第20話「私が番で、いいの?」

「俺が作るのに」

「ううん。昨日作ってもらったから、今日は私が作る」


 帰宅して家具屋の店員から移転魔法で届けてもらったドレッサーやローテーブルなどを部屋に置き、いろいろと整えていると日が暮れてしまった。


 夕食の時間になって、昨日エリオットに作ってもらったため、私が作ると言ったのだ。

 エリオットは「俺がやる」とかなり渋っていたけれど、これから一緒に住むのだから私だって家事はやりたい。


「じゃあ、お願いしてもいい?」

「ええ。頑張って作るから!」


 雑貨店で購入したエプロンを身に着けて、腕を捲ってみせる。


 食材は何があるだろう、と冷蔵庫を覗く。

 卵と、ピーマン、玉ねぎ、牛乳、塩コショウ、ケチャップなどの調味料。


 獣人は東国から輸入されている米も好んで食べるらしく、魔石が入った炊飯器と米もあった。

 ルルアから聞いた話だと、魔石が入った炊飯器は十分でご飯が炊けるらしい。


 これなら、ある料理が作れるな。

 私は米を研ぎ、炊飯器に入れ、魔石に魔法を込めて炊く。


 そういえば普通に使っていたから違和感がなかったけれど、この世界は一応魔法が使える。


 魔法は炎・氷・風・雷・土の属性魔法が存在する。だけど、使える人は限られている。

 例えば騎士団で訓練をしている人たちや、宮廷魔術師、貴族の学園で魔法を極めた人のみ。

 一般人で使える者は、元から魔法の才能があったりする者が多い。


 こうして魔石に魔法を込める、だったり、魔石に光を点ける、他にも移転魔法や物を宙に浮かせるというような無属性魔法は誰でも使える。


 騎士団や宮廷魔術師は事前に前世でいう塾のような場所に通って、属性魔法を使えるように鍛えるのだ。


 私は学園で魔法を学び、十六歳というかなり早い年齢で風魔法を習得した。

 それにも令嬢たちは嫌そうな眼差しを向けてきたけれど……。


 複数の属性魔法を使えるのは、選ばれし天才の宮廷魔術師だけだ。


「さて、作りますか!」


 十分経って、蓋を開けたらふっくらとした米が現れた。

 まな板を洗って、玉ねぎとピーマンをみじん切りにする。


 魔石コンロでフライパンを熱し、そこにバターを溶かしてみじん切りにした野菜を炒める。

 玉ねぎがしんなりしてきたらご飯を入れて炒め、ケチャップを入れて炒め合わせる。


 いい匂いがしてきた頃、火から下ろす。

 それを茶碗に盛り、逆さにして皿に盛る。


 次はボウルに卵と塩コショウ、マヨネーズを入れて、フォークでときほぐす。

 熱したフライパンに油を入れて、卵を流し手早く混ぜる。


 半熟状になった卵をそうっとケチャップライスに盛り付け、最後にパセリを添えて完成だ。

 あとは野菜室にあったハーブでサラダを作って……。


「エリオット、お待たせ!」


 私はオムライスとハーブサラダを持ってエリオットの席に置いた。


 ドレッシングも冷蔵庫にあったから、それも持ってくる。

 エリオットはオムライスを見て、不思議そうな表情をしていた。


「アイリス」

「どうしたの?」

「その……これは、なんていう料理? アイリスの故郷でよく食べられていたの?」


 エリオットが申し訳なさそうに訊いてきた。


 しまった、この国にはオムライスがないの!?


 そういえば、いくつかのカフェを巡ったけれど、オムライスがメニューに載っていたところは一つもなかった。

 屋敷でも料理長が出さないだけで、外にはオムライスがあるんだとてっきり思っていたわ!


「そ、そう! 私の故郷で流行っていた食べ物なの。多分美味しいから、食べてみて」

「へえ、可愛い料理だね。じゃあ……食物の神よ、ありがたく頂戴します」


 エリオットが祈りを捧げて、一口スプーンで口に運んだ。


 ……美味しいだろうか。

 美味しくなかったらどうしよう。


 不安が募るなか、エリオットがオムライスを嚥下する。

 エリオットが目を見開き、前のめりになって私にぐいっと近づいた。


「これ、すごく美味い! 美味すぎる! すぐ食べてしまいそう!」

「ほ、ほんと?」

「ああ。久々にこんな美味しい料理を食べたよ。すごいね、アイリス。毎日食べたいくらいに美味しい。これを食べるために、君の故郷に行きたいくらいだ」

「……ありがとう」


 こんなに料理をべた褒めされたことはなかったから、素直に受け取って礼を言う。


 ……前世でも一人暮らしで、自分が作った料理なんて褒めてくれる人はいなかった。

 こうして手作りの料理を美味しいと言ってもらえるだけで、こんなに嬉しいなんて。


「良ければまた作るから。食べたいときに、言って?」

「ああ、わかった。……あ、俺も作ってみたいから、レシピを教えてほしいな」

「ふふ、簡単に作れるよ」


 私がレシピを事細かにエリオットに教えた。


 それからも彼は美味い美味いと幸せそうにオムライスを頬張って、本当にあっという間に食べてしまったのだった。


 エリオットがお風呂にお湯を溜めてくれ、先に入る。

 今日の入浴剤はラベンダーやサンダルウッドなどが合わさったもので、とても良い香りがした。


「……ふふ。オムライス、また作ろう」


 浴槽で私が笑っている姿が鏡に映った。

 そういえば私、今までこんなに笑っていたっけ。


 毎日勉強に追い込まれて、殿下と話して、他の令嬢にも気を遣って……こんなに、素直に笑えていなかった気がする。


「きっと、エリオットのおかげよね」


 お湯を手に溜めて、ちゃぽんと浴槽に流す。


 でも、私はずっと気になっていることがあった。

 それを確かめるためにも、お風呂から出たらリビングで話し合いたい。


 エリオットたち獣人は、お風呂はごくたまに湯に浸かるくらいで、基本はシャワーのみらしい。

 この国の平民も滅多に浴槽は使わない。

 湯に浸かるのは、贅沢ができる貴族のみだとよく聞く。


 それでもエリオットの家に浴槽がついているのは、それほどの家を買えるくらい仕事ができる証拠なのだろう。

 次期獣人騎士団団長候補とも言っていたし。


 本人はそこまで湯には浸からないらしいけれど。

 エリオットは湯に浸からないのに、私に気遣ってお湯を溜めてくれる。

 それがすごく嬉しかった。


 私は気になっているモヤモヤを胸に抱えたまま、お風呂から上がって私服に着替えた。


「エリオット。今、いい?」

「どうした?」


 エリオットもお風呂から上がって、冷たいジュースを飲んでほっと一息ついているころ、私は声をかけた。


 私はエリオットの向かい側の席に座る。

 テーブルの真ん中に置かれた花瓶が私たちの間に飾られている。


「何か嫌なことがあった? なんでもいい、些細なことでも俺に話してくれ」

「うん……」


 しばらくの沈黙のあと、意を決して私は口を開く。


「私が番で、いいの?」

「……どうして?」

「私、ほら、豚みたいな体型だし……」


 エリオットには見えないけれど、俯いて自分の腹をつまんだ。

 贅肉たっぷりのお腹は、お風呂場の鏡でも見たけれどぶよぶよだ。


 ――こんな豚のような女と婚約するつもりはない。


 殿下の言葉が蘇る。


 ……そうだ。

 普通、私は「可愛い」だとか「綺麗」だとか言われる女じゃなくて、「豚」と罵られる女なのだ。


 だから、不安だった。

 エリオットはお世辞で私を褒めていて、本当は私と番なのが嫌なんじゃないかと。


 恐る恐るエリオットのほうを向く。

 エリオットは、私を見つめて固まっていた。


「豚? まさか、自分のことを言ってるのか?」

「……ええ」


 頷くと、エリオットは複雑な顔をして立ち上がり、私の隣に座った。

 そして――私の手を握ってきた。


「君はもっと自分に自信を持ったほうがいい」

「え……」

「体型云々の前に、君は綺麗な心を持っている。俺はアイリスが番がいいんだ。というか、アイリスよりがっしりとした女性の獣人や人間なんていくらでもいる。……アイリス、自分を罵るのは一番良くないことだ。もっと自分を大切に扱うことを、俺と一緒に覚えていかない?」

「……っ」


 エリオットがにこっと笑みを浮かべる。

 握られた手から伝わる体温が、私の冷えた心を溶かしていく。


 ……その温かさと、エリオットの言葉から伝わってきた優しさで、ついぽろっと涙が出てしまった。


「あ……ごめんなさ……っ」

「いいよ。泣きたいときは俺の前で泣いて。……ずっと傍にいるから」

「……っ、ぅ……」


 今まで刻まれた傷を、エリオットが優しく治してくれる。

 安堵した私は耐えきれないように涙を溢れさせた。


 ぎゅっと握ってくれる手も、傍にいてくれるときに香ってくる匂いも、私に向けてくる微笑みも、私を安心させてくれる。


 どうしてエリオットは、こんなに優しいのだろう。

 どうしてこんなに、私を受け入れて安心させてくれるような言葉をかけてくれるのだろう。


 そんな淡い疑問が思い浮かびながらも、私は落ち着くまでエリオットの手をぎゅっと握ってしまっていた。

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