元アラサーおっさんは人間が敗北した世界に転生したので、チートスキル【融資】を使って無双しながら気ままにスローライフを目指すことにした。〜人間再興とかどうでもいいです〜
第158話 【第一部完】それからのこと 十三
第158話 【第一部完】それからのこと 十三
「それで? 結局のところ、あなたの人生はどう変わったんですか?」
ここ数ヶ月の近況について説明したおれに、伊藤咲奈はそんなよくわからない質問をしてきた。田んぼを耕しているのにしつこく近況について聞き回ってきたから答えてやったのに、まさかの逆質問が来たのだ。ジンキを込めた鍬の手が彼女に向かなかった自分を褒めたい。
まぁ、どうせおれの一撃なんて何もなかったかのように躱すんだろうが。
「異世界に来て田植えまでするなんて思ってなかったかなぁ…」
「そうですか? 生き生きしてません? なんだか、充実しているようにも見えますよ?」
「ただ日焼けしてるからじゃないかなぁ…」
適当に受け流しながら、随分と作業が遅れた事実を受け止めた。畜生。今日やりたかったことの半分も進んでいない。というか、ただ土を耕すだけなのだから一町部は出来るはずだったのに。
おれの内面を見透かしたわけではないだろうが、伊藤咲奈は何故か笑みを浮かべている。
「いいですね。驚きましたよ、随分と変わったじゃないですか」
「ちょっと、何を言ってるのかわからないな」
目が怖い。
おれとしては至極真っ当な反応をしているつもりなのに、どうしてか迫力が増している。というか、なんでか知らないが会話が成り立っていない。おれの主観的な感想かもしれないが、どうにもそんな気がするのだ。
彼女が言いたいことは十分にわかる。おれの躱し方が下手なんだろうか。無理もないか、土しかいじってないし。
「ぶれなくなった。それって一番大事だと思いますよ?」
「そう、なのかな?」
意味がわからない。
ただ、言葉遊びみたいなことはしていないような気がする。そういうのはここ数ヶ月で理解できた気がするのだ。
「幼馴染どころか姉からまでも絶縁宣言を受け、育ての母親から鬼畜扱いされた人間とは思えません」
「うるせえ」
エグい。
容赦無く抉られる言葉に素で反応するしかなかった。
いやだってさ。
言い訳じゃないけれども、しょうがないじゃん。あの場面ではそうするしかなかったのだ。
「で、旅立った幼馴染と姉に対する罪悪感はないんですか?」
「…迎えに行くって言ったから」
「え? あれ、本気だったんですか? 向こうは全く求めてないと思いますけど」
「愛してるからな」
「え? 正直、気持ち悪いですよ」
ほんとにサンドバックにしてくるのにはまいった。それでも決めたのだ。ブチギレそうになるのを抑え、ただただ自分に言い聞かせる。
迎えに行く。そのために田んぼを作らなければならないのにそれを邪魔してくるんだから本当に参った。
だって、その田んぼの豊作を左右するのはこの女なのだから。
「とにかく、やるべきことはやらないと。それから自分のやりたいことをやればいいんだから」
「自罰的というかなんというか。義務を果たさなければ権利を主張できないとおもっているんですか?」
「当たり前だろ」
「権利と義務は別ですよ。義務は生涯をかけて果たすものですが、権利はどんな時だって主張していい。そういう当たり前のことをわかってないのはどうしようもないですね」
「…それは当たり前なのか?」
おれの知る常識とはまるで違う。こういうメンタルをしているやつが生き残るんだろうなとどうでもいいことを思った。
いや、だから、とっと田んぼを耕したいんだけれど。
「結局何しに来たんだよ。出番はまだまだ先だぞ。見ればわかるだろ」
「だから、聞きたいことがあったんですよ。そもそも、さっき聞いたじゃないですか」
濁さずに答えてください、と伊藤咲奈は不満そうに頬を膨らませた。
いや、厳しいって。二十代後半(?)の拗ね顔はキツイって。
不届なことを考えているのがバレたのか、眼光に殺気が混じった気がする。おれは素知らぬ顔で質問を思い出すことにした。
あれか。
人生がどう変わったかだったか。
「別に、ただいろんな義務を負うことになっただけだ。変わったと言えば変わったし、まぁ、必死にやるだけかな」
「前世と比べてどうですか?」
「あ、そういう意味?」
そうだった。大和の連中はおれが転生してこの世界に来たことを知っているんだった。というか、彼女がおれの前に現れたのもそれが理由なのだから。
しかし、変わったと言えば確かに変わったな。
前世ではノルマに追われるだけの日々だった。もちろんやりがいはあったが、ただこなすことに必死だった感は否めない。翻って、現状はどうだろう。
…いや、やるべきことに追われてる点では何も変わってないんじゃないだろうか。
「…悪くない、かな」
「その心は?」
しつこい。
けれど、すぐに答えることができた。
「毎日必死に生きてる。それが一番大事ってこと」
やりたいこともやらなければいけないことも。
その全てを必死にやり切れるかが人生である。だから、細かいことを考えて何もしないことが一番意味がないのだ。
「つまらないですね」
一刀両断。
あっさりとした言葉はあまりに小気味良すぎて鍬を握っていた腕が完全に止まってしまった。いい加減堪忍袋の緒が切れた。とっとこの場から追い出そうと気合いを入れ直したところで、
「それではなにも成し遂げることはできませんよ? 二度目の人生すらそうやって棒に振るつもりですか?」
ものすごい迫力で睨み返された。
言葉が出ない。というか、こんな目で見られて情けない言葉を吐きたくなくなった。ただ邪魔だから、と排除する気が失せたのだ。
殺意ではない。悪意でもない。
もっと別な強烈な意思がその瞳の中に見えたのだ。
その意図も、意思も、想いも結局わからない。
けれど、そこに無視してはいけない何かが込められていることに気づいてしまったのだ。
「それでも、おれはこれからの生き方を変えるつもりはないよ」
「どうしてですか?」
「おれがこの村で育ったからだ。今はこの村のみんなが困ってる。復興が終わるまでは自分勝手なんて出来ないさ」
「ああ、なるほど。利他の精神というわけですか。うん、それなら納得できますね」
ようやく圧が消えた。
何が気に入ったのかはわからないがとにかく問答はクリアできたらしい。
「そうかい。なら、もういいだろ。田んぼを耕したいんだけど」
「ダメです。最後に一つだけ」
「なんだよ?」
まだあんのかよ、とうんざりした態度を隠さずに見せつけた。
伊藤咲奈はそれを無視しして、
「人間の復興。それもあなたの義務に加えてくれませんか?」
そんなわけのわからないことを言った。
「え、やだよ」
「そう言うと思いました。ですが、あなたはきっと協力してくれると思います」
ねえよ、と言い返そうとしたが伊藤咲奈はそのままどっかへ行ってしまった。あまりにもあっさりと。遠くなる背中を見つめながら、脱力感に苛まれていた。
結局、時間を随分と無駄にしてしまった。
時間は本当に有限だ。出来ることを選んでやらなければ何も成し遂げずに全てが終わってしまう。昼時の暑い日差しに辟易していると遠くからフレイヤが来るのが見えた。手には弁当を持っているはずだ。
得たものと失ったものがある。どちらの方が大きいか小さいかなんてことを考えるつもりはない。
とにかく日々を積み重ねていくのだ。
その先に、自分が望む未来があると信じて。
月並みだが、そんなことを思った。
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