Chapter2-8 初ミッションクリア


『緊急ミッション【西の森の密猟者を討伐せよ Rank-R(レア)】をクリアしました』


「な、なんとかなったか……」


 三人の密猟者たちがバタバタと倒れていくのを見届けてから、俺はその場にぺたんと座り込んだ。


 緊張の糸が切れたせいで、全身からどっと汗が噴き出てくる。戦闘していた時間は一瞬だったのだが、それでも俺は生きた心地がしなかった。



「カイト、大丈夫? ケガしてない?」

「ああ、問題ない。それにしても、人体の急所が現実と同じで助かったよ……」


 今回俺が取った戦法は先手必勝、そして一撃必殺。俺のスキルがアイツらにバレる前に、聖剣を飛ばして後頭部に思いっきりぶつけてやったのだ。


 ダメージ計算は単純な物理法則よりも、装備やステータスによる割合が大きい。だがこのAWOでは、クリティカル判定というものがあり、攻撃した部位によっては相手の防御力を貫通させることができる。


 つまり俺は、そこを突いて密猟者たちを倒したと言うわけだ。……倒したとはいっても意識を飛ばしただけで、さすがに殺しはしていないけど。



 ちなみにこの世界の人間は、心臓を刺されたり首を切られたりしたら死ぬ。


 もちろん傷を負えば、血なんかも出るわけで。最初の村で起きた殺戮イベントでトラウマを植え付けられた俺は、大惨事にならないよう、慎重に事を運んでいた。



「ふぅん、なかなかいい発想をするじゃない。アタシの分身でもある聖剣を鈍器扱いしたことは、ちょっといただけないけどね」


 ティアはそう言ってニヤリと笑った。



「あ、あれは仕方なかったんだよ! こっちは武器の扱い方なんて知らない素人なんだから!」

「はいはい、何度も聞いたからわかってるわよ。でも、その様子だと武器を持った相手に戦った経験自体はあるみたいね」


 え? いや、無いんですけど……根っからの平和主義者よ、俺は。



「一人目を倒した後。次の相手がどんな動きをするか予測してから、追撃していたでしょう? あれは普通、やろうと思ってできることじゃないもの」

「……あー、そういうこと」


 訳知り顔で語っているところ悪いのだが、それは俺がバドミントンで鍛えた動体視力と反射神経のおかげだと思う。


 ラケットを振るときだって、相手の次の動作を予想して打つわけだし。



「まぁとにかく、これでミッション達成よね。お疲れさま、カイト。レベルも上がったんじゃない?」

「おう、サンキュー。なんだか報酬もあるみたいだし、今から確認してみる……って、うわぁ!?」


 ティアは労いの言葉をかけながら、俺に向かって手を差し伸べてくる。


 俺がその手を取ろうとした時、視界の端に妙なものが映り込んできた。



「ぐるぅ……」

「おいおい、嘘だろ!? ブラックウルフがまた来やがった!?」


 視線を向けると、そこには先ほど俺と戦った巨大な黒いモフモフが、俺の顔を上から覗きこんでいた。



「次から次へと……くそっ、この状況じゃ逃げられないぞ!?」


 慌てて飛び起きて周囲を確認すると、グリーンウルフたちも集まっているのが見えた。その中にはしっかりとウルフたちのボスもいる。



「大丈夫、安心なさい。彼らと戦う必要はないから」

「え? ……うわっ!?」


 急いで距離を取ろうとする俺に、ティアは余裕の表情で語りかけてきた。

 どうしてだと戸惑っていると、突然目の前が真っ暗に。そして生暖かい何かが、ベチャベチャと俺の顔全体をなぞっていく。



「ぐるっ、がうっ!!」

「うべぇ、汚ぇ! 生臭ぇ!!」


 どうやらブラックウルフが俺の顔を舐めているようだ。

 俺はパニックになって必死にもがくが、前が見えないのでうまく動けず、されるがままになってしまう。



「や、やめろって……助けてくれティア!!」

「ふふっ。ほら、本来この森のウルフたちは温厚だって言ったでしょう。彼らは助けてくれたカイトを、自分たちの仲間だと認識したみたいね」

「ふざけんなっての! こんなの全然嬉しくねぇから! いいから早く助け……」


 俺の抗議の声は途中で途切れてしまった。なぜなら俺を舐める舌が増えたからだ。

 グリーンウルフの群れが俺に殺到し、身体中をベロベロと舐められまくっていた。


 まるで雨のように降り注ぐ唾液で全身ベトベトになりながらも、俺は何とか引き剥がそうと抵抗する。しかし数が多すぎてなかなか思うようにいかない。



 やがてグリーンウルフたちが満足すると、ようやく解放された。

 ブラックウルフは最後にペロリと自分の口元を舐めて、とてもご満悦な様子である。



「ひ、酷い目に遭った……」

「あはは。今のカイト、ひっどい見た目だわ!」

「……お前だけ逃げやがって。恨むからな」


 文句を言うと、ティアは楽しげに笑みを浮かべていた。その笑顔に一瞬見惚れてしまう。

 ったく。普段はツンツンしているくせに、笑うときは凄く可愛いんだよな。



「もう、そんな怒らないでよ。お詫びに私が綺麗にしてあげるからさ」


 そう言ってティアは剣の姿に戻った。そしてその刀身が眩い光を放つ。


 どうやら何かの魔法を発動させたらしい。その優しい光が汚れた体を包み込むように広がっていく。



「おお……。なんかスゲーピカピカしてるぞ。それに体が軽い気がする」

「そりゃそうでしょ。体についた汚れだけじゃなくて、体力とか魔力も少しだけ回復してるんだから。まぁ、あくまで応急処置みたいなものだからね。あんまり過信しちゃダメよ?」


 再び人間の姿になったティアは薄い胸を反らしながら得意げに語る。

 俺は泥と唾液まみれだった体がキレイさっぱりになっていることを確認すると、目の前の彼女に賞賛の拍手を送った。


 ――だがちょっと待って欲しい。

 たしかに素晴らしい技だが、どうしても突っ込まざるを得ないことがある。



「へー。便利なもんだな。ところで、なんでもっと早くそれをしてくれなかったんだ?」


 ピンチに陥ったシーンは、これまでにいくつもあったはずなんだが。なのにこんな技ができるなんて、一度も教えてくれなかったじゃないか。


 そう突っ込むと、ティアはギクッとしてから慌てたように弁解を始めた。



「そ、それはカイトが弱っちいせいよ!!」

「俺のせい……?」

「認めたくはないけど、今のアタシって聖剣の精霊で、所有者であるカイトの眷属扱いでしょ? だからアタシの力も、貴方のレベルに依存するってわけ!」


 さらにティアは「現在の状態じゃ、本来の力の一割も出せていないわ」と驚くようなことを言った。


「……ホントだ。ステータスの表記が変わってるし」



 ――――――――――――

 カイト Lv.8


 HP(生命力):90/250

 MP(魔法力):30/40

 ST(スタミナ):75/100


 ATK(攻撃力):25

 VIT(耐久力):20

 MGI(魔力):5

 AGI(俊敏力):30

 LUC(幸運力):5


 称号:???

 職業:なし


 スキル:ひとつかみの栄光(ユニーク)Lv.2

 魔法:なし


 仲間:ユースティティア(聖剣の精霊Lv.2)



 ――――――――――――


 ティアの言う通り、聖剣の精霊という部分にレベル表記が追加されている。


 そして、ステータスもいくつか変化していた。軒並み初期値だったものが、僅かに増えている。魔力と幸運の値は変わっていないけど……。



「いくらかマシになったとはいえ、それでもまだ低く感じるのがまた悲しいな……」

「そういうこと。だからもっと頑張りなさいよね。せめてアタシ聖剣をスキルなしで扱えるくらいには強くならないと困るわよ? ま、それまではアタシが手厚くフォローしてあげるけどね」

「……精進します」

「よろしい!」


 満足したようにニッコリ笑うティアに、俺も笑い返す。

 この子にはいつも助けられているからな。いつか恩返ししないと。



「ぐるるるぅ、ぐるぅ」

「今度はなんだ? もう舐められるのは勘弁だぞ?」


 思わず身構える俺の前に、ブラックウルフが何かを咥えてやってきた。

 そして俺の前に、咥えていた何かを置いた。



「わぁ、可愛い!!」

「これは……色違いの小さいウルフ??」


 目の前に差し出されたのは、銀毛のふわふわした小さな狼だった。



▷NEXT Chapter2-9 狼の恩返し

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