古の巫女
今朝の夢は、苦しかった。
*残酷な描写があります。
主人公の名前を仮に由貴子とする。
由貴子は仕事の用事で改札もないような土地に来ていた。何も無い山の裾を歩いていると、緑の青々とした参道を見つける。何か面白いものが見つかるかもしれないと、由貴子は参道に入った。屋台の跡形はあるが見る限り無人で、草木に侵食され始めている。廃墟好きの由貴子はむしろ嬉しくなって参道を奥へと歩いて行くと突然老人に話しかけられた。
「ようやく巫女様にお会いできた」
訳が分からず話しを聞くと、その土地では何年かに一度、神から力を賜る巫女が現れて参道の先の神社を浄化する習わしらしい。お爺さんも含め町の人が巫女を世話する役割を負っているそうで、そのお爺さんの見立てでは由貴子こそが今回の巫女なのだという。
とはいえ、もう何十年も本物の巫女は現れておらず、浄化も形式的なものだというし、由貴子は巫女としての務めは丁重に断った。
ただその場を懐かしく感じて好きになったので、町に滞在するあいだ由貴子は何度もそこに足を運び、お爺さんの年頃の孫娘と遊んだりして過ごした。
仕事の用も済んで地元に帰った由貴子はある夜、夢を見た。
神から力を賜った巫女長は2人の男性と見合いをした。選ばれた方は村長兼、神主となり巫女長の伴侶として神事を行う重要な立場となる。巫女長が選んだのは素朴な男性だったが、それが正式に発表される前に、一方の男が自分こそが巫女に、敷いては神に選ばれた存在であると国中に流布し、政に関わるところまでその地位を押し上げだ。それでも飽き足らず、本当に神を操るほどの力を欲した男は、巫女長の夫となった現村長と血濡れた戦いを起こしたのだ。その過程で神社も神事も穢れてしまった。
伴侶を失い、それでも神から賜った力をいいように使わせないため巫女長は逃げた。しかし、高い地位をものにした男から隠れられる場所などそうなく、巫女長は言い伝えられた歌を歌い禁忌の道を開いた。
その道がどこへ行くかは伝えられて無かったが、ここしか無いと、巫女長はその中に飛び込んだ。中で何が起こったのか、巫女長がその道に入ると彼女は行くへ知れずとなり、神の力は二つに分かれて弾け飛んでしまった。巫女長が死んでしまったと悲しみに暮れた4人の巫女は泣きながら抱き合って嘆きの歌を歌いながら一本足の生えた魚に形を変えた。そして口をはくはくとさせながら息絶えてしまった。
不気味な夢が心にかかった由貴子は、無性に気掛かりになって休みの日にまた例の参道へ向かった。
あれから一年も経っていない筈だが、参道はすっかり荒れ果ててあの時よりずっと薄暗く気味の悪い印象になっていた。その日は風も強く、参道の奥に行こうとすると向かい風に押し返されるようだ。
嫌な気持ちになりながら、入り口のあたりを少し歩いているとあの時のお爺さんをようやく見つけた。夢の話をして、ぜひ神社にお参りをしたいと話すとおじいさんは、「今は本殿に近寄れない」と言ってその町に伝わる昔話をはじめた。それはまさに由貴子が夢にみた話しで、あのあと巫女長の導きを失った村が男にどのように蹂躙されてきたかの歴史だった。
暗い木造の部屋の中で、着物を奪われた巫女たちが集められて禰宜から無体を働かれている光景が見えた。巫女たちが意思を一つにし一体となると大いなる力が得られるという言い伝えがある。これはそのための儀式だというのだ。十畳ほどの部屋の中で巫女たちが辱められ、身体を内から外から痛めつけられた。
部屋の隅に打ち捨てられた4人の巫女は抱き合い悲しみと苦しみに耐えかね一本足の魚となったが、禰宜はその姿を不完全だと言い捨て、切って他の巫女に食わせて〈儀式〉を続けた。
由貴子がよく遊び相手をしていたお爺さんの孫娘は巫女長として役割を受けており、みんなから姿を隠すように言われて恐ろしい行いを知りながらも息を潜めていた。どうかあの時、お爺さんが本物の巫女様だと言った由貴子が神の力で助けてくれないかと必死で祈っていた時、由貴子の声が頭に響いた。
由貴子は初めて目が開いたかのように自分が神の力を賜った巫女であることを自覚した。そしておそらくお爺さんの孫娘は神の力のもう半分を預かっていた。
由貴子と孫娘は賜った力の影響で、お互いの心を通じさせることができるし、お互いのことを呼ぶこともできるかもしれない、と由貴子がいう。
しかしそんな事が本当にできるのかと孫娘が不安に思っていたころ、禰宜たちはついに巫女長の不在に気がつき、孫娘を探しはじめた。
孫娘は隠れていた場所を離れ、男たちからできるだけ離れるように走った。そして走りながら由貴子の名前を祈るように呼ぶと、突然知らない道に入った。
何も見えない真っ暗な場所で、遠くの方から四角い板が次々起き上がってくるように現れ、目の前まで迫ってくる。最後に中から由貴子がするっと出てきて微笑んだ。
「呼んだよね」
そうすると周りは元の景色に戻り、禰宜の追いかける声が聞こえた。
走りながら由貴子と孫娘はなぜまたここ来たのか、なぜ逃げてるのかを説明し合う。
村から逃げ出るわけにもいかず、由貴子と孫娘は一時的に隠れた石碑の影で相談し、昔巫女長が開いた道をもう一度開くことを決意した。孫娘も由貴子と同じ夢を繰り返し見たことがあり、歌の節を覚えているという。
「でも私たち死んでしまうかもしれない」
「きっと大丈夫。あの時ふたつに分かれた力を持って私たちが出会った事にはきっと理由があるはずだから」
二人で励ましあい、孫娘が歌い始めると目の前に新しい道が現れた。
「居たぞ!」
道が発する光によって男たち見つかるが間一髪で禁忌の道に駆け込み、絶えず祝詞をあげながら道を進んでいく。
ところが孫娘の様子が少しおかしい。進めば進むほど歌声が老婆のようになり目が虚になるのだ。始めこそ由貴子が呼びかけると正気に戻っていたが、だんだん元に戻らなくなっていく。
「ねぇ、どうしたの。大丈夫?」
由貴子が腕を掴もうとするとそれを振り払って孫娘は駆け出した。
「本当にこのまま進んでいいの?」
由貴子が尋ねると楽しそうに笑い声だけが返ってくる。
突き当たりまで走ると木造校舎の教室に行き着いた。立ち止まる孫娘は正気に戻ったが、追いかけて来て横に並んだはずの由貴子の姿が不意に消える。孫娘が慌てて辺りを見回すと足元にポッカリ穴が開いていた。
「由貴子さん!」
覗き込むとその穴の縁に手が掛かっていることに気づく。
恐る恐る掴んで引き上げると、まさしく由貴子の手だった。
「はぁ、びっくりした」
何があったのかと聞くとよく分からないという。穴の中では何も見えず、助けを求めたが声も届かなかったようだ。指が引っ掛かっておらず、また孫娘の助けがなければ這い上がることも出来なかっただろうという。
なんとなくその場から安易に動くこともできず、2人は教室の隅に並んで座った。
腰を据えると気が抜けて急に小学校の思い出話をしたりした。
「私、この村に初めて来た時とても懐かしい感じがして、それから自分が本当に巫女だって自覚した後はこの村の人間になった気持ちで居たみたい。神事を正常な形式に戻さなきゃって使命感をすごく感じてた。でも今は都会が懐かしい」
なんだかその心の変化が不思議だと由貴子が言う。
「そうですね。由貴子さんはちゃんと都会に居場所のある人だと思います。そして私たちのためにここに呼ばれた」
孫娘は自分たちが過去の人間であり、もう生きていないことを明かした。
「由貴子さんにはこの村の人の血が流れていたんだと思います。そして由貴子さんが気付いてくれたから、私たちもようやく救われる」
由貴子は気がつくと部屋の天井を見ていた。見慣れた自宅の天井だ。携帯をつけると今日は休日だった。
由貴子は身だしなみもそこそこに電車に飛び乗った。数ヶ月前に訪れた山の谷間にある集落は初めてきた時と変わらない印象だったが、由貴子は初めて駅前の石碑と看板に気がついた。
この村は昔自然災害に見舞われ多くの人が亡くなった。立派な神社と参道もあったが土砂崩れでほとんど埋まってしまったため、残ったわずかな人が力を合わせて神社を中心に少しずつ再興したらしい。看板の隣りの一本足が生えた魚の石像は神社の関係者たちの死を悼んで村の人たちが彫ったと書かれている。参道はそれなりに整えられ、屋台が並び人がまばらながらも賑やかだ。参道を抜けて境内に入るとやはり一本足の魚が置かれ、撫でると御利益があるなどと書いてある。由貴子が夢で見たの巫女長の物語が綴られ、一本足の魚は巫女長が神の力を行使するときの姿ということになっているようだ。
そっと撫でると、由貴子の体の中から風が抜けていった。
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