第139話 察知
「はあー。勇者さん、やっぱりすごかったですねえ」
荷を下ろし、地面に腰かけたミリアが感心したように呟く。
「悔しいけれど、認めざるを得ないわね。まるでモンスターの方から剣に吸い込まれていってるんじゃないかっていうぐらい、完璧な勝負勘だったわ」
リロエが弓の手入れをしながら呟く。
「ワタクシの能力から得た感覚では、あの娘のレベル自体は40前後でワタクシたちと大差ありませんのに……。やはり勇者の天分はすさまじいものですわね」
ナージャがお茶の準備をしながら頷く。
「戦士としての実力といい、他者への思いやりといい、全く非の打ち所がありませぬ」
レンが刃を研ぎながら呟いた。
「――ドラゴンの、爪牙は固し、闘志はなお固し」
スノーが壁に背中を預けて目を閉じる。
天は二物を与えず――じゃなくて、与える、みたいなことか。
どうやら、半日近くであら探しをしても、みんなアルセの実力に疑問符を差し挟むことはできなかったらしい。
「確かにアルセさんは大活躍だったけれど、僕たちも十分頑張ったよ。初めてのダンジョンでも上手く連携が取れたし、階層のボスっぽいのも追い詰めたし、それでいいじゃない」
僕はそう言って、仲間たちを慰める。
「ええ。確かに旅のなまりはすぐにとれて良かったですわね。もっとも、階層のボスにとどめを刺す役目はあの娘にとられましたけど」
ナージャが頷きつつも、チクりと呟いた。
「あの時は横からもう一体別のボスが出てきて、僕たちはそっちの対応をしなきゃいけなかったし、仕方ないって。――さ、そんなことより、テルマが作ってくれたお弁当を食べよう」
僕は話題を切り替えるように言って、持参したバスケットを開いた。
これまた中身は普通のサンドイッチだ。
グリーンウッドホテルに言えば、普通に弁当は用意してくれるのだが、結構な代金がいるので、ハネムーンの本番まではなるべく節約していこうということになった。
基本的に滞在費が向こう持ちといっても、一日に使える額は限られていて、飲食費の全てがタダになる訳ではないのだ。
「そうね。食べましょう! せっかく姉様が作ってくださったのだから、みんな味わって食べなさいよ!」
リロエはなぜか偉そうに言ってサンドイッチにかぶりつく。
「ふう。ま、いつまでも他人を
「では、吾がお配り致しまする」
レンが、ナージャの用意したカップを、一人一人の側に置いた。
「ありがとうございます! あー、お腹空きましたー」
こうしてささやかな昼食がスタートする。
僕も、野菜がメインのヘルシーなサンドイッチに、瓶詰した自作のマヨネーズをかけて食べ始めた。
調理法としては慣れ親しんだいつもの料理でも、材料が変われば味の印象も随分と違う。
この土地の食材は、どれも甘みが強い気がする。
「あっ。もう食べちゃってる! それ、もしかして愛妻弁当かな?」
料理を終え、サンドイッチを皆に配り歩いていたアルセが、僕たちの前で立ち止まって言った。
後ろからは、マジックアイテムを持った撮影班がしっかりとついてきている。
「はいそうです。このソース――マヨネーズは僕が自分で作りましたけど」
隠すことでもないので、僕は素直にそう言って頷いた。
「へえー。なんか恋人同士の共同作業って感じで素敵! ねえ! そのマヨネーズってサンドイッチに合うの? 私もちょっと味見してみてもいい?」
「ええ。どうぞ」
好奇心旺盛に顔を近づけてくるアルセに、僕はマヨネーズの瓶を渡した。
アルセは、マヨネーズを彼女自身が持ってきたサンドイッチにかけて、口に運ぶ。
「すごい! なにこれ! おいしい! いいなー。キミは精霊魔法だけじゃなくて、色々なことを知ってそうだね。ますます仲間になって欲しいなぁー」
アルセは指についたマヨネーズをペロっと舐めて、物欲しそうに僕を見つめる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
瞬間、僕の周りから、五つの無言のプレッシャーが、一斉にアルセへと放たれる。
「――と、思ったけど、お嫁さんたちに怒られちゃいそうだからやめてとくね。ははは。……んっ?」
左手にサンドイッチを持ったまま、たじろぐように一歩引いたアルセが、一転
瞬間、ドカドカと地面に落下するブロック状の巨石。
それは、今まさに生まれ落ちようとしていたストーンゴーレムの残骸だった。
ナージャか僕の精霊が数秒後には感知していただろうが、それよりも勇者の反応速度は勝るというのか。
撮影班が、勇者の戦果を、マジックアイテムでねめつけるようにじっくりと捉える。
きっと、これがテレビなら、『一時も気が抜けない! 常に死と隣り合わせの勇者ライフ!』みたいなテロップが出ていることだろう。
「ありがとうございます。助かりました」
ともかく、助けてもらった事実に対し、僕は立ち上がって礼を述べた。
「ううん。ダンジョンに慣れてるキミたちには余計なお世話だったかも。でも、私、身体が勝手にモンスターに反応しちゃうんだよねー。――とにかく、マヨネーズごちそうさまっ! 私のも良かったら食べてね!」
アルセは気楽な調子で言って、手にした食べかけのサンドイッチを僕に押し付け、近くにいた別のパーティに声をかけにいく。
『……やっぱり、そうだ』
その背中をじっと見つめていた風の精霊が、珍しく深刻な声色で口を開く。
「どうしたの?」
『今近くでモンスターが倒された時、あの娘の方からかすかに魔の気配がしたよ! やっぱり、なんか変だよ! あの娘!』
風の精霊は危機感も
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