第22話「働き先、ゲットです!」

「……相変わらず台風みたいな人ね」


 渡された地図を頼りに、ベスティエ街と王都の境目の辺りへと歩を進める。


 大通りの信号をいくつも渡って、宝飾店を右に曲がると……あった。

 この国の言葉で『レビィ』と書かれているカフェだ。


 フレッドの言っていた通り、そこそこ行列ができている。


「ひとまず並ばないと。メニューは……あ、ありがとうございます!」


 最後尾に並ぶと、店員がメニューを持ってきてくれた。


 メニューを開くと、マルゲリータからビスマルクなどの定番ピザ、カルボナーラなどのパスタの他にも、スイーツが豊富でフレッドの言う通りガトーショコラの食べ比べがある。


 香ばしく焼いたしっかりとした食感のガトーショコラと、しっとり食感の定番ガトーショコラ、季節のガトーショコラを楽しめるらしい。

 今月はイチゴのガトーショコラだ。


「うわぁ~~! 美味しそう!」


 思わず涎が垂れそうになってしまい慌てて無表情を取り繕う。

 並んでいる間にちらりと店内を窺うと、店員がオーダーを取ったり会計を行ったり忙しなく働いていた。


 というか……獣人と人間両方が働いている。

 ここで働けばモフモフを堪能できるかもしれないと……内心ワクワクしてしまっていた。


 あ、エリオットから異性のモフモフには触らないでって言われてるんだった。

 女の子だけ触ろう。


「一名でお待ちのアイリス様。ご案内致します」


 兎の獣人である可愛らしい女の人が私を見てにこりと笑う。


 カフェの内装はピンクと白! というような感じで、白の壁に桃色のカーテンが施されている。

 ピンクと白の風船が天井に向けて飾られていて、なんというか……若い子が喜んで行きそうなカフェだ。


 案内された席の椅子やテーブルも白くペンキで塗られていて、ピンクと白のチェックのテーブルクロスが敷かれている。

 何やら兎のぬいぐるみもテーブルに飾ってあった。


 さっき店内を見ていたときは店員に夢中で気づかなかったけれど……結構ラブリーな雰囲気のお店なんだな。


「ご注文はお決まりですか?」

「あ、じゃあこのガトーショコラの食べ比べセットと、ホットレモンティーを一つください」

「かしこまりました」


 店員がいなくなってから、辺りを見回す。

 どうやらホールは兎の獣人の可愛らしい人と、今私にオーダーを取った大人びた女性だけで回しているみたいだ。


 もうお昼時なのに、その二人だけでホールを回すのはキツいだろう。

 確かに人手が足りていなさそうだ。


 それに席にあったメニューには紙が挟んであって、『カフェレビィで働きませんか? お仕事仲間募集中!』と書かれていた。早急に働いてくれる人が欲しいのかもしれない。


 しばらく経つと店員がガトーショコラを持ってきてくれて、メニュー通りの説明もしてくれた。


「美味しそう~~! それじゃあいただきま……あ、食物の神よ、ありがたく頂戴します」


 思わず前世で食事を頂くときの挨拶をしそうになってしまった。

 これは前世を思い出して以降、なかなか慣れない。

 まずはこんがりと焼き上げたガトーショコラを一口。


「んー! サクサクしっとり! 美味しい!」


 外側はサクサクで香ばしく、中はしっとりしていて舌に溶けていく。

 しっとり食感の定番ガトーショコラは、ナッツが含まれているのかコクがあってこれもまた美味しい。


 イチゴのガトーショコラも食べてみると、イチゴの香りがふんわり鼻に抜けて、ほろほろとした食感でとても美味しかった。


 レモンティーもレモンの味がしっかり感じられ、紅茶もちゃんと店で作っている味わいだ。

 絶品というのも頷ける。

 ピザやパスタなどの料理も食べてみたいと感じるほど、美味であった。


「あの……すみません」

「あ、お会計ですか?」


 ガトーショコラとレモンティーを平らげたあと、私は店員を呼んだ。

 兎の獣人の店員がやってきて、耳をぴょこぴょこ動かしている。可愛い。モフモフしたい。


「いえ、えっと……先程この紙を読みまして。私もこちらで働きたいな~と思っているのですが……」

「えっ! 本当ですか! 店長呼んできますね!」


 フレッドに勧められたと言っても伝わりにくいだろうから、メニューに挟まれていた『お仕事仲間募集中』の紙を見せる。


 兎の獣人ははりきって店長を呼びに行ってしまった。


「ちょうどホールが足りてなかったんだ! そろそろ聖夜祭だから、人手不足だと思っていてね」


 店長のルウィーナさんは熊の獣人で、どっしりとした体型で顔立ちも濃く、二十代後半くらいの若さだった。


 ルウィーナさんから聞いた話では、このカフェレビィは聖夜祭付近が繁忙期らしく、それまでにホールの人を集めたかったらしい。


 それでもなかなか集まらず、私はどうやら救世主のように感じたようだ。


「そ、そんなすぐ決めていいんですか?」

「なに、従業員はいつもすぐ決めてるのさ。あたしは勘がとても鋭くてね。君はアイリスと言うんだろう? アイリスちゃんから嫌なオーラなんて一つも見えやしない。どうか一緒に働いてくれないかい? 給与もしっかり払うよ」

「それなら……よろしくお願いします」


 私がお辞儀すると、ルウィーナさんも「よろしくね! アイリスちゃん!」と元気に笑ってくれた。


 な、なんだか日本と違ってすぐに働けてしまうのが若干不安だけれど……。

 素性を明かせない身としては、かなり助かった。


 会計のときにルウィーナさんがやってきて、明日来て欲しいと言われた。

 明日は元々予定がない日だったし、今日エリオットに言えば大丈夫だろう。


 会計を行ってくれた兎の獣人からも「これからよろしくお願いしますね」とニコっと笑ってくれて、良い職場なのかもしれないと感じた。


「……よし、頑張ろう」


 店を出て、一人でガッツポーズをとる。

 しっかり働こう。自分のためにも、エリオットのためにも。

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