から足がつく場合もある。そう考えて装備を新調することを提案した。

 今の唯奈ゆいなは明るい栗毛色の髪を後ろで纏めた令嬢風。元のショートヘアで何処かボーイッシュな雰囲気とは真逆。

 里依紗りいさは金髪ショートヘアに猫耳、童顔、スレンダーそれにフサフサのしっぽという猫獣人。そのしっぽの触り心地は筆舌に尽くし難いまさに魔性、皆んなを虜にしてしまい、今朝も里依紗りいさが起きだす前にも全員でモフりまくった。なお、朝のブラッシングがまた良い。エイシャをして「あれは癖になる」そう言わしめた。俺もその意見には同意する。

 おっと、思考が脱線した。


 最初に向かったのは市場の露店。

 掘り出し物がないかと思ってやって来たんだけどそう上手い話は無かった。

「やっぱり、そううまい話はないねえ」

「そういえば礼央れおはどんな武器を使ってるの?」

「俺? 俺はコレ」

 刃長九寸程度の鍛造ナイフ。

 ルゥビスの探索者組合で働いている時に貰った解体ナイフ。

「えっ、それ解体ナイフじゃないの?」

「私もそう思ってた」

「ん、他のを持ってるの、見たことない」

「これは礼央れおの装備も見直しが必要だね」

「ん」

「賛成」

「え〜、これじゃあ駄目かな。一番しっくりくるんだけどなあ」


 とかなんとか話をしながら次に訪れたのは鍛冶場に併設された鍛治師組合の店舗。流石、火事場に併設されているだけあって店舗内まで鍛冶場の熱気に包まれている。なんていうことは無くて、他の組合と少し趣の異なる石造りと煉瓦造りを融合したような造りをしていた。

 遠目には目立たない程度に柱に彫刻が彫られていた。

 近づいてみるとかなり精緻な彫刻がされていて、それだけを眺めていても飽きることは無さそうだ。


 重厚な扉を押し開けて鍛治師組合内に入ると探索者組合と違って窓口には利用者はいない。併設された店舗側では若いドワーフの男性が包丁を求めてやって来た主婦の対応をしているところだった。


「勝手に見せてもらう?」

「ん」

「そうね」

「うん」

 さて、展示された武器、防具を眺めているのだけどピンとくる物がない。

 眺めているうちに俺の注意は大きめの深底の鍋に向いた。

「底面もフラット、魔導竈Madokamにも使えそうだよな。これ」

 夢が膨らむなあ…… この鍋、揚げ物するのに良さそうだな。

 真剣に鍋を睨んでいるとグッと肩を掴まれた。


礼央れお、今はこっち」

 唯奈ゆいなに手を引かれて武器、防具コーナーへ連れ戻された。

 そこではエイシャと里依紗りいさ、それに見習い鍛治師って感じの少女がいた。三人のやり取りを目の端にとらえた状態で唯奈ゆいなの試し振りを見ているとつい声が溢れた。

「凄いな……」

 素直にそう言葉が漏れた。力みの無い構えからスッと振られた刃長四十センチ程度の剣はブレることなく綺麗な線を描き、そのまま跳ね上がった。

「ふぅ、もう少し手元に重心が欲しいかなぁ」

「いや、凄いなあ」

「えっ、そ、そう…… 私的には、まだまだなんだけど…… ありがと」

礼央れおくん、私も見て」

 グリっと音がしそうな勢いで身体の向きを変えられた。

 里依紗りいさだった。ピコっと動く猫耳に動きに合わせてフサっと揺れたしっぽ。良い仕事をしてるなぁ……


 俺が見惚れていると里依紗りいさは頬を染めてモジモジとし始める。

「いやぁ、良いなあと思って」

「ん、今見るのは、そこじゃ無い」

礼央れおくんのえっち」

 どこを見ていたかは想像にまかせる。とりあえず本題に移る。

里依紗りいさはナイフ? いや、双剣?」

「そう、使ってみたかったんだ」

 そう言って里依紗りいさは部屋の中央に立ち、舞うように剣舞を披露しはじめた。

 ゆったり、時には速く、止める時には力み無くスッと止まる。何処にも無駄な力が入っていない流れるような動きだった。


「暫くの間、剣を振ってなかったのに覚えてるもんだねぇ」

「リイサ、凄い」

「いや、ホントにすごいな。俺が最後に見たのって小学校の頃だったもんな」

「んふっ、ありがと。私、コレにする」

 里依紗りいさは試し振りをしていた双剣よりもう少し長い刃長五十センチ弱の細身の直刀を二本、それと革がメインで胸に金属板が縫い留められた部分鎧を購入することにした。


 里依紗りいさが剣と鎧を見繕っている間に唯奈ゆいなも何度か重心の調整を繰り返していた剣と盾替わりに肘まで補強の入った手甲を買うことにした。鎧は探索者組合で革鎧を購入する予定だそうだ。

 唯奈ゆいな曰く「まともには受けられないけど弾いたりする分には盾より使い勝手いいよ」とのことだった。

 それは俺には真似できそうに無い芸当だ。


 そして俺の武器としてエイシャと一緒に短めの剣ショートソードを眺めていたんだけどピンと来るものが無かった。いや、正確にいうと解体ナイフの方が手に馴染んでいてわざわざ買い替える気にならなかったというのが正しいかな。

礼央れお短めの剣ショートソードより長剣の方がいいんじゃない?」

「いや、長剣はちょっと」

「え〜、木刀くらいの長さの方が馴染むんじゃないの?」

「それは小学校の頃だろ。俺が里依紗りいさのところに通わなくなって何年経ったと思ってるんだ」

「それでも身体に馴染んだ長さがいいんじゃないの? 案外、身についてるものでしょ」


 里依紗りいさの祖父の家には道場があって俺達は小学校の頃、時々稽古をつけてもらっていた。とは言っても本格的な稽古をつけてもらう前に俺は一度転校した。

 中二の時に戻ってきた俺は改めて教えを乞うことをしなかった。だから馴染んだ長さと言われても実感が無い。

 それでも勧められるままに手にした長剣はやはり違和感があった。

 だから購入は保留。そのうち良いものに巡り会えるだろう。たぶん……

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