第27話

 階段の途中ですれ違うのは危険な気がする。

 悪役令嬢と階段と言えば、突き落とすアレだ。わたしが警戒しているシュチュエーションのひとつでもある。

 わたしは階段の手前で足を止めた。それに気づいた一緒にいた友達も足を止めて、キャロル嬢が降りて来るのを待つ。

 キャロル嬢のピンク色の髪が一段一段降りる度にふわふわ揺れて、とても可愛い。

 キャロル嬢はやっぱり可愛いわね。


 そして、なにも起こりませんように。

 祈るような気持ちでキャロル嬢を見つめる。

 

 階段を降りて来るキャロル嬢と目が合い、お互い会釈をする。


 キャロル嬢の足が無事に地面に着き、その様子に安堵した時だった。

 コツコツとわたしのそばにきた小さな愛くるしいキャロル嬢がとんでもないお誘いをしてきた。


「エリアーナ嬢、今日の放課後に中庭でふたりでお茶をしませんか?」

「きょ、今日の放課後…」

 驚きで吃(ども)ってしまった。


 いや…予定なんてなにもない。

 すぐにでも返事出来るが相手はキャロル嬢だ。


 予定を思い出すフリをして、視線をそらした。

 全然、お茶ぐらい出来るんだけどね。

 キャロル嬢とふたりでお茶っていうのが不安だ。

 でも、ここで断れば意地悪な悪役令嬢みたいに見えるかも。

 横にいる友達も心配そうにわたし達のやり取りを見ている。

 視線を他にやれば、何人かの生徒も興味深そうにこちらを見ている。

 ここで断れば、意地悪で断っているようにギャラリー達に思われるかも知れない。

 断るのは悪策のようだ。


「お茶、良いですね。放課後に中庭で集合ですね」

 なるべく、ふたりきりの状況は作りたくないがここはやむを得ない。


 キャロル嬢が誘っておきながら、わたしの返事に驚いた様子を一瞬見せる。

 ん?断って良かったの?


「ありがとうございます。では放課後を楽しみにしていますね」


 キャロル嬢はそう言うと、軽く会釈してパタパタと走り去った。

 

 これで良かったのよね?

 この選択で良かったのか、不安だけが残った。



 放課後、とりあえず購買部に走って、たくさんのお菓子とドーナツを買い込む。

 キャロル嬢にお菓子のひとつも持って来ないケチと思われるのは危険だ。

 悪役令嬢回避のためにも、食べきれないぐらいあった方が無難だろう。

 一緒についてきてくれた友達はわたしの考えに苦笑いをしている。


 中庭のお気に入りの場所のテーブルの上に、ドーナツとお菓子をずらりと並べて待っていると、キャロル嬢も大きな紙袋を抱えて、小走りでやってきた。


「お待たせしてしまって申し訳ありませんって、ええっ!エリアーナ嬢もお菓子をたくさんご用意してくれたんですね!わたしも買い込んじゃったわ」

 テーブルがお菓子で溢れんばかりの状態になってしまった。


 お互い顔を見合わせて、ふふふと笑った。お互いの気遣いがこそばゆい。

「お互い、緊張していますね」

「そのようですね」


 テーブルの上のお菓子を整理して、やっと席に落ち着く。

 座るなり直ぐにキャロル嬢がまた立ち上がった。

「まず先に言わせて。エリアーナ嬢、いろいろとごめんなさい」

 深々とわたしに頭を下げて謝られる。


「あの…キャロル嬢、頭を上げてください。そして、座ってください」

 わたしは辺りをキョロキョロ見回して、この様子を誰も見ていないかを確認する。

 遠目からこの様子を見たら、わたしがいじめているように思われると困る。


「ええ…でも…」

「キャロル嬢、お願い。わたしが貴女を虐めているように見られるといろいろと大変なの」

 テーブルの向かい側にいるキャロル嬢にテーブルに身を乗りだして、小声で話しかける。

「わかりました」

 キャロル嬢は素直に椅子に座ってくれた。

「殿下に聞きました。キャロル嬢がいろいろと殿下に協力されていたことを…その…わたしの気持ちを引き出すために」

「本当にごめんなさい。エリアーナ嬢に嫌な思いをいっぱいさせてしまったわ。それに先日、エリアーナ嬢が泣いてしまったと聞いて、申し訳なくて… 」

 また、キャロル嬢が座りながら頭を下げてくる。

「キャロル嬢、もう謝らないでください。キャロル嬢のおかげでわたしは自分の気持ちに気づけたし、わたしを泣かせたのはキャロル嬢ではなくて、殿下ですから」

「でも…」

「本当に大丈夫です」

 キッパリ、言い切った。

 

 キャロル嬢は眉尻が下がり、困り顔で話し出した。

「アーサーは…いえ、アーサシュベルト殿下ですね。これも直しますね。アーサシュベルト殿下に対してわたしは爪の先ほども、一切恋心というものはありません。周りが面白おかしく話を作ってくれるので、拗れる前に直接、エリアーナ嬢にお伝えしておきますね」

 キャロル嬢が強い意志のこもった瞳を真っ直ぐこちらに向けられる。


 でも、頭の中でずっとひかかっていたことをキャロル嬢に確認したくなった。

「実は無自覚で殿下とキャロル嬢は惹かれ合っているとかはないんですか?」

 わたしは嫉妬心を隠しながら、キャロル嬢に質問をぶつける。


「ええっと…なんでそうなるんですか?殿下と惹かれ合うとか気持ち悪いことを…」

 可愛い顔を歪められ、思ってもいない言葉をキャロル嬢が吐く。


 んん?気持ち悪い?


「そういうものも一切ありませんね。わたしと殿下に恋愛というものは全く存在しません。ああ、考えたくもない。今回、芝居だけでも大変だったのに、捻り出してあるとすれば兄妹愛のみです」

「捻り出す兄妹愛?」

「そうです。詳しくは話せませんが恋愛など全く無縁の次元を超えた兄妹愛のみですね」

 思ってもみない、そしてよくわからない返答にキョトンとする。


「なので、エリアーナ嬢は殿下と恋愛をうーんと思う存分、がんばってください。わたし、すごく応援します」


 殿下との仲を応援するとピンク色のふわふわの髪を縦に揺らしながら、目をキラキラさせて可愛い笑顔で応援するとと言われましても…

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