第三章3


 店を出て、二人の後ろを思考を巡らせながら歩く。


とりあえず今はこの試練をどうやって乗り越えるかだけを考えよう。


えっと…確か大切な物を守るために必要な物は何か、だったか。


雨が言うには、その答えを見付けなければこの試練を乗り越える事は出来ないらしい。


そもそも俺が力を求めたのは、化け物から千里や木葉を守る為だ。


つまりはその為に必要な物って事だろ?


となると武器?盾?力?


どれであっても、戦う事は避けられないだろう。


生身の人間である俺が、普通に戦っても化け物に勝てないのは分かりきった事だ。


ならどうすればあの二人を守れる?


そもそも守るって何だ?


何を似って守ったと定義するのか。


それすらも分からなくなる。


「ねぇ…桐人君。


あの人、変な事言ってたね…。」


「うんうん、私達にはサッパリだ~。」


「いや、まぁ気にすんなって。


と言うかさっき見た事は今すぐ忘れてくださいお願いします!」


現実の話しじゃないにしろ、自分より一回りは年下の女の子に宥められていたなんて絵面的にマズい。


明らかに俺の人生で一、二を争う黒歴史だ。


「え…えっと…うん。」


「え~?


なら後でなんか奢ってよね~。」


っ…足元を見やがって…。


まぁ背に腹は変えられないか。


「…くそ、分かったよ。」


「へへへ!やり~!


ならハー○○ダッツね。」


よし、やっぱりこいつ後で殴ろう。


「あれ、ねぇ二人とも、あそこに居るのってワンちゃんじゃないかな?」


ふと前方を指さして立ち止まる千里。


「あ、本当だ!お~いワンちゃ~ん!」


「…え。」


考えてみたら、化け物がいつから現れ始めたのかを俺は知らない。


それなら昨日遭遇していた可能性だってゼロじゃなかった筈だ。


まして今回は、部活に出てない分この場所を通る時間のタイミングが違っていた。


それによって、化け物に出会うタイミングが変更されたのかもしれない。


「うわ!よく見たらワンちゃんじゃない!」


「なっ…何…!?」


思った通りだ。


現実世界で見たままの化け物が、こちらに駆け寄って来ている。


「クソ…!」


夢中で飛び出し、二人の前に立つ。


「き…桐人君!?」


「二人共!逃げろ!」


「でっ…でも!」


戸惑う千里。


「へぇ~。」


それに対して、至って冷静な木葉。


そうこうしている内に、化け物はすぐに俺に飛びかかって来て、思わず目を閉じる。


「桐人君!」


俺は、一体何をやっているんだろうか?


二人を守らなければいけないと思ったから、無我夢中で化け物の前に立ったのは良い。


でもそれで俺がやられたら、次に襲われるのは二人じゃないか。


そんなの一瞬の時間稼ぎにしかならない。


俺はこんなにも無力なのか。


最初から俺に二人を守る事なんて出来なかったのだろうか?


悔しい。


それなら俺は何の為に命を投げ出したのか。


…あぁそうか。


現実世界で木葉にそれをやらせてしまった負い目。


それが出来た木葉に対しての嫉妬。


男なのに女に守られてばかりで情けない、なんて言う傲慢なプライド。


なんと情けない事だろう。


そんなちっぽけなプライドを持ち出しても、結局俺は、誰一人守れていないじゃないか。


もし現実世界で木葉がやられたのなら、俺はその二の舞って訳か。


自業自得。


今度こそ全て終わり。


〈やっぱりあなたは分かっていない。〉


これは…声?


なるほど、どうやら死期が迫ると幻聴が聞こえるようになるらしい。


でもなら俺はまだ生きているのか?


〈私の声が幻聴かどうかだなんて今はどうでも良い事でしょ?


あなたの死に場所はここじゃないって言った筈だよ。〉


あぁ、誰かと思ったら雨か。


そうは言ってもな、俺は化け物に襲われてる。


だからもう駄目なんだよ。


〈あなたは最初から分かってた。


丸腰で普通の人間のあなたが化け物の前に飛び出したらどうなるかなんて。


なのに飛び出したのは何故?


二人の前に立ったのは何故?


本当にそんなつまらないプライドがそうさせただけなの?〉


それだけじゃない。


勿論不純な動機だってある…。


でも!二人を守りたかったからって言うのは間違い無く本音だ。


〈そう、でもどちらにしろあなたは最初から飛び出したってどうにも出来ない事を分かっていた。


それなのに飛び出したのはただの自棄?」


そうかもしれない。


俺でも時間稼ぎくらいは出来ると思った。


〈何故そんな事が出来るの?


自分の命より二人の命の方が大事なの?〉


大事だ。


だから二人には生きていてほしい。


〈なるほど、あなたは死ぬ事を恐れていない。


二人の為なら死ねると、そう言いたいの?〉


いや、死ぬのは怖い。


〈…じゃあ何故?〉


「でも、大切な物を失った世界で生きていくのはもっと怖い!」


結局、それが一番の本音なのだ。


そしてそれこそが俺の大切な物。


それを守りたいから飛び出した。


大切な人達を、何気無いこの日常を。


それで自分が欠けたら全く意味が無いのに。


それでもそれを守る為に何もせずにはいられなかったんだ。


〈そう…その想いが、あなたの勇気なんだね。〉


なっ…!?


〈もう一度聞くよ。


大切な物を守る為に必要な物とは何?〉


必要な物…それは…。


大切な物の為に立ち向かう勇気…。


〈やっと…見付けたんだね。


さぁ、目を開いて。


あなたの死に場所はここじゃない。〉


言われるままに目を開く。


すると、飛びかかってきていた化け物が轟音と共に何かに弾き飛ばされた。


「なっ…!?これは…?」


〈それが大切な物を守る力。


あなたが掴んだ、あなたの力。〉


これが…俺の…。


俺達の周りに急に現れたのは、透明なドーム型のバリア。


どうやら化け物は、突っ込んできた瞬間にこれに弾き飛ばされたらしい。


「桐人君…これ…!」


それを見て驚きを隠せない千里。


「コングラチュレーション、だね♪」


それに比べて相変わらずコイツは…。


〈あなたは試練を乗り越えた。


さぁ、早く戻ったら?


あなたが守りたい人が待ってるよ。〉


「…どうやって戻るんだ?」


〈もう一度目を閉じて。


そしてまた開けば良い。〉


言われて再び目を閉じる。


すると、途端にさっきまで感じなかった異様な眠気を感じて膝を突き、そのままその場に寝転んだ。

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