第37話

あの事件から1ヶ月。

 気づけば王都は夏真っ盛りだ。

 3年前から王都に住んでいるが、王都の夏は公爵家の南の領地よりも涼しく過ごしやすいので気に入っている。

 学園も夏休みに突入した。

 わたしも明日、灼熱の南の領地に帰る予定だ。


 ナイフ男の事件当初は、王都中がこの話題で持ちきりだった。

 

 アーサシュベルト殿下の婚約者である公爵家令嬢エリアーナ嬢が身を挺して人質に取られたご令嬢を救い、誰も傷つかないようにと犯人と共に崖から川に飛び込み、アーサシュベルト殿下は愛する婚約者を救うためにすぐに川に飛び込み救助したと。

 耳を塞ぎたくなるような気恥ずかしい愛の物語になって語られた。


 この愛の物語はいち早く、絵本が出版され、近日中には小説も出版され、舞台化もされるそうだ。

 みんな、お金になるとわかれば、仕事が早いんだから。

 公爵家の使用人もグッズ販売をしようと盛り上がっているし、どうしようもない。


 だが、わたしが下着姿になったことだけが、すっぽり話から抜け落ちている。まるでなかったかのように、噂話にもなっていない。

 

 それは、例のご令嬢達があの場に居合わせた人達に緘口令を敷いてくれたのだった。

 わたしが河原でアーサシュベルト殿下とともに騎士様達に救助されているあの時に、ご令嬢達が殿下とわたしのために、わたしが下着姿になったことや婚約解消を口にしていたことを絶対に口外してはならないと口々に言い出し、結束を固めたらしい。


 そう、マリエル嬢が嬉しそうに教えてくれた。

 どうやら例のご令嬢達は、アーサシュベルト殿下がなにも躊躇わずに川に飛び込んだ勇姿を目の当たりにして、殿下フェロモンにガッツリ当てられたり、わたしが殿下の迷惑のかからないようにと婚約解消を懇願してから下着姿になって飛び込んだことを奥ゆかしと感銘を受けたらしい。


 わたしと間違われたケイシー嬢からは後日、正式なお礼があり、そしてケイシー嬢を含めラベンダー畑騒動のご令嬢達からも正式な謝罪があった。


 この1ヶ月、お見舞いやお礼、謝罪でわたしの住む王都の公爵家は大忙しだった。


 肝心のわたしは思っていたほど喘息の発作も出ずに、いまは小康状態だ。

 大人になったので克服できたものばかりと思って過信していたのが良くなかったのだろう。


 今日は朝から屋敷中がひっくり返っている。

 明日から領地に帰るのでその支度と、このとんでもなく忙しい時にアーサシュベルト殿下がお見舞いに公爵家に来るためだ。

 

 実はアーサシュベルト殿下とゆっくり会うのはあの事件以来だ。


 殿下は、自ら川に飛び込んだことを陛下にこってり絞られた後、罰として事後処理を任され、夏休み前の学園のテストと事件の処理で睡眠時間を削って、取り組んだらしい。


 わたしも体調が戻るまでずっとベッドに縛りつけられ、ようやく学園に復帰したところでテスト期間。

 その後はお茶会の嵐だった。

 断ることの出来ないものをお母様と厳選したが、それでもかなりの数になった。

 お母様なんて、最後のほうは辛すぎると遠い目をしていたな。



 「エリアーナ様、もうすぐアーサシュベルト殿下がご到着のようです」


 私室でアーサシュベルト殿下のお迎えの準備をしていたら、侍女が呼びにきた。


 胸が早鳴る。

 いろいろあった。

 なにから話せば良いのか。


 慌てて玄関ホールに小走りで向かい、なんとか間に合った。


 扉の向こうの庭先に夏の日差しを燦々と浴びて、眩しく黄金色に輝く髪が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る