第6話 イーナとジーナ
どうにか授乳は回避することができた。
今は哺乳瓶を加え、粉ミルクを吸っている。
「ったく、あたしの乳の何が不安だってんだい…」
ぶつくさとシーラさんは文句を言いながらも、おれが飲みやすいように哺乳瓶を傾けてくれていた。美味い…とは正直言えなかった。例えるならプロテインというかなんというか。粉っぽさがありつつも飲みやすい味付けのおかげでどうにか飲むことができる。
「しょうがねえさ。トールにだって男の意地ってもんがあんのさ」
「ふん。あんたからそんな言葉が出るとは思わなかったよ」
「おれだって男だからな。それくらいわかるさ」
「はん。この間まで泣き虫アグニなんて呼ばれてたってのにね」
「それこそいつの話だよ」
「つい二百年前だよ」
「かなわねえなぁ、シーラ姐さんには」
にこにこと笑顔を浮かべるアグニルさんを横目に見つつ、哺乳瓶をしゃぶる。本当に夫婦仲が良い。お互いを思い遣っているのが場の雰囲気や言葉の端々から伝わってくる。その上、
「あー?」
「うー?」
アグニルさんに抱き抱えられた二人の赤ん坊の存在がそれを決定的なものにしている。
イーナとジーナ。
双子の女の子であり、おれの姉となる子供たちだ。…自分で言うのもなんだが妙な気分である。姉なのに赤ちゃんだなんてことがあるとは。
そう言えば、営業の仕事で取引先の身の上話で似たような話を聞いた覚えがある。資産家の家に婿入りしたら義弟に当たる人物が四十代だったとか。…いや、これは姉さん女房をもらった話だ。今回のおれのケースとは全く別の話である。
「おお。イーナとジーナもトールを気に入ったみたいだぞ?」
アグニルさんが二人を近づけてきた。
まんまるの瞳がじいっとこちらを見つめている。哺乳瓶が欲しいのかと思ったが、どうやら言葉通りおれの存在が物珍しいものに見えているようである。目が合ってもまるで動じることはなく、ただただじいっと視界に焼き付けているのだろうか。
その様子が何というか、可愛らしかった。
「お。満足したか?」
ミルクを飲み切ったと同時に、シーラさんは哺乳瓶を話してくれた。思わずゲップを一つ。生理現象の歯止めが効かないのは諦めるしかないだろう。
「ありがとうございます」
「礼はいい。お前はもう私たちの息子なんだからな。で、どうだ? これなら飲めるんじゃないか?」
「はい、おいしかったです」
「その言葉遣いもだ。お前は私たちの言葉が理解できるんだ。もっと噛み砕いた言葉遣いもできるんだろう?」
「ええ、まぁ…」
「いきなり母親として認めて欲しいとは言わないが、家族としては見てほしい」
シーラさんは随分とぐいぐい来るなぁ…。
若干引いてしまいそうになるが、空気を察したのかアグニルさんが割って入ってきた。
「すまんな。シーラは前から息子も欲しがっていてな。いきなり現れちまって浮き足立ってるんだ」
アグニルの言葉にシーラははっとした表情を浮かべている。
どうやら本当に自覚がなかったらしい。まぁ、おれにしたって悪い気分はしない。
正直、ここまで歓迎されるなんて考えても見なかったのだ。何ひとつ気に入られるような行動もとった覚えはないのに。この人達は本当にいい人たちなのだ。
人間じゃないんけれど。
「いや、わた…おれの方も申し訳なかった。今日から息子としてよろしく。…父さん、母さん」
おれは心の底からこの家族の一員になろうと思ったのだった。
✴︎
こうして、おれにとっての最初の一日は終わった。
順風満帆に近い出出しだったが、いくらかの疑問はあった。
とりわけ一番気になっていたのは
三十五ながら未婚であり子供もいなかったおれには馴染みのないものだが、親戚や友人、同僚が使っているのを幾度か見たことがある。ここに合ったのは、初見でそれと同型のものだとわかる代物だ。
その意味については今後知る必要があるだろうな、と考えて眠りについたのだった。
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