第29話

◇◆ ◇◆ 唯奈ゆいな里依紗りいさ Side. ◇◆ ◇◆


 探索者組合の前で礼央れおに言われたように私達が戻らないことで捜索依頼が出ている可能性は大いにある。

 特にあの騎士達は私達を育成すると言ってあっちこっちの獣の討伐に駆り出していたから尚更そう思えた。


「そういえば、どうしてルゥヴィスはあんなに獣がいたんだろうね」

「うん、礼央れおと再開するまでの間はそんなこと無かったよね。あの猿の縄張りくらいだったし」

 ルゥビス近郊では頻繁に獣の討伐が行われていて人手不足だった。それが私達が召喚された理由の一つだったけど。

「本当に獣の討伐の為だけに私達は召喚されたのかな?」

「わからないけど、私達がしてきたのは討伐と復興支援だったよね」

「うん、それだけならわざわざ別の世界から私達を召喚する必要はないと思う」

「じゃあ、本当の理由はなんだろうね」

「わかんない」

「だよねぇ」

「それより、今は……」

「うん、洋服だよね」


 別にこれはお洒落のためじゃない。

 アンクロで買った服も随分くたびれていて買い替えないといけない状態になっていた。

 礼央れおくんには内緒だけどアンクロで買わなかった肌着は随分擦り切れてきている。元の世界から着ていた肌着はもう既に擦り切れて役目を終えていた。それに、この世界の肌着は肌触りの良いものになると途端に値段が跳ね上がるからお金、それと時間に余裕がある時には洋服選びよりも優先しないといけない。

 そんな理由もあって、礼央れおくんとは別行動させてもらっている。

 洋服を扱っているお店を露店、店舗合わせて四軒まわったところで集合場所に戻った。


 私達の手には洋服が十着程。どれも中古服、それと肌着。この肌着は既製品があったから新品を買った。とは言っても一人二着と心許こころもとない。

 残念ながら下着は良いのが無かったから今度エイシャに相談しよう。

 それらの荷物を荷台に積んでいると上機嫌な礼央れおくんが「今晩は期待しててくれ」と言ってきた。

 えっ!? えっ、ええ〜〜〜っ!?


 驚きと共に期待が膨らんでいく。今晩どうなっちゃうの私達。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 三人と合流したあと、エイシャの案内で家具職人の元へ向かった。


 三人のベッドを選びに来たのだ。とはいっても部屋の大きさは大体6畳。そういうわけでダブルとクイーンの中間サイズのベッドを一つ、それと少し大きめのテーブルと椅子(こっちはセットで椅子は六脚)、どれも中古品だけどしっかりとしているし悪い所があれば補修もしてくれているみたいで物の割に結構お買い得価格だった。


 今も奥の方で何人かの職人さんがテーブルや椅子の補修をしているのを眺めながら親方に訊ねる。

「親方はいろんなところに家具を納めてますよね」

「どうした?」

「ん、どこかに広い借家無い?」

「探索者のパーティハウスにいい所が無いかと思いまして」

 決して奥さん三人と暮らすとは言い難い。なんせ、実感が無い。

「ああ、ということは六人以上で暮らすのか?」

「ひとまずは六人くらいを予定しています」


 一般的にパーティハウスを持つようなパーティは探索者六人にポーターが数名、住居の管理まで含めると十名前後が最小単位になると聞いている。

 今の俺達は探索者五名とポーター兼サポーター一名。

 将来的なことを考えれば広いところを借りるのもありかと思っている。

「すぐに思い当たるところは無いな。気にかけておいてやる」

「お願いします」

 すぐに良さそうなところは無いかぁ。

 支払いを済ませて、親方に家具の配送をお願いして家に帰ることにした。

 明日の午後持ってきてくれる予定になっている。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 家の中の照明はランタンだけなので日が暮れる前に夕飯の準備に取り掛かる。

 台所もそれほど広く無いので今は俺と里依紗りいさが立っている。


 今日は市場でも破格の散財をした。そう、植物油を手に入れた。それに砂糖も。植物油はアンクロから来た行商人が西方から仕入れたというもので約一リットルで五BS(約五千円)…… でもね、鳥肉も手に入れたから唐揚げを作りたくなったんだ。唐揚げ粉は麦を挽いたものと片栗粉それに塩胡椒、砂糖を少々混ぜたもので代用する。揚げ物用の深い鍋も無いから、それはフライパンで代用する。

 準備の段階で俺が作ろうとしているものに気がついた里依紗りいさは上機嫌でタルタルソースを作っている。

 唯奈ゆいなには内緒にしているし、そもそも俺の知る限りでは食べ物を揚げる調理法をこっちに来てから見てない。三人の驚く顔が今から楽しみだ。


 マヨネーズやすりおろした大蒜にんにく、ワイン(醤油と料理酒が欲しかった)で下味をつけて揉み込んだあと寝かしている間に色々なスパイスをブレンドしておく。タルタルソース以外にも試してみたいからね。

礼央れおくん、ちょっと味見してくれる」

「ん」

 小匙に掬ったタルタルソースを口元に持ってくる。口に含んで味を確認。

「ちょっと玉葱(の様なもの)の主張が強いかな。余っても収納で保存できるから他の材料追加してみて」

「うん、やってみる」


 材料になっているものの味の主張が元の世界と違うから覚えているレシピ通りにはいかない。結構味見を繰り返して近づけていくことになるんだよね。今、その洗礼を里依紗りいさが受けていた。

「俺も初めて使う食材は色々試してるよ。やっぱり見た目や味が似ていても調理するとガラッと変わるのもあるからね」

「そうだよね、私も今それを実感してるよ。もうちょっと料理覚えとけばよかったよ」

「今から覚えていけばいいよ」

「うん。そうだね……」


 俺達に帰るためのすべはないと召喚時に告げられた時のことを思い出した。

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